残るもの
野木がスマホのカメラを使い、問題の指輪が残されていた現場のプレハブや周辺の状況を、隈無く写真に収めて記録する間、一旦帰ると決めたアキラは呑気なもので、そんな野木を手伝うでもなく、早々助手席に乗り込み、先程来、自分の手の上に留まったままの 謎の光の玉を、物珍しそうに一心に 見つめ続けて御満悦の様子だった。
やはり溺愛されて育った社長令息の 些か傲った振る舞いというべきか、それでも内気で繊細故に、他者を思いやる傾向の強いアキラにしては珍しい この行動は、逆に平静を装う為の、演技の一環かもしれないと野木は思い至る。
実際、あの指輪を見つけた時の勢いのままに、アキラに悲嘆に暮れられていては、野木としても扱いに惑うというもので、そうなると、全く得体の知れない光の玉ではあるが、あれに助けられている感のある この状況に、野木は1人苦笑する。
夜明け前の暗闇の中、その謎の光に照らされて、フロントガラス越しに見えるアキラの優し気な面差しは、慈悲深い菩薩のように神々しく美しかった。
納得いくまで現場の映像を記録し終えた野木は、敢えて そのアキラの表情を曇らせないよう、内藤への最後の報告を、先刻の藪の影で電話を通じて済ませる。
追跡空しく 社長・広の行方が遂に掴めなかったことに、内藤の声は落胆の色を隠せなかったが、それでも野木を労い、今日の野木の出社と、アキラの登校は見合わせて良いこと、その連絡は内藤が請け負うということと、安全運転を担保出来るペースで良いので、アキラと共に、まずは四郎丸家に帰ることを指示した。
社長が何者かに攫われた疑いが濃くなった以上、身代金の要求が無いとも限らないと、内藤は踏んだからだ。
――何より、指輪の件は さておき、社長・広が1人 帰宅している一縷の望みも、まだ消えた訳ではない―。
それをもっともな判断であると了承した野木は、なるべく早く帰るよう努めると内藤に告げ、電話を切った。
小さな溜め息が、野木の口をついて出る。
――まだ確定した訳ではないが、それでも もう、残る希望は 極僅かに思える―。
――大らかで朗らかな社長・四郎丸広の求心力が、失われて生じる あの会社への影響―。
今 まさに常務・内藤も、自分と同様、胸の内に渦巻く不安と戦っているだろうか―?
野木は そんなことを思いながら、スマホをポケットに仕舞う。
見上げた視線の先のアキラは、今は少し眠気が差したのか両目を閉じて、うたた寝でも始めそうな素振りである。その いとけない有り様に、野木の口元は思わず綻ぶ。
――この藪の影で、アキラが取り乱し、言いかけたことの意味を、野木は確かに知っていた。
内藤に勝るとも劣らぬ愛妻家だったと聞く広社長が、その妻の残した忘れ形見の息子を深く愛する道理は論を待たないが、運命は その2人の行く末にも また、早くから暗い影を落としている。
人と違う形状―いわゆる奇形を呈して生まれて来たアキラの心臓は、今なお先端医学の救いの手を寄せつけはしない―。
――彼の命は、そう長くは持たないのだ―。
それ故に、互いを唯一の家族として、深く注がれた父の愛が、その優しい思いと裏腹に、時に彼を深く傷つけ、苦しめることもあるのだろう――素知らぬふりはしたものの、先ほどの彼の感情の暴発は、おそらく そうした事情によるものと、野木は確かに知っていた。
けれども その事情を知った その日から、この野木もまた、深い憂いと悲しみに捉われているということを、アキラのほうは未だ何も 知る由も無かったのである。
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の日々の暮らしの中で、一時でも物語の中に入り込める時間を提供出来ておりますなら幸いです。
引き続き、次回も お楽しみ下さいませ。




