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第53話 なにをなにを

「落ち着いて! えっと、僕の名前はガルタ! よろしく!」

「ほう、お前は話せるのか。自分の名前は、えー……名前、名前……」


 胴体を起こし、威嚇のために自分を大きく見せていたミリピードは突然言葉に詰まる。

 それと同時に迷彩柄の体表が黒曜石のような黒に変わる。

 そして塒を巻くようにその場で回り、はて、と頭部を傾ける。


「すまない。自分の名前が分からん」

「君個人としての名前は分からないけど……種族としては、ミリピードって名前だと思う」

「ふむ、ミリピード……」


 お、おぉ……なんか普通に会話できるぞ?

 さっきまでの戦闘狂ぶりはどこへ……まぁ、好都合か。


 俺はガルタの横に跳ねていってミリピードと目を合わせる。


「横入りするようでごめん、俺の名前はウサミだ」

「サクラっす!」

「……チギリなのだ」

「ウサミ、サクラ、チギリだな。覚えたぞ」


 ミリピードの触覚がピクピクと動き、上半身を起こしてクニャりと曲がる。


 えっと……お辞儀? してるのか?

 礼儀正しいモンスターなのかな……。

 というかお辞儀なんて妙に人間臭いな……?


 俺は戸惑いを咳払いでどっかへやり、なんとなく話す内容を組み立てる。


「俺たちは探検隊をやってて、依頼を受けてこのラビリンスの最上階にいる攫われたモンスターを助けにきたんだ」

「イザナミっていう探検隊だよ!」

「イザナミ……探検隊……」

「ミリピードは……なにしてたんだ?」


 俺は迷った末に聞いた。

 正直なところ、ミリピードは戦力的に絶対に欲しい。

 けど……ガルタは言ってた。

 意思を得たモンスターを、ラビリンスのモンスターは自己防衛以外で襲いにこないと。

 襲いにくるのは……自らから手を出した時。

 誰彼構わず喧嘩を売るような凶暴なモンスターを仲間として引き入れるのはリスクが高い。

 ガルタによるとオニの挙動もおかしいようだし、このラビリンス全体に何かが起きてて……エラーでミリピードを襲った。

 そして自己防衛のためにミリピードは戦った……そういうことなら仲間に……


「自分は……戦っていた。戦わなければならない」

「……向こうから襲ってきたのか?」

「いいや、自分から向かった。敵は殲滅しなければならない」


 ミリピードの目がギラリと紅く光った気がした。

 俺たちは思わず一歩後ずさり、額から汗を流す。

 しかし……たった一匹、無垢に問うものがいた。


「ミリピードは、どうして戦うの?」


 この空気でよく聞けるなこいつは。


 ミリピードはピクピクと触覚を動かしてガルタの方を見る。


「決まっているだろう。盾となるためだ」

「どういうこと?」

「自分が前に出て敵を殲滅すれば守れる」

「なにを?」

「なにを? なにを……なにを……?」

「……ふむ」


 チギリはミリピードの様子を見て、前足を組んで考え込むように俯いた。

 俺はなんだかミリピードが可哀想に見えてきて、前足をミリピードの方へ伸ばそうとする……が、戦闘時の形相を思い出してピタリと止まってしまう。

 

「……分からない」


 ミリピードはしゅんと曲がってしまった。

 突然親に置いていかれた子どものように自分が何をすればいいかすら分からない、そんな様子だ。


 名前を聞いた時と同じだ。

 明らかに記憶が欠落している。

 一体これは……。


 ……なんか、なんか……


「ミリピード」


 モヤモヤする。


 俺は頭をぶんぶん振って恐怖を吹き飛ばし、ミリピードのすぐ側まで寄る。

 ミリピードは警戒するように顎肢を広げ、いくつもある足を踏ん張るように八の字にする。

 触覚は今までで一番激しく揺れ動き、俺の一挙手一投足を逃さない。

 そうだ、互いに初めて会うんだからどっちも怖いに決まってる。


 ……でも、大丈夫。

 多分こいつは……いや、この子は……


「優しいんだな」


 俺は前身を起こしてミリピードに抱きつく。

 人間の腕みたいに長くない前足は、ミリピードの腹に触れるだけだ。

 分厚い毛に覆われた自分の前足から、強張った腹が柔らかい感触に変わっていくのを感じる。


 仕組みはよく分からないけど、この子はラビリンスでいきなり目覚めたんだ。

 もしかしたら俺と同じ……どこか別の世界から来たのかもしれない。

 チギリだってそうだ、普通に考えてラビリンスにいる以前の記憶が無いなんておかしい。

 なにか……秘密があるはずだ。

 記憶がぽっかり空いたままなんて、そんな悲しいことはないはずだ。

 

「何を守りたいか分からないまま、分からないのを自覚しないまま戦ってたってことはさ……ミリピードの中できっと守るために戦うことは当たり前だったんだよ」

「……そう、なのか?」

「きっとそうだ。今はこんなに落ち着いてるのに、戦ってる時は別じ……別モンスターみたいだった。それだけ必死に戦ってたってことなんじゃないか?」


 ミリピードは頭を俺の頭に乗せる。

 そして一息つくように目を閉じ、小さい足でちょいちょいと俺の前足を触る。


 ……どけてってことかな。

 ちょっと距離詰めるの早すぎたかも。


 俺は口をすぼめて反省しながら前足を離し、四足で地面を踏み直す。

 ミリピードは俺の後ろに回り込んだと思えば、周回する形でまた目が合う。

 渦を巻くように這う彼の身体はやがて俺の身体を駆け上がり、軽く締められる。

 それは決して俺を締め殺そうとかじゃなくて……抱擁の方だ。


「……分からない。分からないが、お前の言葉で安心したように思う。感謝する、ウサミ」


 後頭部にミリピードの頭部があるのを感じる。

 全身に軽く食い込むいくつもの足は少しくすぐったくてぞわぞわする。

 けど……すごく暖かい。


 身体に巻きつくミリピードの身体が、霧から漏れる陽の光でキラリと輝いた。


「自分が守るのは、ウサミ。お前だ。今そう決めた」


 ……重いな。

 いきなり全身を使ったハグ。

 しかも会ってすぐ、会って数分だから本当にすぐ、それなのにそんなこと言っちゃってまぁ。

 百足だからしょうがないけど抱きしめ方もなんか変だし。

 でもまぁよくよく考えたら……


「これからよろしくな」


 俺も似たようなもんかもな。

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