そういうファッション
「いらっしゃいませー」
ふわっとしたドーナツの甘い香りと黒のワンピースに包まれて、恋衣は糖太のバイト先を訪れていた。
(き、緊張する...)
いろいろ悩んだ挙句、結局は定番どころの黒ワンピに落ち着いた。肩から下げたクマのぬいぐるみ型のショルダーバッグは、容量が小さすぎてほとんどバッグとしては機能していない。
なかなか途切れないショーケースに並ぶお客さんをよそに、少し離れた位置で佇む恋衣はカウンターで忙しそうに動く店員の姿を確認する。
(あ、トータだ!...んー、ちょっと忙しそう)
見た感じだと二人だけで回してる?夕方前の微妙な時間帯だから、暇だと思ったんだけどなぁ...
しばらくお客さんの列が捌けるのを待ちながら、恋衣は改めて『メンヘラまとめ記事』をスマホで確認する。
『メンヘラ女子がモテる理由』
『メンヘラ彼女の特徴はこれ!』
『メンヘラな彼女がほしい男性が急増中』
朝から何度も目を通したので大丈夫だと思うけど...まぁ、テスト前の最終確認も大事よね。
情弱用のほぼ内容のないまとめ記事を目で追っていると、最後のお客さんがショーケース前からレジへと移動した。
(...よし、行こう!)
入口を振り返ってお客さんが来ていないことを確認して、ゆっくりショーケースの前に足を進める。
ちょうどそのタイミングで、奥からトレイにドーナツを乗せた店員さんが出てきた。あ、トータだ。
気付かれることを期待してしばらく待ってみたが、トータは顔を上げることなく黙々とドーナツの補充を進めていく。
…こっちから声を掛けちゃおうかな。でも、なんて声を掛けていいか迷う。メンヘラっぽい台詞?いやでもバイト中だから、私語はあんまりよくない?
「あの、すみません...」
無難にお客さんと店員さんの距離感で声を掛ける。トータは一瞬固まったように止まって、ゆっくりと表情を変えながら顔を上げた。
「はい、お決まりで......恋衣?」
◇
「ど、どうした?恋衣が来るの、珍しいね」
脳の処理が追いつかず、適当な会話でお茶を濁す。きょろきょろと目だけで恋衣の顔と服装を行き来する。
「さ、最近、トータがかまってくれないから」
ヘタな芝居の台詞みたいなことを、幼い子供が拗ねるようにつぶやく恋衣。メンヘラチックな服装と相まって、本当に恋衣なのかが疑わしくなる。
「あ、えーっと...イメチェンした?一瞬、恋衣だって分かんなかったよ」
ごまかすように話を変えた僕の言葉に、分かりやすく顔をほころばせる恋衣。が、すぐに取り繕った表情に変わってしまう。
「べ、別に。ずっと、こういうの好きだったし。トータも...好きでしょ?こういうの」
そう言いながら軽くステップを踏む恋衣。黒いワンピースの裾がふわりと広がって、僕のメンヘラセンサーがビビビッと警告音を立てる。
「そうだっけ?僕はぜんぜん、そういうのがタイプってわけじゃ...」
メンヘラが勝手に寄ってくるだけで好きとは限らない。むしろメンヘラのせいで人生が狂ってるまである、むしろ苦手。
…あれ?これってもしかして、恋衣がメンヘラ化してしまったってこと?
改めて恋衣の姿をジッと観察する。首元にはチョーカー、手首にはリストバンド...じゃない、これ包帯だ。
「恋衣さん。えっと...手首、どうしたの?」
サッと包帯をした手首をかばう様な仕草をみせる恋衣。いや、見られたくないならそんな大げさに包帯しなきゃいいのに。
「あ、大丈夫!なんでもないの。その、ファッションって言うか」
わたわたと動揺を隠せない恋衣は、両手をぶんぶんっと振りながら「気にしないで」とつぶやく。
なるほど...これは『ファッションメンヘラ』ですかね。
巷では地雷系とか病み系とか、それなりに流行ってるらしいからね。いや、知らんけど。
とりあえず、恋衣がメンヘラ化したわけではないと分かってひと安心。でも『病は気から』っても言うし、できればいつもどおりの恋衣に戻って欲しい気持ちはあるなぁ。
「ドーナツはどうする?オールドファッションでいいかな?」
慌てる恋衣を見てたらだいぶ落ち着いたので、態度を接客スタイルに切り替える。それでもかなりラフだけど、いまさら恋衣相手に気取っても仕方がない。
「あ、うん。お母さんの分も買って帰るから4つで」
いつもどおりの受け答えをする恋衣にホッとしながら、僕はショーケースに並ぶオールドファッションを丁寧にトレイに乗せた。
ミ〇ドよりもク〇スピーク〇ーム派




