顔認証を突破せよ·1
それからのアキラは周知の通り、不在となった父たる社長の空席を埋めるべく、学業の傍ら その代役を担い、その一方で、『身体』を奪われたトキオの為、仮の『機体』を作り与え、共に その『身体』奪還を果たすべく、夜陰に紛れた裏稼業にも精を出すことになったのである。
それも偏に、トキオの身体を奪った『連中』が何者かを掴みさえすれば、同時に父の行方を知る手がかりも得られると、固く信じる故であった。
ひ弱な身体を抱えながらも、およそ3ヶ月をかけ、暗闇ならば 充分『ヒト』に見えるレベルのヒト型『マシン』を作り上げた、アキラの仕事ぶりは見事であったが、ここからは特に、前々話で物議を醸した、トキオの『素顔』と『マシン』の『顔面』製作をめぐる あれこれを お届けする。
◇ ◇ ◇
本来の『身体』の『奪還』という目的が はっきり存在した以上、後々『強奪』という非合法の手段にも及ばざるを得なくなることは、ある程度予見は出来たのだから、トキオの『顔』を本来の彼のそれに似せて作ることは、ゆくゆくは彼に不利益をもたらすという未来も容易に予測は出来た。
―にも関わらず、仮ボディ初号機の『顔面』は、本来のトキオの『素顔』に極力似せて作られたのである。
それが何故かと問われれば、標題の通り、トキオの『顔』として『認証』されることで、得られる利益があったからであり、かつ、どうあってもトキオの自己申告に不信を突きつけてくる、野木を黙らせる為もあった。
―『得られる利益』は、手にしてみれば ささやかなものではあったが、トキオにとり、失うに忍びないものであった。
それは彼が東京に出て来て身一つで働き、手に入れた、原付の免許証であり、ミニバイクであり、数十万の預金の通帳であった。
『奴ら』に攫われた時点で、自室の鍵も財布もスマホも総て奪われ、自力で動くことも ままならない『魂』1つになったトキオであり、その状況では 自宅に帰るのも非常な困難が見込まれたのだが、幸いなことに、彼の住まいは、宛ても無く東京に出て来た彼と姉を拾い、あれこれ親切に世話を焼いてくれた、老医師の営む診療所の一角にあった。
仮ボディが完成するまで、少し時間は開いてしまうことにはなるが、おそらく自分らを案じ、待っていてくれているであろう あの親切な老医師を、『トキオ』が訪ねてさえ行けば、きっと彼は合鍵で、トキオを部屋に通してくれる筈―と、トキオは語った。
―自分の思惑通りにコトが運び、あの診療所に残る、自分の荷物を手に出来たなら、まず 進学に備え蓄えていた通帳の預金を、この際 自分の『仮ボディ』作製の資金として提供するとトキオは約束し、ミニバイクは、今後 奪われた『身体』の探索に使用し、何より『免許証』の『写真』があれば、果たしてトキオの『素顔』について、自身の申告が真か否か、疑う野木の目で存分に吟味してもらうことも叶う―。
トキオの申し出と提案を、アキラは有難く受け入れ 賛同し、かくてアキラが初めて作る実物大ヒト型ロボット・トキオの仮ボディ初号機は、老医師からの『トキオ』認定を受ける為、極力 実物の『トキオ』に近付けるという設計方針に定まったのだった。
◇ ◇ ◇
まず真っ先に必要となる、トキオの肖像写真を『念写』で得るというファーストミッションの為、四郎丸家に招かれたトキオが、その『感念力』を増幅するのに使う『依代』として選んだのは、日当たりの良いリビングの片隅に鎮座する、『実物大お母さんロボット』であった。
―不審に思われた方も いらっしゃるかもしれないが、今回 実物大ヒト型ロボット作りに初めて挑戦すると語ったアキラの言葉に偽りは無く、これは『ロボット』と名は付くものの動力などは一切無く、大小のダンボール箱をガムテープで貼り合わせ、人体を模した角ばった塊の頭部に、引き伸ばした母の顔写真を貼った、アキラが5歳の時、母恋しさから一夜のうちに作り上げたモノである。
――見る人が見れば、潰して束ねて紙ゴミに出しても構わないと思われそうな代物である――。
