情実と穴埋めの人事・5
「――だいたい あんだ方は、『あのごど』で何が有った時の為にアキラを――って お考えがもしぇねげど、こんな子供に それ押しつけて、恥ずかしいどは思わねすか――? そもそも広が居ねぐなったのだって、そのせいがもしぇねのに、この上アキラまで巻き込もうって魂胆すか――? 確かに『アレ』を引ぎ受げだのは、オラ家の親父だげっとも、いい加減、オラ家1軒に責任押しつけんのも何なもんだべね――? こんな童さ頼るより、あんだ方も大人だったら、この際 肚くぐって、我だで何とかしたら どうすか――?」
東京から仙台に移り住んで約40年、今では すっかり あちらの訛りに馴染んだ豊氏は、ギリギリ理解可能な匙加減の東北弁で 勢いよく攻め立てて来た。
(※訳:だいたい あなた方は『あのこと』で何か有った時の為にアキラを――とお考えかもしれませんが、こんな子供に それを押しつけて恥ずかしいとは思いませんか――? そもそも広が居なくなったことだって、そのせいかもしれないのに、この上アキラまで巻き込もうという魂胆ですか――? 確かに『アレ』を引き受けたのはウチの親父ですけど、いい加減、ウチ1軒に責任を押しつけるのも如何なものでしょう――? こんな子供に頼るより、この際肚を括って、自分達で何とかしたら どうなんですか――?)
(※以下、豊氏のセリフは標準語で表記し、東北弁でフリガナを付ける形でお送りする。)
初手から核心を突かれた内藤と野木は、互いの出方を窺うように、いっぺん顔を見合わせたが、まずは野木から言葉を返した。
「――豊様のご指摘、申し開きのしようもありません。仰る通りでございます。私どもは『アレ』を預かっている以上、その扱いを良く知る創業家の皆様の力が何としても必要なのです。お怒りは承知の上で申し上げますが、この際『アレ』について、豊様も 御存知のことがございましたら、是非ご教示願いたいほどですが、いかがでしょう?」
苛立つ豊に質問を返すという、大胆な所業に及んだ野木だが、内藤は神妙な面持ちで これを軽く窘め、片や豊氏は、どうやら 逆に これで 少し落ち着きを取り戻したようだった。
「…そう言われても…。自分は結構、早いうちから養子に出されると決まってたんで、『アレ』について余計なことは聞かされなかったです。――だいたい、株式会社になった時点で、『あのこと』について、ウチで知ってることは取締役とも全部共有したと兄から聞きましたが…、そうなんだろ? アキラ?」
豊に問われたアキラは、ほんの一瞬視線を泳がせたが、真っ直ぐに野木と内藤を見据えると、穏やかな口調で こう答えた。
「――確かに、取締役の お二人が、現に知っていること以外に、僕や父さんが特別に知っていることは有りません、『あのこと』については――。だから、そういう期待を持って、僕を社長代行に――っていう お話だったのであれば、そこは申し訳ありませんけど、お役に立てることは無いかなと…、」
恥じ入るように目を伏せて、アキラは頭を下げた。
「――そうなのですね、それは承知しました。ですが、アキラくんに社長の代役をお願いした理由は それだけでは ありません。――内藤常務は、広社長の御友人として、今後のアキラくんの生活を成り立たせる為にも、社長としての報酬をアキラくんに受け取ってほしいと考えたのです。私も これに賛同いたしました。
――現主治医先生の経過観察と、これまで通りの学校生活を続けてもらう為に――勿論、学業を優先していただく為、社長としての業務量は我々で調整するとして、広社長の お戻りを待つ間、環境変化を最少に抑えられる方策として、それが良いのではないかと 御提案したことでもあるのですが…、」
「――そうだったんですね…、…ありがとうございます、野木さん、内藤さん…、」
内藤と野木の心遣いに触れ、アキラは少し嬉しそうに和らいだ笑顔を見せた。
「――それは 有難いことですが…、そうしたことは、我々親族が担うべきところであると私は考えます。――正直、広が戻るか どうか、アキラに聞いた話じゃ怪しい雲行きですから、…今日も、学校に伺って、先生とも話して来ましたが、このまま広が帰って来ないような時は、仙台にアキラを連れて行くつもりで私は来たんですよ――、春には中学卒業ですし、せめて それまでは、こっちで広が帰るか待つとしても、高校受験の出願時期まで帰る気配の無い時は、アキラには仙台の高校を選んでもらって、高校にはウチから通わせるつもりでいました――。
…そりゃ こちらの主治医先生は優秀なんでしょうけど、仙台にも それなりの名医は居ますからね、それに…アキラも知ってるだろ? ウチは娘の真央が一昨年結婚して家を出たものですから、ちょうど部屋は1つ空いたところなんです。」
「――そうでしたか、それは おめでとうございました、…お父さんとしては、少し寂しいところでしょうね…? …確かにアキラくんも、たった1人、東京の家で暮らすよりは、少しでも血縁のある豊様の家で、『家族』の居る暮らしをされたほうが、幸せかもしれませんね……、」
早くも 豊氏の言い分に同調するような内藤の一言に、野木は思わず彼の表情を横合いから窺い見たが、常には飄々とした常務・内藤が、今日は何やら弱気な気配が見てとれるほど、力の無い愛想笑いを浮かべている。
一瞬呆れて開いた口を引き結んで、野木は会議室の白い天井に視線を移す。
思えば昨日、ここで最初の話し合いをした時から、内藤は一貫して『アキラくんの今後の幸せ』を最優先にしているのだから、彼の社長代行就任の件に関しては、最早 諦めかけていると見て良いのかもしれない。
――それは実のところ、野木も そうであった。
『アレ』について、アキラくんが自分達以上の知見を持たないとなれば、業務の肩代わりをしてまで彼を社長に据えるメリットは、正直なところ何ら無い。
最初 豊氏に言われたことで、少々癪に障った部分も野木にはあった。
――おそらく内藤もそうであろう――。
そして また、――今すぐでなく、来春から――という豊氏の提案も、絶妙なのである。
春までの時間があれば、アキラくんなら おそらくトキオの『仮ボディ』を難なく作り上げる筈――そうなれば、彼を引き留めるのに最も有効と思われた切り札も、敢え無く失われてしまうのだ。
――敗色は濃厚かもしれない。
――彼は遠くへ連れて行かれるかもしれない――。
ここまで お読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の1PVに、今日も力を頂いております。
予約投稿している現時点で、今回も『なろう』様先行の内容となっております。
豊氏の東北弁については、私も方言を愛する東北人の端くれとして訳させていただいておりますが、異論、お叱り等ございましたら、謹んでお受けいたします。(色々な方がいらっしゃいますが、平均して今どきの仙台の人は、ここまで訛っていないです。)
引き続き、次回も お楽しみいただけますよう、頑張ります。




