K.Kリング代表取締役社長の行方・1
社用車の運転で鍛えられた野木には、追い越しも車線変更も お手のものだ。行き交う車も疎らな夜更けの関越道を、終始制限速度ギリギリのスピードで走り抜けて行く。
暗闇の中、等間隔で並ぶ道路照明灯が、瞬く間に近づき過ぎ去る、その速さは アキラが初めて体感するものだった。
「…確認したいのですが、社長は本社第1プラント勤務の日は電車通勤をなさっていて、自家用車は ご自宅に置かれたままなんですよね? それは つまり今も?」
「…そうだね、父さんの車はウチに有るよ、」
「…そうなると、ですよ? 今 私たちの前方にあるGPSの反応が、社長の居場所を示すものとして、同じ関越道を通過した以上、社長が『車』で移動していることは確実ですが…、…それがタクシーかレンタカーか、…或いは我々の知らない何者かの『車』かで、事情は大きく変わりますよね…、」
ハンドルを握る野木は、少し神妙な面持ちでアキラに問いかけた。
「…そう…だね、それは確かに…、」
「―タクシーかレンタカーなら、問題は無いです。少なくとも、そこには社長の意思が介在する余地があります…。―問題は、我々の知らない何者かの『車』であった場合です…。それも最悪、社長と電話で口論していた人物が、その何者かであった場合…。」
野木は少し険しい表情で前方を見据えたまま、一瞬 躊躇って言葉を継いだ。
「―迂闊でした。社長は ご自分の意思と無関係に、連れ回されている可能性を…つまり、最初に想定し得た、最も悪い事態を、私達は より強く覚悟しておくべきだったかもしれません…、」
野木が そんなことを口にしたのは、少し前に関越道を降りたGPSの矢印が、明らかに市街地と離れた、建物も疎らの山間への道を、進み始めた為だった。
「―やっぱり警察に―…!?」
「…いえ、まだ希望的観測を挟める余地はあります。しかし楽観も出来ません―。アキラくん、私のスマホで内藤常務にラインを送ってもらえますか?」
野木はそう言って、ロックを解除した自分のスマホをアキラに手渡し、
「今から私が言う通りに、ラインで送信する文面の入力を お願いします、」
と、アキラに頼んだ。
「内藤さんとのトーク画面、開きました、」
――他人の――それも常々憧れて止まない野木のスマホを委ねられたことに、内心とても緊張してしまったアキラは、断じて粗相の無いよう、言われた操作のみに徹する。
「ありがとうございます。では、いきますよ―。
『夜分に失礼します。アキラくんの尽力で、社長の持ち物から発信されるGPSの信号を捉えることが出来ました。現在、その信号を追って、関越道を北上中です。信号は、こちらの約50Km先を走行中。何らかの車両から発信されているものと思われます。その車両は、20分程前に関越道を降り、県道を移動している模様。おそらく榛名山周辺の、群馬山中に向かうものと推測されます。この深夜の移動が、社長の意志によるものか不明の為、追跡の結果、社長との接触に何らかの危険が見込まれる場合、アキラくんの身の安全を最優先に行動します。―以後、30分置きに経過を報告します。万一 続報が無い時は、警察への通報を願います―。』」
アキラの指がタッチパネルから離れたのを横目で確認し、野木は尋ねた。
「――入力出来ましたか―? すみません、少し早口だったかもしれませんが…、」
「――出来たけど、これじゃ…、」
言われた通り綴った文面の、父と自分の扱いに、少なからぬ不服があるアキラの指は、スマホの上で揺れている。
「―それで良いんです。送信してください―。」
「―でも―…!」
「――当の社長も私と同じ判断をする筈です―。送信してください―。」
一瞬 野木の鋭い眼差しに射抜かれて、アキラは言われるままに送信ボタンを押した。
少しの間、車内を無機質な走行音だけが満たしたが、ほどなく野木のスマホの着信音が鳴り響き、アキラが確認すると、それは内藤からの折り返しの電話によるものだった。
「――内藤さんから、電話です―、」
「――受けて下さい―、」
野木は真っ直ぐ前を向いたまま、アキラには目もくれず そう答えた。
アキラは通話ボタンを押す。
「―あ~~、内藤です。野木くんには、自宅待機とアキラくんの自宅送致を お願いしたはずですが、これは どうしたことですかねぇ…、」
剽軽者の側面が無ければ、その人望は半減するだろうと言われる内藤が、万年鬼経理の片鱗を覗かせるように、初手から野木の責を問う。
「――申し訳ありません。ですが常務―、」
「――野木さんを怒らないで、内藤さん―! 僕が無理にお願いしたから…!」
