情実と穴埋めの人事・10
アキラと豊を見送った野木と内藤は、消灯確認と施錠の為、ひとまず会議室に戻った。
そこで内藤は徐に、野木に対して こんな謝罪の言葉を述べてきた。
「――今日は なんだか…すまなかったね、どっちの味方だか分からないようなことばかり言ってしまって…、いや 本当に、申し訳無かった――、」
「――アキラくんの為の、公平な視点からの御意見と受け止めておりましたが、…でも確かに、今日の常務は 何か いつもと御様子が違うとは感じておりました、」
「――そう見えたかい? ――ともかくだ、君は ああ言ったけども、アキラくんの指導については、とりあえず私に任せてもらって良いかな? アキラくんが通うのに一番近いのは ここ第1プラントだし、ここの監督は これから私が務める予定だからね、君が あれほどの熱意を示したところ、申し訳ないとは思うけども…、」
「――勿論、異論は有りません、――私自身が、ほんの数年前に常務からの御指導を賜ったばかりですし、それがアキラくんの為にも間違いなく最良である筈です――、」
今になって、自分が揮った少々大仰な熱弁が、些か恥ずかしくなってきていた野木は、間髪入れず それに賛同する。
「――ありがとう。…実は、…喜和子がね、…ウチの妻が、このまま広が戻らない時は、アキラくんをウチの養子にしたらどうだと言い出しててね…、」
――何かの種明かしをするように、内藤は そんなことを ぽつぽつと語り出した。
「――正直、アキラくんの為に、果たして どうするのが一番良いのか…、少し、分からなくなっていたんだよ…、勿論、広が戻ってくれたら、それが一番良いことに違いないし、私は広の一番の友人なのに、こんなことを望んで良いものかと――、
…年甲斐もなく、戸惑ってたのさ、いや、全く面目ない、今日は君に助けられたよ…、」
――広社長と同い年の内藤は、喜和子夫人と連れ添い もう20年以上になり、近々銀婚式を迎えると聞く。
その間、負担の大きい不妊治療にも臨んだが、そうまでして2人が望んだ新しい命は、遂に授かることが叶わなかったのだ。
そんな中、親友の息子にして、行儀よく、優し気な あの少年が、1人置き去りにされたとなれば、浮足立つのも無理はない――。
常ならば、社外との交渉事を 最も丸く収める力量を秘める常務・内藤が、今日のところは口数少なく拱手傍観の体であったことに、野木は どうやら得心がいった。
切実過ぎる願いが、普段は饒舌な人間を黙らせてしまうこともあるのだ。
100円単位の領収書1枚も疎かにはしない、経理の鬼として君臨する少々面倒な御仁ではあるが、この内藤常務の こうした1面には、憎みきれない、愛すべき人間味を感じる野木である。
「――アキラくんを引き取るにしても、流石に広が姿を消したばかりの昨日や今日で、そんな話を持ち出す訳にもいかないし、…それでも仙台に連れて行かれることになっては、そういう話も難しくなるから、…いや、本当に、引き留めてもらえて良かった…。
今日の君の働きには、感謝する、この通り――、」
内藤から初めて向けられた最敬礼に、野木は恐縮して頭を下げた。
「――頭を上げてください、内藤さん。結局のところ、アキラくんを引き留めたのは私ではなく、やっぱりトキオの存在なんだと思いますよ、」
――そうなのだ。そもそも春まで『仮ボディ』を作り終えたとして、そこでサヨナラでは 少し無責任に過ぎると、アキラくんも考えるところが有った筈――。
省みるほど、アキラに対する熱烈な慰留が猛烈に恥ずかしくなってしまった野木は、自分の中でも そういうことに、今回の件を結論づける。
頭を上げた内藤は、いつもの飄々とした表情に戻りかけていた。
「―え? その…トキオくん――?
…いったい どういう子なんだい――?」
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の1PVを頂戴できますこと、たいへん光栄に思います。
お父さんは姿を消してしまいましたが、アキラくんは、結構 周りの大人の皆さんには恵まれていると思います。約1名、道ならぬ恋に身を焦がす、哀れな男もおりますけども。
引き続き、次回も お楽しみいただけましたら幸いです。




