第57話 不器用な願い
「おおおおおいきっ、貴様らまさか索敵をサボっていたのではないだろうな!?」
チギリが狼狽しながら俺の首根っこを掴んでブンブン振る。
「おち、落ち着いてくれ、今スキルで確認するから……」
チギリは俺から手を離し、急かすように足をパタパタと地面に叩きつける。
ガルタは爪を剥き出しにし、温度のない顔で周囲に気を配る。
俺はソニックウェーブを発動し、反響音で周囲の状況をひとつずつ把握していく。
まず近くにある階段、何体か散らばる敵モンスター、障害になりうる大きな岩山、そして……
「……みんな、朗報だ。鬼はこっちに気づいていない。確かに近くにいるけど、問題なく階段に行けるはずだ」
俺の言葉に一同は胸を撫で下ろした。
……ただ一匹を除いて。
「ハァ……ハァ……」
「ミリピード……?」
ミリピードにあるいくつもの気門は、不規則的に魔素を吐き出す。
映像がぼやけるように黒色の身体が迷彩柄に変化していく。
尾っぽで光る鬼の印の点滅は次第に加速する。
燻るように濁った魔素は立ち上り、暗雲が立ち込めるように暗がりを作り出す。
それに呼応するように鬼の印は強く発光。
触覚は今まで見たこともないような速さで暴れ回り、脚はガタガタと縦に震えている。
「自分が、自分が前に、前に出ないと、しっ、友が、し、死に……」
「ミリピード!」
サクラがいち早くミリピードの異常に気づき、身体を伸ばして覆い被さる。
ミリピードの黒い目には充血したような赤い線が迸り、心臓が鼓動するように全身が脈を打っている。
サクラは息を大きく吸い込み、口を窄めて少しずつ息を吐いた。
すると辺りはあっという間にフルーティな香りでいっぱいになった。
「大丈夫、落ち着いていいっすよ……大丈夫、大丈夫……」
サクラはもちもちの身体で丁寧にミリピードを撫で、寝る子に毛布をかけるようにそっと囁く。
サクラの香りと囁きで、怯えで跳ね回るミリピードの触覚が少しずつ鎮まり、乱暴に脈を打つミリピードの身体は動かなくなっていく。
「じ、自分は……前に、せ、殲滅……」
「ぬぅぅぅ……!」
うわ言のように同じフレーズを繰り返すミリピードにチギリがどしどしとにじり寄り、二足で立ち上がる。
そして前足でミリピードの顎肢を掴んで顔を引き寄せる。
赤く染まったチギリの顔からは汗が滴り、大きな前歯はがちがちと震えている。
「守りたいなら戦うよりも逃げる方が良いに決まっているのだ! あっしは死にたくないのだよ! わざわざリスクを取るな、この死にたがりが!」
チギリはそう怒鳴って乱暴に頭を離した。
ミリピードは数秒フリーズし、持ち上げた前身を地面につける。
鬼の印は未だ鈍い光を放つも、強まることもな口なった。
「……すまない、取り乱した。チギリの言う通りだ、階段に向かおう」
◇◇◇◇◇
「「「はぁ……」」」
何事もなく階段に辿り着いた俺たちは揃って詰まった息を吐き出した。
一同は地べたに強張った力を逃がすように崩れ落ち、光を失う鬼の印を眺める。
「とりあえずお疲れ様っすね……心臓止まるかと思ったっす」
「サクラって心臓とかあるのか……?」
「……そういえばオイラも分かんないっすね。ないかも?」
へたり込む俺とサクラは目を合わせて気の抜けた笑いを漏らす。
分かりやすく生き物が元になった俺たちは兎も角、米が元になったモンスターのサクラの身体の構造は謎に満ちている。
そういう研究をする機関とかないのかな……
「……そんなこと考えてる場合じゃないか」
俺は地べたについたお尻に力を入れて四足で立ち上がる。
脱ぎ捨てられた衣服のように転がったミリピードの元へ寄る。
ムカデのモンスターである彼の表情は他の皆と違って物凄く読み取りにくい。
笑えば口角が上がり、目を細める俺たちとは違う。
悲しければ口角が下がり、目が潤む俺たちとは違う。
怒れば歯を食いしばり、目が鋭くなる俺たちとは違う。
それでも分かる、誰にだって分かる。
「ウサミ……?」
俺はミリピードの頭を自分の胸に寄せ、短い前足で抱きしめる。
「怖かったな」
「……」
「ま、俺も……俺たちも死ぬほど怖かったけどな」
敵に正面から全速力で突っ込む彼が、命を刈り取る攻撃すら正面から受け止める彼が、目が見えなくても下がらない彼が……怖がっていた。
俺たちを守れないことにだ。
「お前、優しすぎるだろ」
「……自分は修羅だ、敵を残忍に殺し尽くす悪鬼だ。優しいなどという言葉は自分の対極にある。ウサミの方が」
「そんなの、俺だって一緒だ。自分のために向かってくるモンスターを殺して、殺して、殺して……地獄に行くに決まってる」
けどな……と俺は続ける。
「それでいいんだよ、もう。だってここにいる皆そうしてる。地獄だって皆で行けば……怖いけど、まぁ別にいいかって思えるんだ」
「……バカだな、ウサミは」
「そうだよ、大馬鹿の死にたがりだ。一緒だろ?」
「……っぷは。そうかもしれないな」
俺は前足に更に力を入れる。
反対にミリピードの身体からは力が抜け、迷彩柄の身体は静かな黒色に戻っていく。
前足から伝わる身体の感触は硬くて冷たい、ゴツゴツしてて、細くて小さな脚はざわざわ動いてくすぐったい。
「名前、決めたんだ。聞きたいか?」
「あぁ、是非とも聞かせてくれ」
「……カミカゼ、ってどう思う?」
「……由来を聞いてもいいだろうか」
「……俺の故郷の昔の話だ。国のために自爆覚悟で特攻した、勇敢な人達の戦術を神風って言ったんだ。けど……俺はその人達のことを初めて知った時凄く悲しくなった」
一層前足に力が入る。
「お前はそういう戦いをするから……けど、その人達みたいにお前に死んで欲しくない。名前を呼ぶ度にそのことを思い出して欲しかったんだ……ごめん、すごい俺ばっかりな考え方で。やっぱり別の……」
「いいや」
ミリピードは下半身を俺の身体に巻き付け、沢山の脚で俺を抱きしめる。
「その名前がいい。ウサミの願い、しかと受け取った。このカミカゼ、二度とお前を悲しませまいよ。ただ……」
ミリピードも強く力を込め、俺の胸から頭を抜いて顔を見上げてくる。
「ウサミ。ウサミが自分の名を呼ぶ時にも思い出してくれ。自分もウサミに死んで欲しくないと、守りたい願っているということを」
「……約束するよ」
約束の指切り、それをする小指は互いにない。
それでも俺は後ろ足二本だけで身体を支え、前足でカミカゼを抱きしめる。
カミカゼは細い脚で俺をムズムズさせたとしても、全身でギュッと抱きしめてくれる。
不器用な俺たちの交わりの中に、確かな約束が息づく。
指切りなんて必要ない。
俺たちは互いに無事を願い合った、戦友なのだから。




