神を名乗るもの
内藤への報告を終え、一度運転席に乗り込もうとした野木だったが、懸念した通り、アキラの手にある光の玉は、その反射で以て良好な視界の確保を著しく阻害する。
今も眠る様子のアキラに遠慮し、彼を起こさぬまま後部座席に移動させようと助手席のドアを開けたところで、当のアキラは目を覚ました。
「―すみません、起こしてしまいましたね、…お休みのご様子でしたので、後部座席で横になってもらおうかと思ったのですが…、」
「―…え…? 僕 寝てた…? ―僕のほうこそ ごめんなさい―…! 野木さんのほうが運転で疲れてるのに…、――野木さんは大丈夫―? 少し寝て休んだら―?」
「――来る時 申した通りです。徹夜1晩くらい、どうということもありませんよ―。
――帰りましょう―。アキラくんは後ろで寝ていてくださって結構です。
――第2プラントに…とも伺いましたが、内藤さんと相談した結果、一旦アキラくんの家に帰るということになりました。
――もしかすると、社長が お戻りになっているかもしれませんので―、」
「―そう…だね…。――わかりました。―よろしくお願いします―。」
それが望み薄――と思っているのは、アキラも同様のようである。
けれど寝起きながら、アキラは丁寧に頭を下げた。
「…それで…、すみませんが、後ろの座席への ご移動を、お願いしても良いでしょうか、」
「―え? 僕 寝ないよ。野木さんが運転するっていうのに、寝てなんていられないもの…、」
「…それは ともかく、この状況で、アキラくんに助手席に居られると…、」
野木が言いかけた言葉の続きを予想し、早合点したアキラが恥じ入るように語る。
「―そっか、ごめんね、そうだよね、せっかくの新車なのに、助手席に僕なんか乗せたって、ちっとも嬉しくないもんね? 帰りはナビする必要も無いし、気づかなくて ごめんなさい、…―もう『彼女さん』とか、乗せたの?」
アキラとしては 気を利かせたつもりの問いかけだったが、これに野木は表情を無にして答えた。
「―アキラくん。そういう質問は、ハラスメントとされるのが今の世の風潮です。控えたほうが良いかと―。」
その問いに、さしたる悪意も無いことは、野木にも分かっている。正直に『いいえ』と答えることも、彼には容易かったが、アキラの今後の為にもと、野木は この機会に そんな教示を彼に与えた。
「―そっか、そういうものなんだね、ごめんなさい。これから気をつけます。教えてくれて ありがとう、」
「―申し訳ありません。私も言い方が悪かったです。その光の玉を持たれていると、フロントガラスに反射して、運転に支障を来すのです。ですので、ご移動をお願いします。」
「―あ…! ほんとだね、僕のほうこそ気づかなくて…、じゃあ 野木さんの真後ろの席が良いのかな…?」
「――ええ そのように―。
―ところで、ほんとうに お持ち帰りになるんですか? それ。
―連れて行っても良いものでしょうか…? 万一 この辺りの地縛霊的なものだとしたら…、」
正直なところ、その光の玉さえ無ければ、アキラには隣に座っていてほしい野木なのだ。しかし あくまで何食わぬ顔で、そんな最終確認をした野木だった。
「―あれ? 野木さん、聞こえてなかったの―? この子、自分は幽霊とかじゃないから、怖がらなくて良いって さっき…、――そっか、直接 触ってないと聞こえないんだね、…じゃあ どうしよ…、
―とりあえず、後ろ行くね、」
そんな野木の思いは露知らぬアキラである。
傍目には独り言のように見えるのだが、アキラは光る玉に向かって そのように話しかけ、そそくさと後部座席に乗り移った。
「―高速に乗ったらシートベルトをお願いします。――それと、途中インターで適宜休憩を取る予定ですが、トイレに行きたい時は遠慮なく仰ってください―、」
「―はぁい。まだ大丈夫だよ。」
「―では 出発しますね―、」
◆ ◆ ◆
そうして、細い山道を下り始めた野木だが、真後ろに座るアキラが、依然独り言なのか野木に語りかけているのか、はっきりしない調子で何やらブツブツ話しているのが、ハンドルを握りながらも気にかかる。
「―あの…、アキラくん、何か仰りたいことが おありでしたら、もう少し大きな声で話してもらえますでしょうか―…?」
「―え―? あ、ごめんね、野木さんに言ってた訳じゃないんだ、この子がさ、さっきから一生懸命話しかけてくるんだけど、イマイチ上手く聞き取れないっていうか、でもね、こうして直に触ってると、気持ちは伝わるんだよ、この子は困ってるってことが。だから、…どうしたら、野木さんにも聞かせられるかな、この子の声…、」
「――言葉を発している―ということですか、ソレが―…? 私には、ただ光っているだけのようにしか見えませんが…、」
「――そっか、光ってるってことは、何らかの電磁波なんだよね?
ちょっと、僕のスマホを『彼』の『力』で動かせないか、試してみようか―?
――ねぇ 君、この中に なんとか入れない―? 試しに 入ってみて―?」
そう言って、アキラは その光の玉の下に、自分のスマホを差し出したようだった。
ルームミラーに反射する光の眩しさから視線を逸らしながらも、後ろで今 何が起こっているのか、野木にも やはり気になるところである。
光の玉は、不思議なことに、どうもアキラに言われた通り、スルスルとスマホの中に入り込んで行った様子で、野木を悩ませた車内の反射光は、そこで すっかり解消された。
「―やぁ、どうやら入れたみたいだね、―じゃあ次は、このスマホの上のほうに進んでみて―? カメラのレンズがあるのは分かるね? その反対側に、たぶん同じ大きさの穴が並んでる場所があると思うんだけど、―そこがスピーカーユニットなんだ。電気の信号で振動させれば、音が出る仕組みになってる。君の『力』で、何とか それが出来ないかな?
―やってみて―?」
スマホに向かって、そんなことを言うアキラのことを、少し不可解に思いながらも、ルームミラー越しに盗み見ていた野木だが、ほどなくアキラのスマホから、ザザザザ…という雑音が鳴り始めた。
やがて それは、ラジオのチューニング音のような、ひしゃげた音のうねりとなり、次いでブーンと低く唸り出し、段々『あ』とか『う』とかいう、少年のものらしい幼さの残る声が、途切れ途切れにだが聞き取れるようになっていった。
――そして ついに――
「…ア、…ア、―あ、ただいまマイクのテスト中、ただいまマイクのテスト中―、
――すごい―! 声出た―!」
「―うん、上手だね、よく聞こえるよ。――良かった、これで野木さんにも分かるようにお話できるね―、」
いったい何が起こったのか、驚きを隠せない野木をヨソに、アキラと声の主の少年は至極嬉しそうにスマホを通して言葉を交わす。
「―じゃあ まず最初に聞くけど、君に名前ってあるの―?」
「―あるよ! こう見えて、僕は 歴とした現代に生きるニンゲンだもん。
今はね、『巫 刻生』っていう名前なんだ、」
「―『今は』…というのは、どういうことでしょうか―?」
他にも言いたいことは山々あるが、差し当たり、不審に思った点を問い質すべく、野木は素早く2人の会話に口を挟む。
「―あ、それはね~、もう何回目になるかなぁ、僕は生まれ変わりを繰り返してるヒトなんだよ、で、今の名前はカンナギトキオ。僕ね、そもそも神代の昔は『神』だったんだ!」
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の1PVが、物語を書き進める力となります。
引き続き、次回も お楽しみいただけましたら幸いです。




