第63話 流れ星
「無茶っす! 考え直し……ッ!」
サクラが俺を掴んで止めようとする、が……いやに冷たい風が全身に吹きつける。
あの呪文……モンスターの蘇生が行われる!
一刻の猶予もない、そう突きつけられたサクラは瞬時に魔素を練り上げる。
「回復ダンゴ!」
桃色の餅が俺の口に放り込まれる。
サクラは眉根を寄せた物凄く不服そうな顔で俺の背中をバチンと叩く。
「これで少しは無茶してもだいじょぶっすよね! オイラもすぐ行くっすから死なないでくださいよ!」
俺はサクラの回復ダンゴを頬の端っこに押し込む。
「……ありがとう」
それしか出てこなかった。
サクラはいつも無茶する俺を止めてくれる、無茶する時は背中を押してくれる。
矛盾した行動かもしれないけど、それに俺はいつも助けられる。
感謝の気持ちしか出てこない。
「入れ替えの石!」
俺は二本の矢印が円状に描かれた石を空に掲げる。
全身から緑色の光が迸り──────
──────ジリィィィン
一本のカブラヤが、元々俺が居た地面に突き刺さった。
その代わりに俺の姿は忽然と姿を消す。
「チギリ! 行くっすよ!」
「分かっているのだ」
サクラが弾みを使って全速力でオニに向かう。
「ちっ……」
チギリは一瞬ふらつき、倒れ込みそうになる。
倒れそうになる身体を踏ん張りで支え、呻きながら頭をさする。
鼻先に湿った感覚を覚えて視線を下ろしてみると、鼻から血が垂れてくるのが見えた。
チギリはそれを前足で拭い、ふーっと息を吐く。
「流石にあの高さに撃つには無理があったか……」
そうひとりごちり、歯を食いしばりながら走ってサクラを追う。
「……死ぬなよ、ウサミ」
◇◇◇◇◇
「うお!?」
視界が突然切り替わり、踏み締めていた地面が消えた。
重力に従って前足が下になり、後ろ足から吊り上げられるような体勢で落下が始まる。
どうやらアイテムの効果……魔素を含んだ対象との位置の入れ替えは無事に行われたみたいだ。
周囲には暴力的と言えるほどに澄み切った蒼穹が広がり、目を細めたくなるほど眩しい太陽が浮かんでいる。
目の前には分厚い霧に白濁した雲の海、着地地点など到底見えるわけがない。
顔面に叩きつけられる風に耳が靡き、大きな瞳が一瞬でドライアイになる。
口を閉じているだけでも一苦労だ。
自分が風を切る音だけで耳が痛い、こんな環境じゃ集中して魔素が練れない……!
シンプルに身体の機能が足りない、俺の地力が……俺より強いやつなら、ガルタなら……
ガルタなら。
そう頭に過ぎった瞬間俺は閃いた。
目を閉じ、鼻からゆっくりと空気を吸いこむ。
呼吸さえも難しいこの状況だが、やらないと死ぬだけ、友達が死ぬだけ……そう思えば自ずと全身を力が巡り始める。
魔素を使った身体強化、ガルタのやっていた魔素の体内循環!
タプタプと波打つ魔素の川が氾濫しないよう細心の注意を払いながら瞼を開け、魔素の川に人間の両手をゆっくりと沈める。
俺のことを馬鹿だって言うチギリが、友達なんて分からないって言うチギリが、俺のことを信じて託してくれたんだ!
だから────
──────リイイィィィィィィィン
「スキル発動……」
────絶対成功させる!
「ストンピング!」
俺はこの上空にまで届く音目掛け、スキルを発動する。
スキルを使うと体勢が自然と変わり、身体が縦に回転する形で後ろ足が下に回る。
全身から魔素を迸らせる俺から発せられる衝撃波は周囲の霧を円状に切り取るように吹き飛ばし、落下する俺の軌跡にはオーロラのような魔素が残る。
「ぐうううううう」
俺の身体はいっそう加速し、あまりの速度に爆発が起きたような衝撃音が発生する。
魔素で強化された俺の耳は通常よりも大きな音でそれを拾い、ぷつんと音が途切れ、針を奥まで刺されたように頭が痛い、意識が飛びそうになる。
耳と鼻から血が流れ、鮮やかな軌跡に紅が加わる。
やっぱりガルタみたいに上手くはいかないみたいだ……。
けど、このために……取っといたんだ!
俺は口の端に追いやっていたサクラの回復ダンゴを飲み込む。
すると聴力が回復すると同時に、全身の感覚がなくなるほどの頭痛がなくなった。
傷の量的には大した負傷じゃないからかな、足がもげたわけでもないしな。
俺はまるで隕石のように周りの大気を巻き込みながら落下し続け、自分の真下にある霧もどんどん吹き飛んでいく。
そして……
「シクシク……」
ついにオニの姿を視界に収めた!
豆粒のように小さなオニの姿を見て、周りの世界がスローモーションのように緩やかになる。
ゆっくりなその時間で思い出すのは、在りし日の記憶。
スカイツリーに登って、ガラス張りの地面から東京を見下ろしたあの瞬間。
お母さんが連れてってくれた、思い出の場所。
今俺はそのスカイツリーにも匹敵するような高さに……生身で浮かんでいる。
いや、落ちているのか。
本当に何が起こるか分からないものだな、人生。
こんな高い場所からこんな速度で落ちて……魔素の漲る今の身体なら死ぬことはないだろうけど……怖い。
どれだけ痛くて、苦しいのか見当もつかない。
蹲りたくなるほど怖いけど……やっぱり俺は思う。
別にいいかなって。
なんてったって……
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
友達となら、地獄にだって行ける覚悟があるんだから。