当年15歳のアキラ自身、こんな拙い紙細工は そろそろ処分してほしいと、何度か願いもしたのだが、父・広は譲らず、この『お母さんロボット』を、あたかも最愛の妻を大切に遇するように、リビングの 一番 日当たりと眺めの良い窓辺の一角に、彼女が愛用したクッションを敷いて、座らせ続けているのである。
『依代』になりそうな『モノ』を探す中、このロボットを見つけたトキオは これを大層気に入り、「これにする!」とスマホからアキラに伝えるなり、元の光の玉の『魂』の姿を現し、その細工されたダンボール箱の中にスルスルと入って行った。
『お母さんロボット』の中に居る間は、スマホの中に居る時のように会話が出来ないという難点があったが、『感念力』の回復と増幅は頗る順調に進むらしく、2日と待たずトキオの『魂』は、アキラの家の中を自由に飛び回れるようになった。
言いたいことがある時は、素早くスマホに出入りして、アキラと会話出来るようになったトキオ(の『魂』)のおかげで、父の失踪により、一軒家に1人きりになったアキラだが、それほど寂しさを感じることもなく過ごせた。
1週間『力』を蓄えた後、トキオはアキラのスマホを使い、念写で以て自らの肖像写真の撮影を初めて成功させた。
『神』の『力』による念写だけあって、かなり明瞭に写し出されたトキオの肖像は、全身像ゆえ顔は小さいが、ピンチアウトして見れば、なるほど彼の言う通り、キ◯タクに似ているようにも見える。
その頃は既に父の代役となることも決まり、放課後、仕事のイロハを学ぶ為、第1プラントの内藤の元に通い出していたアキラは、偶々《たまたま》会った野木を捕まえ、争点となっている、トキオの『素顔』が映る その写真を、まずは一目、見てもらおうとしたのであるが―…
「―どうせトキオの『力』で 如何様にも操作できる『念写』の産物でしょう―? 見る価値があるとは思えません―。」
と、とりつく島もなかった。
「―いずれ進行中の作戦が成功すれば、トキオの免許証が手に入るのですよね? そこにこそ『真実』は有るのですから、私はソレが入手出来る時を待ちますよ。―その為にも、『作戦』が成功することを陰ながら祈っております―。」
にこやかな笑みを浮かべて そう告げた野木だが、あくまで信用に足る証拠を求める その徹底した姿勢に、アキラは思わず苦笑した。
「…とは申しましても、受験も控えていますし、社長の業務の引き継ぎもあるのですから、機械いじりは ほどほどになさって下さいね?
…本当に…、今はアキラくん自身が大変な時なのですから、あんな得体の知れない見ず知らずの『神』などに、力を貸し与えている場合ではないと思うのですが…、」
ゴミ収集の現業を担う社員達は、もう明日の勤務に備えて退社し、事務所内に残る人員も少なく、社内は静かになる刻限である。
そんな中、学校での授業を終えた上、更に仕事についての学びを得る為やって来る、健気なアキラなものだから、野木は つい、腹立たしげに正直な本音を零したのであるが、アキラは首を横に振って それを否定した。
「―それは違うと思うよ、野木さん。
―何もかも奪われたトキオが、他の誰でもない、僕の手に飛び込んで来たんだもの、きっと何かの縁なんだよ、これも。―だから、ここは何としても僕が助けてあげなきゃって思う。
…第一、僕は好きなことをするワケだから苦にもならないし、逆に このことで気も紛れるから、助かるところもあるんだよ…、」
屈託の無い微笑みを浮かべ そう告げたアキラを、野木は少し眩しそうに見つめ、溜め息混じりに呟く。
「―窮鳥懐に入るは、仁人の憫れむ所なり―ですか、
アキラくんは優しいですね。」
「―それって昔の言葉?
試験に出たりするかなぁ…?」
間近に迫る期末試験と、その後に控えた高校受験を前に、耳慣れない言葉との遭遇は、看過出来ない不安材料である。アキラは、少しばかり恥を忍んで、おずおずと そんな質問を口にした。
「―どうでしょう?
読んで字の如くの意味ですから、出ればサービス問題と思いますけどね―。」
そう言って、かつての受験強者である野木は、不敵な笑みを浮かべ、自分の上役となる少年に、その意味を親切に教えたのであった。
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