第45話 誰が為の怒り
「イキヨ……」
思考する時間はない。
俺はリンガの実を大きく一口齧り、後ろ足で蹴飛ばす。
一口程度じゃほとんど回復しない、木の実をあいつにぶつけたところでなんのダメージもない。
それでもそうすることしか思いつかなかった。
俺はグラグラと揺れる視界の中で全力で地面を走り出す。
ガルタたちと合流する、それから先はその時に……いやだめだ、チギリを回収してそれから……
「ギ」
「!」
俺は直感で横に跳ぶ。
その直後、俺のいた場所を緑色の刃が通り過ぎた。
刃は先にあった大岩に向かい、音もなく岩をすり抜けた。
……いや、すり抜けたんじゃない。
──────ズゥゥン
身体が飛び跳ねるほどの揺れと轟音、俺の身体の五十倍のサイズはあろうとも岩が真っ二つに切れた。
分かれた岩は白い砂埃をたてて横たわる。
地べたに腹をつける俺は立ちあがろうと砂利を引っ掻く。
「ギヒッ」
笑い声にも聞こえるそれは、「次はお前がこうなる番だ」と言っているようにも聞こえる。
何が面白いんだよ、ふざけやがって……
こちとら血も流して魔素酔いもあって頭グラグラなんだよ、焦点も合わないし全部がぼやけて見えるんだよ……!
「ヒトヒト……」
「っうぅ……」
目をつぶって衝撃に備えた……その時だった。
「ワイルドファング!」
激しい唸り声と、なにか硬いものがぶつかり合う音が聞こえた。
俺はばっと目を見開いて首を後ろに回す。
そこには鬼の鉄棒をギリギリと噛み潰そうとするガルタの姿が。
眉に皺が寄りまくり、低く腹に響くほど大きな唸り声を上げている。
なんで、そんな怒って……
「がる……」
「せんぱぁい!!」
そう問う間もなく、ガルタの影からサクラが飛び出す。
俺は口を大きく開けてサクラと目を合わせる。
「スキル発動、回復ダンゴ!」
サクラの身体からピンクの球体が発射され、口の中にスポンッと入る。
俺はそれを噛まずに飲み込んだ。
すると頭の出血が止まり、頭痛も少し治まった。
ここまで戻ってくる時にサクラが獲得した新スキル、回復ダンゴはその名の通りモンスターを回復することができる。
しかし魔素を多く消費するため連発はできない、リンガの実より回復量も少ない。
それでも回復できるスキルは貴重だし、リンガの実より時間もかからず摂取できる。
そのサクラのスキルのおかげでやっと、俺の頭が冷えて正常に回り始める。
今、すべきなのは……
「チギリは生きてる! 位置は俺から見て左斜め前直進! 重症だから回復必須!」
伝達だ!
ガルタはそれを聞いて鉄棒から口を離して蹴り上げ、回転しながら後方に着地した。
アイテムボックスから一つの枝を取り出してサクラの方に叫ぶ。
「僕とウサミで足止めするからサクラはチギリのところに行って! アイテムもあるからだいじょーぶ!」
「……死んじゃダメっすからね! 一緒に逃げましょうね!」
サクラは一瞬渋い顔をしたものの、素早く跳ねてチギリの元へ向かった。
……アイテムがないと鬼の足止めが困難、リンガの実だけをサクラに渡したとしても、サクラではチギリが気絶していたらリンガの実を無理やり食べさせることは難しい。
俺の時もそうだったようだし……。
ここでサクラが足止めに残って魔素を大量消費するよりも、回復ダンゴによる魔素消費の方が少ない。
そういう判断なのかな。
俺は立ち上がり、鬼の奥にいるガルタの目を見る。
ガルタは温度のない顔で鬼を見据えていて目が合わない。
全身の毛が逆立ち、尻尾もギザギザしている。
……ほんと、お前ってやつは。
「ガルタ」
「うん?」
声を掛けるとやっと目が合い、俺はふっと柔らかく笑う。
「ありがとな」
「どういたし?」
「ふはっ、なにそれ」
なんで、今なんだろうな。
別に後でよかったことなのに。
けど、今言いたかったんだよな。
「絶対生き残るぞ」
「当たり前!」
だって多分、お前が怒ったのって俺のためだろ。
俺、自分のために怒ってくれるやつと会ったの初めてなんだ、お前が初めてなんだ。
目の前の死に対する恐怖は消えるわけはない、でもそれと同時に浮かれてしまうくらい……嬉しかったんだろうな。




