第54話 使い切りタイプ
「やっぱ先輩はモンたらしっすね」
「モンたらし……」
あまりに聞き慣れなさすぎるその語彙に思わずリピートしてしまう俺。
「……というか、そろそろ離してくれないか?」
「む、すまない」
ミリピードは俺の背中を通って身体から離れていく。
足元まで続くミリピードの身体は寸分の違いもなく頭部の軌跡を辿る。
一個一個の挙動が長くて大変そうだな……
めちゃめちゃくすぐったいし。
身体が意図せずぶるぶるっと震える。
五秒ほどかけて俺の身体からミリピードが離れ、脚を使って触覚についた毛を拭う。
「おいウサミ、ここはラビリンスだということを忘れるなよ。依然周囲は霧に包まれたまま、数メートル先の視界はないままなのだ」
「霧? 今は霧が出ているのか」
「はぁ? 見れば分かるのだ……いや、待て。貴様目が見えないのか?」
「光は見える」
「それでどうやって状況を把握してるの?」
「振動だ。自分にはそれで充分だからな」
まじか……ムカデって目見えないんだっけ。
てかそんな状態でゴロックのスキルに突っ込んだのか……ますますわけが分からないな。
目が見えない恐怖って相当だと思うんだけど……
俺がそう心配している中、ガルタはなにかを閃いたようにグイッとミリピードの前に出る。
「じゃあさじゃあさ、霧の中だったら僕らより周りの状況がよく分かるんじゃない?」
「お前たちの感覚はよく分からんが、自分に霧はほとんど関係ない。ここは任せてもらおうか」
「それじゃあ僕たちは戦闘担当だね! みんな頑張ろう! おー!」
ガルタが右手を上げながらおーっと元気よく吠える。
それを受けてミリピードは先導を始めた。
ガルタは俺と違って相手の良いところによく目が行くんだな。
俺は視界がないなんて不便だな、くらいにしか思わなかった……少し情けない。
俺が耳を垂らしてしゅんとしているのに気づいたのか、ミリピードは前を向いたまま触覚をピクピクさせる。
「どうしたウサミ。悲しそうだ」
「え、なんで……」
「言っただろう、振動だけで充分だと」
えぇ……なんかそこまでいくと怖いんだけど……?
俺は未知の感覚を持つミリピードに疑問を抱えたまま、うーんと唸る。
「別に……大したことはないよ」
「そうか。無理に聞くつもりはない、自分たちは会ったばかりだからな」
「ありがとう」
「構わない。その代わりと言ったらなんだが、一段落着いたらお願いがある」
「なんだ?」
──────…………
しばしの沈黙が流れたまま、俺たちはミリピードに着いていく。
「…………自分に名前をくれ。これではウサミをウサギと呼ぶのと一緒だ」
と、突然そう言い出した。
タイミングはよく分からないが、断る理由もない。
というかむしろ嬉しい。
「俺でいいのか?」
「あぁ。ウサミに付けて欲しい」
「考えておくよ」
「よろしく頼む。ところで、大したことではないんだが言うことがある」
「どうした?」
「右前方より敵襲、恐らくチュウリンだ」
「は」
口から間の抜けた声がこぼれ落ち、変わらぬ様子で進むミリピードを前足で軽く踏んで止める。
「なにが大したことないだよ!? 思いっきり大したことじゃねぇか!」
「む? そうなのか? とりあえずは……」
ミリピードの体表が迷彩柄に変化し、バネが縮むように身体を縮ませ……
「自分の後ろに下がれェッ!」
一気に伸びて跳ねるように加速、霧の中に吸い込まれていった。
その瞬間速度はイザナミ内で一番の俺に匹敵する。
「ミリピード!」
俺は気づけば地面を蹴ってそのままミリピードの後を追っていた。
それからはすぐだった。
「スキル発動ぉ! ア ゛イアンシザァ ゛!」
霧の中でも見えるくらいの至近距離、ミリピードは暴れ狂う荒波のようにしなり……金属音と共に衝撃波が俺の耳を靡かせた。
聞くのは二回目となる彼のスキル発動の叫び声……それはまさに命を削った雄叫び。
弧を描きながらチュウリンの首が飛び、血を撒き散らして俺の足元に転がった。
仲間と全く同じ面したその生首に吐き気を催すも、もう慣れっこだろうと言い聞かせて胃液を飲み込んだ。
「無事か、ウサミ」
頭から返り血を被ったミリピードがうねりながら俺の元へ駆け寄る。
「……無事だ」
「そうか、よかった」
返事と同時に血は光の粒子に変わり、俺とミリピードに吸い込まれていく。
俺は思った。
確かに俺とこいつは似たもの同士だが、決定的に違うところがある。
俺はそれに尊敬を抱くと同時に……怖くなった。
「……なぁ、一匹で突っ込むのはやめてくれ」
「無理だ。自分は前に出なければならない」
「なんでだよ」
「仲間を守る、それが自分の使命であり願い」
「そのせいでお前が死んだら……!」
「仲間を守って死ぬのは名誉だ。本望だ」
ミリピードは息を吸うかの如くそう言い放ち、表情一つ変えない。
以前の俺のように諦めきり、もうどうでもいいと命を投げ出すのとは根本的に違う。
悲愴的な様子は全くなくて、まるで生きることの延長線上に死が置いてあるみたいだ。
……俺は怖くなった。
自分の命を消耗品のように扱うミリピードに……ではない。
彼の不器用な優しさが、温もりが、冷え切った骸になるまでがそう遠くないように見えて。
俺は熱くなったり冷たくなったりする自分の中のなにかを噛み潰したくて……ぎりぎりと歯を噛んだ。




