情実と穴埋めの人事・7
「…そう言ってもらえると、ありがたいです。何にしろ、アキラは まだ子どもですし、1人東京に置くのも心配ですから…、――広が居なくなったのが、『アレ』絡みのせいだったら、アキラだって、狙われないとも限りませんし、まず仙台に連れて行けば、そこは安心だと思ってるんです、」
豊氏の もっともらしい この言い分に、しかし野木は即刻 異議を申し立てた。
「――生意気を申すようですが、豊様の そのお考えは、少々安易に思えます。
仮にアキラくんを狙う何者かが居たとして、もし、アキラくんが、豊様の御家族以外、友人も知人も居ない仙台に住まいを移したと知ったなら、逆に これを またとない好機と捉えるのではないでしょうか――? 敵が何者かは分かりませんが、新しい環境に馴染もうとするアキラくんに狙いを定めて近づくことは、実に容易くなってしまう危険性は、場合によっては ここに居るより遥かに高くなるのだと、ご留意いただきたく存じます。
――15歳の お子様1人の暮らしを ご心配される お気持ちは重々お察しいたしますが、その15年をかけて、彼が作ってきた人間関係が、ここでは彼を守る目となり耳となり力に成り得ることを、豊様にも御理解願いたいところです――。」
「――そうなのか、アキラ…?」
野木の主張に圧倒されかかった豊は、すがるようにアキラに問うた。
「…そうだね、友達は そんなに多いほうじゃないけど、でも1人じゃないのは確かだよ――、ここを離れる…ってなったら、やっぱり ちょっとは寂しいかな、」
そう言って浮かべた照れ笑いにも、ほんの少し、寂しさの滲むアキラである。
「――左様でございますよね、…しかし豊様が御懸念されることも尤もです。私どもも、この事態を鑑みて、アキラくんの身辺警護については考えておりました。既に人員も手配しております。――5年前、介護離職した元専務なのですが、今は一段落したということで、色よい返事をもらえそうです。空手の有段者で、運転も達者な者ですので、アキラくん専属の運転手兼警護役という形での雇用を予定しております。今では独り身の身軽な方ですので、ご希望とあらば、仙台への赴任も可能かと存じます。
何れ 中学卒業の春までの間だけだとしても、豊様の御心配を少しでも減らせますよう、私どもは万全の体制でアキラくんを お守りいたす所存です。」
「――ありがとうございます、そこまで考えてくださっていたとは…、」
内藤の申し出に、さしもの豊も恐縮して頭を下げた。
「――元専務っていうことは、初瀬さん―? 戻って来てくれるの―?」
アキラは懐かしそうに瞳を輝かせて内藤に尋ねた。
「――そうですよ。よく憶えておいででしたね?」
「――僕を初めてパッカー車に乗せてくれた人だから、忘れられないです、」
笑顔で答えたアキラを、横合いから豊が小突く。
「――まったく お前は、小さい内から大人の仕事場に紛れ込んで、とんでもない子供だったってな、普段は おとなしいくせに、鉄クズだのが目に入ると見境無くなって危ないって、広が よくぼやいてたっけ…、」
豊のツッコミに、アキラは照れた笑いを返す。
「――いいか、アキラ、昨夜も話した通り、お前は社長の息子ってことで、会社の皆さんが特別扱いしてくれてただけなんだからな? まだ中学校も出てない子供が、社長の代わりなんて簡単に務まると思ってはダメだぞ――? …タダでさえ これまでも迷惑かけてたんだ、この上 身体も弱い お前が社長の真似事などして、皆さんを迷わせるのは良くないって分かるだろう? だから、叔父ちゃんと一緒に仙台に行こうな? まだ広が帰る望みもあるからには、今すぐとは言わないけども、春になったら仙台に来い、それが一番だ、」
「…うん、それは もう わかったから、おじさん…、」
些か高圧的な豊氏の説得に、アキラは力無く悲し気な微笑みを浮かべ、そう答えるのみであった。
――その様を見、いたたまれなくなったのは、野木だけではなかったらしい。
「――豊様は そう仰いますが、なかなか どうして、アキラくんは期待の持てるお子様でいらっしゃいますよ――? そうでなければ私どもも、そもそも社長の代役を頼もうなどと思いません。お聞きの通り、子供ながら、私どもの現場に入りこむことは過去多々ございましたが、その分 そこで身につけてくださったことも、最早少なくはありません。後は私どものほうで、社長として必要なことをご指導申し上げれば、アキラくんなら充分、その代役は務まる筈です、」
そう反論した内藤に対し、隣に座るアキラを見遣りながら、豊が重々しく言葉を紡ぐ。
「――…たしかに、頭は悪い子ではないですけども…、いかんせん、この子は心臓が弱いですからね、指導してもらったところで、一体どれくらい身体が持つか…、『寿命』と言ったほうが良いですかね? ――ほんとうに、たいへんなお仕事だと窺ってます、こちらは…。そんな中、この子を教えるのに貴重な時間を割いてもらっても、果たして この子はその皆様の労力に見合う働きを返せるかどうか…。おそらく現場には出れないくらい、ひ弱な この子では、社長として示しが付かないところもあるでしょうし、それだったら、もう この機会に、この子は この会社からは切り離してやったほうが、お互いの為だと私は思うんです。――アキラも そのほうが良いだろ? 後は お前の自由にして良いんだし、人生 好きなように楽しんだら良いんだ、
――ああ、その、警護を頼める方には、こちらから お金をお出しして構いませんし……、
――この会社を株式会社にして常務さんやら専務さんやらを置いたのも、そもそも この子が長生き出来なかった時の為だと聞いております。…広だって、最初からアキラを自分の跡取りに――とは 考えてなかったんじゃないですかね――?」
豊の言うことを、俯きがちに黙って聞いていたアキラが、テーブルの下、膝の上に載せた両手を、その時 強く握り締めたのが、斜向かいに座る野木には分かった。
――なるほど、この大叔父君は、そこまで事情を知っていて、この話にストップをかけ、今話したような理屈で以て、アキラくんをも従わせたのだ――。
身内として親身になればこそ、妥当であり当然の計らいと言えるのかもしれない――。
しかし この先、このアキラくんと共に暮らそうという この大叔父君は、そのアキラくんが最も傷付くことを こうして言い放って憚らないような御仁なのだ――。
――これを黙って見過ごすことなど、野木には出来る筈もなかった――
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の1PVに、いつも大きなお力添えを頂いております。
(ブクマや評価等を頂けましたら、なお奮起いたします。)
今回も、予約段階で『なろう』様先行公開の内容となっております。
引き続き、次回も お楽しみいただけましたら幸いです。




