メンヘラとバイトとおでこ
「トータは私とバイト…どっちが大事なの!?」
「いや、普通にバイトでしょ」
突然、部屋に押しかけてきた恋衣に対して、綺麗な正論のセンター返しを放つ糖太。
先日に引き続き、メンヘラチックな服装を身にまとったお隣さんの幼馴染。糖太は『言われたらめんどくさい台詞 第一位』を堂々と吐いてきた恋衣を正面から見返す。
「僕と恋衣は幼馴染。だから普通にバイトが大切だよ」
せめて事前に約束してたのならまだしも、強襲してきて『今から遊ぼう』って。恋衣ちゃん、小学生じゃないんだから。
「で、でも……あ、そうだ。私、ちょっと体調が悪くて~」
ぶかぶかの猫耳パーカーを目深に被り直しながら、こほこほっとわざとらしく咳をする。目も泳ぎまくってる、これは嘘をついている味がする。
「はいはい、わかった。じゃあ、恋衣ちゃんはお家でおねんねしましょうね」
駄々をこねる子供をあやす幼稚園の先生の気分で、座り込んで動かないと主張する恋衣を後ろから抱きかかえる。
「ちょ、ちょっと!やだ、やだやだっ!へんたいっ!セクハラっ!!!」
羽交い絞めにされてじたばたと暴れだす恋衣。手に当たる柔らかい感触に罪悪感が湧いてしまい、つい押さえる力を緩めてしまう。
「いやなの!今日はトータの部屋で遊ぶの!大きな声出すよ!」
もう十分に声大きいから、とため息をつきながら、糖太は自分のベッドを指さしながら妥協案を告げる。
「わかったよ。じゃあ、僕のベッド使っていいから」
指されたベッドの方に顔を向けた恋衣は、口をぱくぱくとさせながら頬を赤く染めていく。
「ごめんね。バイトは休めないけど、僕の部屋は使っていいから」
「ち、ちがっ!そうじゃなくて、私はトータと一緒に…」
幼馴染の恋衣になら、特に見られて困るものはないし。帰ってきてから元気そうなら、ゲームでもして気が済むまで付き合うつもりだし。
「あ、シーツとかは今日替えたばっかりだから」
ばっちり布団乾燥機もかけてるから、寝心地は最高だと思う。天日干しもいいけど、花粉とかPM2.5とか気になるし。
「寝間着は…まぁ、今日の服ならそのままでもいいか」
この前みたいなワンピースやスカートだとさすがに着替えが必要だったかもだけど、今日はこのまま寝てもらおう。
バイトの時間が迫ってきたこともあり、さっさと恋衣の背中を押してベッドに放り込む。
「え!?ちょ、ちょっとトータ!さすがに、心の準備がっ」
ドタバタとベッドに倒れこんで焦りだす恋衣をよそに、糖太はバイト先の制服が入ったリュックを手に取る。
チラッと時計を確認すると、そろそろ家を出る時間が迫っている。忘れ物がないか最終チェックをしながら、不安そうな顔でこちらを見上げる恋衣と目が合った。
おっと、そうだ。忘れるとこだった。一応、確認だけはしといた方がいいか。
「恋衣。ちょっとごめんね」
スッと恋衣に顔を近付けて、おでこ同士をくっつける。呼吸を止めて1秒……いやゆっくり5秒あけてそっと離れた。
「うん、熱は大丈夫そうだね。じゃあ具合が良くなるまで、ちゃんと横になってること」
人差し指を立てながら、脳の処理が追いついてない顔で見上げてくる恋衣に言いつける。そしてそのまま、返事を待たずにそそくさとドアの前まで移動する。
ドアノブに手をかけながら、ゆっくりと恋衣の方を振り返る。先ほどと同じ姿勢で固まっている恋衣に向けて、糖太はいつもの優しい笑顔を浮かべて口を開く。
「じゃあ、いってきます。ちょっとだけ待っててね」
そう言い残して、糖太は小さく手を振りながら自分の部屋を出る。
ぽつんとベッドに取り残された恋衣は、しばらく放心したままで動くことができなかった。
ええやんええやん、幼馴染ええやん