スマホに向かって頭を下げた野木の姿を見、アキラは慌ててフォローに回る。
「――アキラくん…、私は てっきり、アキラくんは もう家に帰って寝ているものとばかり思っていましたよ…?」
アキラに対する苦言も、内藤は忘れず付け加える。
「―ごめんなさい…。でも 僕、どうしても 父さんが心配で…、」
「―まったく…、広が帰ったら、きっちり叱ってもらいますからね―?」
「―はい…、」
その言葉とは裏腹に、アキラに対する内藤の口調は、あくまで優しく穏やかだった。
「―野木くん、自分で言ったことは守りなさいよ―?くれぐれも、早まった真似はしないように―。アキラくんの安全の確保を、最優先に願います―。」
「――承知しました―。夜分に すみません。――内藤さん、もう お休みになってましたか?」
少し硬かった表情を和らげ、内藤を気遣うように野木は尋ねた。
「―いいえ。あれから友達の友達まで巻き込んで、あちこち回ってるんですがねぇ、これといって、有力な情報も無いんですよ―。どうやら そのGPSの行きつく先が、最も確からしい社長の居場所と見て良いかもしれません。
――心してかかって下さい―。決して、無茶をしてはいけませんよ、」
「―かしこまりました。では、続報を お待ち願います―、」
野木は そう言って通話を切り上げると、車載ナビの時刻表示を確認し、
「―現在2時7分―。では、2時30分になったら、続報入力の準備を始めましょう。私のスマホは しばらくアキラくんが預かっていてください、」
と、アキラに願った。
「―はい…、」
アキラは俯いて返事をし、ぎこちなく そのスマホを その手に収めた。
「―内藤さんも仰っていたでしょう―? やはり優先されるのはアキラくんの安全です。」
ダメ押しのように放たれた野木の一言に、アキラは反駁する。
「―どうかしてるよね、2人とも…! 会社のことを思ったら、僕なんかより、父さんのほうが よほど大事なのに―…!」
「―どちらが大事とか、そういうことでは ありません―。
社長の安否が判らない以上、この上 アキラくんを危ない目に遭わせる訳にはいかないんです。―これは真っ当なリスク管理です―。」
「―じゃあ もし、父さんが、悪そうな人に捕まってるって分かったら、野木さんは どうするの―?」
「―もちろん警察に通報します―。
―アキラくん。少し落ち着いて下さい。私は何も、アキラくんを守る為には社長を見捨てる必要があるとか、そんな非道いことを言ってる訳ではありません。状況にもよりますが、事態の早期解決が見込めるなら、多少の実力行使も辞さない覚悟はありますよ、私には。
―ともかく社長が置かれている状況を確認しなければ、どう対応すべきか未だ解りませんが、社長を無事連れ戻したい気持ちは、アキラくん同様、当然 私にも有ります。
―でなければ、誰が好き好んで、こんな夜中に行先不明のドライブに出ると思いますか―?」
野木は苦笑いしながら、アキラに目配せした。
言われてアキラは改めて、今こうしてGPSの示す場所へ向かえているのも、野木の助力と その覚悟があってこそなのだと思い知らされた。
「―ごめんなさい…、僕、少し、思い違いをしたみたい…、」
アキラは きまり悪そうに、野木のスマホを両手で押し戴きながら、彼に詫びた。
「―わかってもらえて嬉しいです。
―ついでに もうひとつ―…はっきり申し上げておいてよろしいでしょうか?
―万一、事態が そういう不穏な方向に発展した場合、アキラくんに出来ることは唯一つ、足手まといにならないよう、身を潜めていることです。―それだけです―。」
「―はい…、」
少し調子づいたように畳み掛けた野木だが、間違いなく戦闘には向かないアキラである。これを言われては ぐうの音も出ず、素直に返事をするより他なかった。
「―このGPSを仕込んでくれたことが、何よりのアキラくんの功績です―。
―どうやら だいぶ山奥で止まったようですが―…、」
アキラの気持ちが沈まないよう、すかさずフォローを入れつつ、GPSの矢印が、あまり好ましくない場所に止まったことを、決然と伝えた野木だった。
「――父さん…、山登りにも温泉にも、あんまり興味は無いはずだけどな…、」
力無く呟いたアキラを乗せ、野木の運転する車はインターを降り、GPSの辿った県道を経て、月明かりの下、黒々とした山々が連なる夜の闇を、ヘッドライトで切り裂きながら進んで行った。
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の貴重な1PVに、いつも多大な お力添えを頂戴しております。
引き続き、次回も お楽しみいただけましたら幸いです。




