正反対な理想と現実
氷砂糖恋衣は処女である。ついでに言うと『彼氏いない歴=人生』である。
「あ~、彼氏欲しいなぁ...」
「えーっと。そういうのは、あんまり外では口にしない方がいいと思うよ」
平日の講義終わりに買い物に付き合わされている糖太は、それとなく恋衣の発言を諫める。
日常生活に困らない程度に店舗が揃っている最寄り駅直結の商業施設。恋衣は糖太の発言にムッとした表情を見せた。
「トータのせいじゃん、全然かまってくれないし」
「えー、先週ドーナツ持って行ったばっかりじゃん」
最近の恋衣は、どこか変である。素直で真面目が取り柄だったはずの幼馴染は、ある日突然メンヘラのそれに変わってしまった。
「やだ、毎日会いたいもん。トータがいなきゃダメなの」
何百回も使い古された定番のメンヘラ台詞を呟きながら、ひょいと軽くステップを踏んだ恋衣が数歩だけ前に進み出る。あいにくこの位置からでは、恋衣の表情までは伺えない。
「はぁ...そういうのも、あんまり言わない方がいいんだけどね」
苦笑いと共に吐き出された糖太の声は、ご機嫌なステップで進む恋衣の耳には届かなかった。
◇
正直、恋衣は『イケイケで超可愛い』って感じではない。クラスでいえば真ん中より上だが、トップのグループにはギリギリ入らない、くらいの立ち位置だ。かくいう糖太も似たようなもので、目立った特徴はないが優しくてイイ奴、みたいなポジションである。
家が隣同士ということもあり、小さい頃からニコイチで扱われることも多い。幸いにお互い恋人にも縁がなかったため、疎遠になることもなく現在に至るまで良好な幼馴染を続けられている。
「あ、めっちゃ可愛い!ねぇトータ、これ良くない?」
地雷系っぽい洋服ばかりが並ぶお店で、恋衣は目をキラキラさせながらトータの顔色を伺う。
恋衣の指さした店頭に立つマネキンは、パンクとメンヘラの中間くらい?のファッションに包まれていた。脚に絡みつくストッキングは、破れかぶれでその意味を成していない。
「あー...そうだね。今年も猛暑だろうし、夏場は涼しそうだね」
まずは肯定して、相手の意見を尊重する意思を見せる。恋衣の満足そうな顔を確認した後、ひと呼吸を置いて言葉を続ける。
「あ、でも肌を露出したら、それはそれで日焼けのケアが必要になるかもね」
手のひらを返すような糖太の返答に、恋衣はわかりやすく不満そうな表情を見せる。
(っていうか、なんでこんなメンヘラっぽい服を選ぶのかなぁ...)
もともと、恋衣は『良く言えば清楚、悪く言えば地味な女の子』だったはず。少なくとも、こんな地雷臭のするファッションには縁はない、と思ってた。
思うような成果が得られなかった恋衣は、次の標的を探すように所狭しと並ぶメンヘラな洋服たちを手に取っていく。いや、今見てるそれはさすがに布面積が少なすぎると思いますよ。水着じゃないんだから。
「あのさ...恋衣は、もっと明るい色の服が似合うと思うよ」
恐る恐るといった感じで提案をする糖太。今までの経験上、メンヘラは『否定されること』を極端に嫌う傾向がある。だから、これは絶対に悪手なんだけど。
でも、さすがに。これ以上、大切な幼馴染がメンヘラに染まるのは見過ごせない、よなぁ。
「ほら、あっちの春っぽいワンピースとか。恋衣にピッタリだと思うけど」
糖太は向かいにあるナチュラルっぽい洋服が並ぶ店舗を指差しながら、ちらっと恋衣の顔色を伺う。
恋衣は、糖太の言葉に一瞬だけパッと明るい表情を見せた。と思いきや、すぐにムッとした表情に変わり、ぷっくり描かれた涙袋マシマシな目で糖太をにらみつけた。
「う、うるさいの!そういうのは、いいから!こっちのお店で選ぶの!!」
ぷんすかと音が聞こえそうな勢いで店の奥に進んでいく恋衣を見ながら、どうやってご機嫌を取ろうか頭を悩ます糖太だった。
メンヘラは眺めるもの、手折るなんてとんでもない




