K.Kリング代表取締役社長の行方・2
野木の新車を走らせるには忍びない、車載カーナビにも表示されないような、かろうじて車が通る、舗装も怪しい細い山道を、GPSに導かれるまま走り続けること15分。
ついに その行く手、曲がりくねった道の先、生い茂る木々の枝葉の隙間から、1軒の四角い建物の影が見え隠れするようになった。
近づくにつれ、それは2階建のプレハブであることが分かったが、こちらから見える2階の窓に灯りは無い。GPSの矢印は、おそらく このプレハブの中を指しているのだが、ここまで指輪を嵌めた父を乗せて来たはずの車の姿は、平らに均された その敷地の何処にも無かった。野木はプレハブの手前の、視界を遮る木立の陰を選び、舗装のない路肩に車を停め、サイドブレーキを引いた。
山道に入ったところで、内藤への経過報告は1度済ませている。
「…車は一旦、ここに停めます。あるはずの車が無いのは気がかりですが、あの中に人がいないとも限りません。私が行って様子を窺うので、アキラくんは ここに―、」
「―ううん、僕が行く。様子を見るだけなら、背の高い野木さんより僕のほうが向いてるよ、」
「―アキラくん、さっきも言いましたよね、あなたを危ない目に遭わす訳には―…、」
「―そんなの、会社の為を思ったら、野木さんにこそ 危ない真似はさせられないよ―!」
言うが早いか、アキラはシートベルトを外し、野木のスマホをダッシュボードに放り出すと、代わりに自分のスマホを掴んで、素早く、音も立てずにドアを開け、細身の利を生かして木立との狭い隙間をすり抜け、プレハブ目指して小走りに駆け出した。
「―アキラくん―!? 待って下さい―!」
虚を突かれた野木は小声で叫び、慌てて車を飛び出して、急いでアキラの後を追った。
プレハブの建つ敷地の一歩手前、藪が成す障壁の陰に、野木はアキラを捕まえ、引き戻すことに成功した。
「――何を そんなに急ぐんですか? アキラくん…! 大人しく待っていてくだされば良いものを…!」
咎める意志を込めて、野木は心持ち強くアキラの腕を掴んで言った。
「―だって、僕のほうが適任だと思ったから…、」
「―私だって、身を屈めて近づくくらい出来ます…!
そんなに私が信用できませんか―?」
「―うん。出来ない。」
藪の高さに合わせ、現に身を屈めている野木から顔を背けてアキラは答えた。
「―アキラくん…?」
アキラの この一言に、野木は思わず後退るように背を伸ばしてしまった。
「―だって…、ずっと、白々しいんだもの、野木さんも 内藤さんも…!
――父さんが いなくなったら、僕なんか、いたって どうしようもないのに…!!」
俯いて、足元を見つめながら、激しく首を横に振り、アキラは嘆いた。
「―おっしゃる意味が解りません―…、」
「―ウソだよ、解るくせに―! 野木さんだって、本当は知ってることでしょう―?
僕は父さんより―、」
言いかけたアキラの口を、野木は掌で制した。
常に言葉で意志の疎通を図る、野木にしては珍しい直接的な所業に、アキラが驚いて顔を上げると、当の野木は、見るからに茫然とした表情で、2階建のプレハブを見つめている。
「―野木さん…?」
「…アキラくん…、ドアが 開いています…!」
言われてアキラも身を乗り出したところ、灯りの気配が総て消え、底知れぬ闇が その手を伸ばす、暗い室内へと誘うように、ドアは開け放たれていた。
――それを見た瞬間、アキラは再び野木を振り切って走り出した。
「―アキラくん―!? 待ってください―!!」
―警戒する必要など無かったのだ―。
野木の車で近づく間も、見えていた筈のヘッドライトへの反応も無く、現に使われた筈の車は その影も形も無い―。自分たちが追いついた時点で、ここに父を連れて来た連中は、おそらく もう いない―!
アキラは その確信を持ち、なにか、禍々しい魔物のように口を広げたドアの中に迷わず飛び込み、朧に差し込む月明かりを頼りに、建物奥へと突き進んだ。少し遅れて、野木も その後を追う。
たどり着いた窓のある大きな部屋は、月の光で仄明るく、そこに もう誰もいないことを無情に知らしめる。その床に 無造作に転がされた、小さな指輪の存在を、冷たく微かな反射光がアキラに教えた。
ゆっくりと、崩れ落ちるように へたりこみ、その指輪を握り締めた拳を床に叩きつけてアキラは叫んだ。
「―やられた―!
―これ以上…追えない―…!」
アキラの悲痛な叫びを耳にした野木が、その部屋に辿りついた時、アキラは力なく床の上に座り込み、ただ掌の上の指輪を 放心したように 潤んだ瞳で見つめるのみであった。
その指輪こそが、ここまで自分たちを導いた信号の発信源であることと同時に、逃した相手の手強さを 野木は無言のままに悟った。
目の前で打ちひしがれる少年に、かける言葉を探す野木の目に、アキラの手の上の指輪から はね返った強い光が飛び込んだ。
月の光と明らかに異なる、その光の来歴を不審に思い、その光源を探して視線を上げた先で、野木は自分が目にしたものに驚愕し、一瞬 言葉を失った。
「―アキラくん…!! …あれは、なんでしょうね―…!!?」
野木の呼びかけに悄然と顔を上げたアキラも、次の瞬間 驚きに目を見開く。
―そこに輝く光の玉があった―。
時間が時間だけに、これが いわゆる『人魂』なのかと最初思った野木だが、その玉は、これまで そうした映像で見知った、赤や青の燃える怨念の炎の玉とは違い、まるで太陽を思わせるような、白く輝く放射光の小さな塊であった。
部屋の奥から突如現れたように見受けられる その光の玉は、フワフワと宙を漂いながら、ゆっくりとアキラに近づいて来た。
―この光の玉が何者であるのか、2人にはワケが分からず、ただ黙って、その挙動を見守るのみであったが、ついにアキラの肩先に、その光の玉の外縁が触れるに至り、アキラは恐る恐る、自分から、掌を差し伸べてみた。すると その光の玉は、羽を休める小鳥のように、アキラの掌に乗り、そこに静かに留まったのだ。
―その時 アキラに、不思議な声が聞こえた。
「―…なきゃ……、」
「―アキラくん―…?」
固唾を呑んで、コトの成行きを見ていた野木が、我に返って、アキラの小さな呟きを聞き返す。
「―帰ろう、野木さん―! 一旦 僕の家に―…!
―ううん、第2プラントがいいかな、ともかく帰ろう、この子を連れて―!!」
「―え…? アキラくん―…!?」
突然のアキラの変心に 戸惑う野木に、アキラは言い切る。
「―この子は生きてる―!
助けてあげなきゃ―!」
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