トータがママで恋衣が娘で
氷砂糖恋衣はダイエットを決意した。先日の糖太のバイト先での爆食いパーティによって増えた体重のせいである。
「ということで、今日はランニングをします」
「えぇ...せっかくバイト休みなのに...」
やる気満々といった感じの恋衣。ここ最近では珍しい『Tシャツにハーフパンツ』というスポーティーで健康的な姿がちょっと眩しい。あ、でもよく見たらTシャツは『血の滴るピンクのクマさん』だったので、やっぱり脱メンヘラという訳ではないのかも。
「で、目的地は?」
すらりと伸びた恋衣の脚をこっそり拝みつつ、糖太はまだ起きていない身体をゆっくり伸ばす。
「昔、よく遊んだ緑地公園だよ。3kmくらいかな?」
スマホの地図アプリを見ながら答える恋衣は、糖太の視線に気付くことなくストレッチを続ける。
「え、結構遠いね。もっと近いとこでいいんじゃない?」
普段まったく運動をしていない恋衣には、なかなか厳しい距離設定かもしれない。帰りは歩きになるかもなぁ。
「ダメっ!甘えは厳禁っ!ほら、早く行くよ!」
朝から元気な恋衣をなだめつつ、久々にメンヘラじゃない幼馴染の背中を追った。
◇
「ハァ...もう、ムリ...休憩...っ!」
「いや、まだ5分も経ってないよ」
勢いよく走り出して束の間、恋衣は大きく息を乱しながら路肩の石段に座り込んでしまった。
「...甘えは厳禁、じゃなかったっけ?」
見下ろすこちらに向かって、恨めしそうな目で無言の抗議を返す恋衣。さすがに、こんなに体力が無いとは思ってなかった。
「ランニングじゃなくて、ウォーキングにしようか」
まだまだ遠くて影すら見えない目的地の方を見据えながら、なるだけ恋衣を刺激しないように言葉を選ぶ。
「甘えもそうだけど、無理も良くないよ」
まぁ、恋衣の場合は『甘え』よりも『甘いもの』が良くないと思うけどね。どうせ太ったんでしょ、この前のドーナツ爆食いで。
「ん、わかった...トータの、言う通りにする」
いまだに落ち着かない呼吸を繰り返す恋衣は、大人しく糖太の提案を飲み込んだ。
◇
「んー!気持ちいいー!!!」
急遽歩きに変更したため、予定時刻よりも大幅に遅れてしまったが、どうにか目的地の緑地公園に到着した。
「あ、なつかしー!ねぇトータ、ここめっちゃ遊んでたよね」
大きな噴水があるだけで他に特筆する遊具もない公園ではあるが、小さい頃から親に連れられてよく遊んでいた記憶がある。
「そうだね。恋衣が投げるの下手だったから、めちゃくちゃ走らされた記憶しかないけど」
遊具が何もないので、必然的に広場でのボール遊びが多かった気がする。壊滅的な運動神経の恋衣が放つボールは、芸術的と言えるほどに見当違いな方向に飛んで行くのであった。
「あはは、そんなわけないじゃん!トータ、おもしろっ」
冗談には見えない満面の笑みで返してくる恋衣。まぁ...思い出って美化されるものだし。そういうことにしておいてあげましょう、優しさライセンス。
宛てもなく園内を練り歩いていると、良い感じに木陰になったベンチを見つけた。
「ふぅ、ちょっと休憩!」
とすん、と軽い音を立てながらベンチに座る恋衣。その隣に静かに座る糖太は、腰に付けたポーチから小さいペットボトルを取り出した。
「はい、これ恋衣の分ね。ちょっとぬるいかもだけど」
家から持参したミネラルウォーターを恋衣に渡しながら、自分用のマイボトルに手をかける。絶妙にぬるい温度のせいで爽快感は皆無だが、最低限の水分補給の役目は果たせそう。
「ありがと。さすがトータ、お母さんみたい」
「そりゃどうも。恋衣も可愛い娘みたいなもんだよ」
お互いにまっすぐ正面を見つめながら冗談を交わす。可愛い娘みたいに大切な存在、だからこそメンヘラ化を防がないと。
「でも、トータがママはヤだなぁ。全然かまってくれないし」
わざとらしく口をとがらせてみせる恋衣。すぐに吹き出して笑みがこぼれる。木陰から差し込む光に照らされた恋衣は、いつもどおりの幼馴染に戻ったように思えた。
「僕も恋衣が娘は...ちょっと嫌かもなぁ。なんだか最近、グレちゃってるし」
正確に言えば『メンヘラ化してる』が正しいんだろうけど。できれば戻って欲しいなぁ、素朴で真面目な幼馴染に。
「ぐ、グレてないしっ!トータには関係ないじゃん!」
急激にヒートアップした恋衣に、少し驚いた表情を見せる糖太。そんな糖太の姿を見て、ハッと我に返った恋衣は唐突にベンチを立ち上がった。
「あ、痛っ!」
声を上げながらその場に座り込んだ恋衣は、そのまま足首を押さえて黙り込んでしまう。後ろで静かに見守る糖太に振り向き、恋衣は申し訳なさそうな表情で情けなくこぼした。
「ごめん、足...やっちゃったかも」
ウォーキングがいいと思います、ランニングは膝壊れるからね




