情実と穴埋めの人事・9
社長・広の思いについて、豊とは真逆の見解を示した野木だが、彼の意見を要約すれば、そこにはアキラへの『行かないでほしい』という願いが溢れる。
これを聞いていたアキラの瞳は、野木が語りを終える前から早くも潤んでいたが、今 その目をしばたたかせれば、長い睫毛は微細な涙を絡め、一際艶めいて光を弾く。
微かな溜め息をついて俯いたアキラは、目を閉じて、言った。
「――僕は――、」
思い切ったように顔を上げると、アキラは隣に座る豊を見据え、決然と告げた。
「――豊おじさん ごめんなさい――。
僕は やっぱり、仙台には行かないです――、」
「――アキラ……、」
驚いたように豊は彼の名を呼んだが、既に察しはついていた風の眼差しではあった。
「――気休めの…、冗談だったのかもしれないけど、父さんは いつも 僕に、『立派な跡取りに育ってる』…って、言ってくれてたんだ、だから 僕は――、
…父さんの留守は、僕が守りたいです――!
…おじさんが、僕を心配して来てくれたことには 本当に感謝します。
でも どうか…、この社長代行就任の件、お願いですから認めてください――!」
「――あれだけ言っても未だ分からないか? 並大抵のことでは無いんだぞ――?
こんな危ないところに お前1人、置いて行ける訳がないだろう――?
仕事と家事と勉強と、子どものくせに、お前1人で やっていけると思うのか――?」
「――父さんは 今、もっと大変な目に遭ってるかもしれないのに、全部 放り出して僕だけ逃げろって言うの―? 逃げたって、僕にも追手がついたら どうするの――?
僕は おじさん達まで巻き込みたくはないし、こうなった以上、
一番 肚を括るべきなのは僕なんだ……!
僕は ここに残ります――、誰が何と言おうと……!
おじさんだって、僕の好きなように、自由にして良いって言ったでしょう――?」
「――お前には、好きなモノ作りでもして、平和に安全に のんびり過ごしてほしいって気持ちで言ったんだ! 仕事に就いて、社長ともなれば、自由に好きなことばかりする訳にもいかないんだぞ?」
「――そこは厳密には違うんだよ、おじさん。
僕は ただ、モノを作るのが好きなんじゃなくて、
『いらない』っていわれたモノの中から、何かを甦らせるのが好きなんだ。
――だから、僕が 本当に やりたいことは、ここじゃなきゃ出来ないから…、
どうか 分かってください、おじさん――…!」
そう言ってアキラは、豊に向かい、心を込めて頭を下げた。
「…どうあっても、叔父さんの言うことは聞けないか……?」
「――ごめんなさい――…!」
「――1人東京に居て、怖くないのか――?」
「――平気だよ。僕だって春には高校生だもん。もう親元を離れても良い年頃だよね?」
腕組みをして、渋い顔をしていた豊は、やれやれというように、大きな溜め息をついた。
「――まったく、女の子みたいな可愛い顔してても、お前も やっぱり男の子なんだな…、
――もういい 分かった。好きなように、好きな事したらいい。俺も そう言ったしな。
――ただし、世間に出て、『仕事』を持つからには、お前も一人前の『大人』としての振る舞いってものを これからは考えて、していかなくてはダメだぞ?
――まず 今 ここで、何をすべきだ――?」
「――え…? 今…? ……?」
「――挨拶だろ!? ――これから ありったけ世話になる この人方に、失礼の無いよう頭を下げなきゃダメだ――!」
「――あっ、はい…!」
まごついている内に正解を言われたアキラは、慌てて立ち上がり、内藤と野木に深く頭を下げて言った。
「――社長代行就任の件、謹んで お引き受けします――!
これから ご指導のほど、どうか よろしく お願いいたします――!」
「――うん、まぁ、50点ってところかな、」
苦笑いしながら豊も席を立つと、真剣な顔で内藤と野木に向き合い、頭を下げた。
「――私からも、お願いしなくてはいけませんね、
いや、さんざん失礼申して、申し訳ありませんでした――。
まだ右も左も分からない又甥ですけども、どうか何卒、よろしくお願いします――、」
「――いえいえ、豊様の御心配は御尤もでございました。
私どもも心して、アキラくんを お預かりいたしますので、
こちらこそ、よろしく お願いいたします――。」
野木と内藤も立ち上がり、内藤が にこやかに答えて、一同 直立して頭を下げ合った。
かくして、長きに渡ったK.Kリングの会議室に於ける4人の話し合いは、目出度く野木が望んだ結論を得、その幕を閉じたのである。
ここまで お読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の貴重な1PVを頂戴出来ます事、いつも非常に嬉しく思っております。
豊氏の東北訛りのフリガナを振っていて、なんとなく、フランス語の趣きを感じるようになった筆者です。(※あくまで極個人的な感覚です)
引き続き、次回も お楽しみいただけましたら幸いです。




