第65話 おじいちゃんみたい
「ちょっと、二匹でイチャイチャしないでくださいっす。早く回復……うっ」
「サクラ……あうっ」
サクラが倒れるのを止めようとガルタも立ち上がるが、両名倒れてしまう。
サクラは魔素酔い、ガルタはパワードグランドの反動で身体が上手く動かない。
「自分が一番軽傷だ。木の実を出すから待ってくれ」
そう言いながら地面を這うカミカゼの脚の長さは不揃い、背中はボロボロで傷だらけだ。
何本か脚が取れ、粘性のある黄色い液体がドクドクと湧き出てきている。
一体どれだけの攻撃をその身で受けたのか……想像しただけで胸の辺りがキュッと締まった気がした。
「ハァ、ハァ……は、はやく食わせろムカデ……ごほっ、あっしはもう指一本動かせんのだ……」
少し離れた位置で倒れるチギリは傷こそ少ないものの、現在進行形で鼻から血がどばどばと流れ出ている。
先のカブラヤの速度を見るに……俺のように魔素の川底を抉りとるような無茶をしたのだろう。
明らかに貸し借りという次元を超えた献身……俺のために頑張ってくれたのかな、なんて思ってしまう俺はやはりバカ兎なのだろうか。
そう内省しながら、額に前足を置いて息を吐いた。
◇◇◇◇◇
時は戻り、宇佐美が死んだ少し後────
「ちっ……死んでんじゃねぇか」
人間界で殺しの依頼を請け負った彼の男がいじめっ子たちを灰にした。
依頼達成の褒賞を貰うために依頼人の少女の屋敷に戻った……しかし、男の眼前にあるは血の海に沈む依頼人であった。
力ない右手の傍には血塗られたナイフが落ちるのみ、そして喉には一つの刺し傷。
天井から落ちるエアコンの無機質な風が、倒れる少女の髪の毛を微かに揺らす。
男は頭を掻きむしりながらフローリングをダンっと踏みつける。
「自殺か、気色わりい。こいつの中に母さんに似た波動を感じたからわざわざ依頼を受けたってのに」
男は「まぁいいさ……」と呟いて血のこびりついた壁に寄りかかる。
炎のようにパチパチと火花を発する髪をかきあげ、タンタンと足を鳴らす。
すると足元に黒色の渦が出現し、男はそれにゆっくり潜っていく。
「境界がゆるゆるになってるぜ……父さぁん?」
◇◇◇◇◇
「いいから食え死にたがり! まだ傷が残っているのだ」
「この程度なら問題ない。傷を負ったまま戦うのは戦場では当たり前のこと。それに自分は再生が得意だからすぐに治る」
「〜ッ! 物分かりの悪いやつなのだな、攻撃を受け止めすぎて頭が退化したのか? あっしはそういうことを言っているのでは」
「はいはいそこまでっすよ。カミカゼも一個は食べてくれたっすし、再生が得意だって言うならそれを信じるっす。けどカミカゼも絶妙にこっちの話を理解できてない節があるっすからもうちょっと考えてみて欲しいっす」
俺とガルタは少し遠くで座りながらぼんやりと三匹のやり取りを眺める。
カミカゼは素直にお辞儀をするが、チギリはそっぽを向いて歯軋りしている。
サクラはやれやれとチギリを見て呆れ顔をしていた。
ここからじゃ会話は聞こえないけど、表情や仕草だけで何を話しているか手に取るように分かる気がしてなんだか笑ってしまう。
チギリは傷ついたカミカゼを見てさっさと回復しろって言ってて……カミカゼはそれを必要ないって突っぱねてそうだ。
カミカゼはちょっとズレてるから論点が分からないまま謝ってて、チギリはそんなカミカゼにイラついているのだろう。
サクラはその二匹のなだめ役……いつも通りだな。
「うーん」
「どした?」
「ウサミってなんかおじいちゃんみたい」
「え、なんだそれ」
隣に座るガルタは腕を組んで俺を見回す。
「楽しみ方が大人っていうのかな。輪に入ることもできるのに入らないで外から見て笑ってるじゃん。僕だったら混ぜて〜って突っ込むよ?」
「まぁガルタはそうだろうなぁ。俺はそこまで陽キャじゃないからな」
「陽キャ?」
「うーん言語化むずいな。体力が多くて明るい人みたいな?」
「ウサミは違うの?」
「俺は体力ないし根暗だよ」
「ふーん」
ガルタは仰向けになって太陽に手を翳し、ゆっくりとバタ足するように足を上下させる。
「やっぱりウサミおじいちゃんみたい」
「それ、絶妙に褒めてないだろ」
「えー? 褒めてるよ。だって……」
ガルタが首を回して俺の方を見た。
「お二匹ともー、お待たせしましたっす。こっちも回復終わったっすよ」
その時ちょうど、サクラがチギリとカミカゼを連れてやってくる。
ガルタは俺から目を逸らし、両足で弾みをつけて勢いよく起き上がる。
ガルタの背中についた砂利が舞い、陽光で照らされたそれらが光の輪郭を纏って落ちていく……それが星みたいだなと思った。
俺も香箱座りを解いて立ち上がり、前足でガルタの背中の砂利を払う。
ガルタは「お?」と振り返って自分の背中から落ちる砂を見る。
「星みたいで綺麗!」
「ふっ、そうだな」
「? なんで笑ったの?」
「なんでもねぇよ。さ、アイテム回収して上に進むぞ」
「らじゃ! リーダー!」
「お前もリーダーだろ」
「あ、そうだった。えへへ」
「えへへじゃねぇよ、もう」
そう言って俺はガルタの背中から手を離す。
ガルタは俺に「ありがと」と言ってから伸びをして歩き出した。
遠くなった背中を見て、俺はまたふっと息を漏らして頬を上げるのだった。




