情実と穴埋めの人事・8
「――お言葉を返すようではございますが――」
眼差しに力を籠め、野木は豊氏を見据えると、ゆっくりと、穏やかな口調で語り始めた。
「――豊様が、アキラくんへの指導に掛かる私どもの負担を気遣って、今回の件の撤回をお望みでいらっしゃるのであれば、そんな遠慮は無用に願います。
――アキラくんも――。
もし、豊様の御指摘を気になさって、一度決めた話を覆されようというのであれば、少し考えていただきたいです。」
名を呼ばれたアキラが顔を上げ、自分のほうを向くのを待って、野木は続けた。
「――人間 誰しも いずれは死にます。『必ず』です――。
それが何時訪れるか、分かる者も そうは居ないです。
――今こうして話している私でも、明日には交通事故に遭って、あの世に直行しているかもしれません。
――変わった形の心臓を抱えるアキラくんは、たしかに長くは生きられないのかもしれません。しかし、それが周りの迷惑になるからといって、自分が本当に望むことを深く考えもせず、誰かの言いなりになって、早々身を引いてしまうのは、有り体に申して、それは『逃げ』でしか ありません。」
「――でも、アキラが好きな機械いじりなら、何処に行っても出来るじゃないですか?
…別に、ここに拘らなくても…、」
「――『逃げてる』ように、野木さんには見える――ってことですか? 今の僕が?
…じゃあ野木さんには、僕が『本当に望むこと』が分かる…っていうことでしょうか?
『僕』ではない『野木さん』が、どうして――?」
アキラからの率直で真剣な切り返しに、野木は つい、うっとりしそうになる。
彼と こんな会話を交わすことになるとは―…交わせるものなら、彼の言葉1つでも、野木には至上の快楽である。そういう『恋』を、野木は今 している――。 目を細め、アキラの言葉を笑顔で受け止め、野木は続ける。
「――たしかに、アキラくんではない私に、それが分かる筈ありませんね、出過ぎたことを申したかもしれません。――ですが、『他者の目から見て分かること』が、時に真実である場合も まま有ります。この際 我が社の人間が、アキラくんを どう思っているか、もし社長代行に就任したなら、その受け止めは如何なものになるか、私の考えるところなどを お話ししてもよろしいでしょうか――?
願わくば、ここに残るか否か、それを聞いてから決めてもらえれば幸いです。」
「――…わかりました…、」
アキラが それを了承し、豊も渋々ながら頷いたので、野木は
「――ありがとうございます――、」
と一礼し、本題に入った。
「――まず我が社におけるアキラくんの知名度ですが、非常に高いです。
これは アキラくん自身がプラントに出入りしていた効力もありますが、なんと言っても第一には、社長の影響によるところが大きいです。
それだけ、社長が御自分の御子息を大切にし、仕事の傍ら その健やかな成長の為に心血注いでいることは、社員の中で知らぬ者は無いほどです。そして…、社長の人徳の為せる業といいましょうか、社長が社内のあらゆる者と語らってしまう折々の育児談を、不快に思う社員も、まず居ないのです。
おかげで アキラくんの個性的な人柄は よくよく知られていますが、病状の詳細に関しては一部の者が知るのみですので、ゆくゆくはアキラくんが、この会社を継ぐものと予期する社員も少なくはありません。
第2の中谷工場長なども、おそらく そういう お考えから、本来なら 安全管理上、即刻つまみ出したい小学生のアキラくんのプラント入場を、特別に お認めになっていたものと思われます。
――ですから もし、この後 会社も継がず、アキラくんが何処かに行ってしまったとなれば、恨み言の1つや2つは仰るでしょうね、中谷さんは。間違いなく――。」
思い当たるところが有るのだろう、アキラは恥ずかしそうに苦笑して、縮こまった。
「――豊様から、『現場に出れない者は示しがつかない』といった お話もありましたが、現在の我が社の社長に最も求められるのは、時に取引先との話し合いをまとめる交渉力であったりします。
意外に思われるかもしれませんが、我が社にあっても、頑健な肉体を持つ者ばかりが、崇敬と信任の対象となる訳ではないことを、お知り置きください。
結論を申せば、アキラくんが社長代行に就任しても、我が社の社員の受け止めは、概ね好意的なものになると、私は考えております。
世間には世襲の人事というだけで、拒絶反応を示す向きも少なくありませんが、我が社は その商売柄から、そうした風当りも少なく済むとも考えられます――。」
「――専務さんの言うことは、いちいち もっともらしいですが、果たして 万事 そんなに上手くいくものでしょうかね――? だいたい専務さんのように、口が達者なアキラではないですよ――?」
「――恐れ入ります。勿論、豊様の仰る通り、総て予想通り、上手くいくとも限らないでしょう。――そもそも社長が居なくなってしまわれたのです。この先 何が起こるのか、今は まだ、何も 分からない危険な状況です。…そこに アキラくんを繋ぎ止めるのは、たいへん心苦しいことも確かです。――ですが私は、今 この上、アキラくんを失うことは、我が社にとって大きな損失だと思うのです。」
「――この子が、ですか? まだ何も知らない中学生ですよ――?」
豊は呆気に取られ、素っ頓狂な声を上げる。
「――それでもアキラくんには、新しいモノを作り出す、非凡な才能が有ります――。
それこそ、肉体と頭脳を酷使する、我が社の現場業務を改善し得る、新しいシステムなどを作りだすことも、或いはアキラくんには可能ではないかと――。」
「――さすがに それは…、買い被り過ぎだよ、野木さん、」
堪らぬようにアキラが口を挟んだ。
「――そうでしょうか? では アキラくんは、これまで一度も我が社が置かれた現状を我が事として捉えたことは無いと――? 御父君が経営する この会社に、子供ながらに入り込んで、いずれ この先行きについて、思いを馳せたことなど、一度たりとも無かったと言えるのでしょうか――?」
「――それは――、」
豊の手前故か、答えに窮したアキラは口ごもる。
「――アキラくん。命の価値とは、その長短1つで測れるものでは ありません。
むしろ何を為したかにこそ、より重きは置かれるものです。
何を為すべきか分からないまま、消える命も数多有る中で、
やりたいこととの出会いは、既に大きな幸いなのです。
もしアキラくんが それをお持ちで、
それが もし、御父君の この会社を『守り継ぎたい』という思いなのであれば、
たとえ それが どんなに短い時間で終わることになろうとも、
それは とても尊いことです。
――今 何も知らないことなど、さしたる問題ではありません。
私どもで お教えすれば良いだけの話ですから――。
アキラくんを、一人前の社長として お仕立てする為に、惜しむべきものなど、
少なくとも私には、何一つ有りません――。
――身命賭して お守りし、ご指導奉る用意と覚悟が有ります。
―そして アキラくん、
…アキラくんの次期社長就任を、誰よりも切に願っていたのは、他でもない、
広社長であったと、私は拝察しておりましたが、アキラくんは どう思われますか――?」
そのプレゼンの終わりを、野木はアキラに向けた極上の微笑みで締め括った。
ここまで お読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の貴重な1PVが、私の元気の源です。
野木→白のファーストプロポーズ回(実質)という趣旨でお送りした今回、いかがでしたでしょうか?
依然『なろう』様先行状態が続いておりますが、一旦『カクヨム』様で追い越せそうではあります。
引き続き、次回も お楽しみいただけましたら幸いです。




