真夜中のドライブ
野木が運転する白のSUVに アキラが乗ったのは、この夜が初めてである。
「―立派な車だねぇ…、」
ほんのりとホワイトムスクが香る車内を見回しながら、アキラは助手席に乗り込む。
「―納車されて間もないですからね―。社長がボーナスを弾んで下さる おかげです―。シートベルトを お願いしますね、」
「―明日の仕事―…! どうしよう、やっぱり 僕…、」
「―心配いりません。最悪 私は寝ていても、工場長の3人が居れば、現場は問題なく回ります。明日の通常業務より、今は社長の行方を追うのが先です。これは、私の判断です。」
この期に及んで躊躇ったアキラを、野木は そんな風に言いくるめ、車を発進させた。
◇ ◇ ◇
野木が自ら語った通り、現在の彼は、廃棄物処理業を営む会社の現場業務からは、一線画したところにいる。
勤続4年目の昨年、26歳で専務に昇進した彼は、K.K.リングが初めて獲得した、新卒の東大出という、そもそも異色の人材であった。
元々 環境問題に深い関心があったという彼は、最初の会社訪問で、社長・広と見事に意気投合し、月並みなエリートコースを望まない、彼独特の価値観とも相俟って、流れるように採用は決まった。
まぐれで入学出来ても、卒業には苦労した、それなりの人間だと己を評する工学部卒の野木だが、材料科学や環境関連法規などの幅広い知識を持つ彼は、入社直後から社内各所で重宝され、特管産廃を扱う第3プラントに3年勤務の後、一時期社長付秘書を務め、その後専務に昇進となった。
若輩者の取締役の出現に、これを快く思わない一部社員も居るには居たが、そこに至るまで、彼の才覚に助けられた大多数の社員が、その小数の批判的意見を やんわりと封じてくれた。
何より彼を 些か性急に専務の座に就かせたのは、社長の一存であった。
それは社長・広が予てより温めていた、より精度の高い分別とリサイクルを可能とする、念願の第4プラント建設計画を進める為であり、期待の彼が、自由闊達に仕事をするのに必要な裁量と権限を与え、思う存分その実力を発揮してもらう為の英断だったのである。
現在 野木は、その社長の期待と信頼に応え、プラント巡視の傍ら、基本計画の策定や、建設候補地の選定に勤しむ日々である。なので、自分が寝ていても現場は回ると語った彼の言葉は、事実、ほんとうのことなのだ。
◇ ◇ ◇
車載カーナビの近くに自分のスマホを置き、GPSの矢印を追う為、助手席でナビ役を買って出たアキラは、その合間、今宵 野木宅を訪ねるまでの経緯を 場つなぎの為に話していたのだが、最後は どうにも、自分の薄のろ加減にいたたまれなくなってしまった。
「―ほんとに ごめんなさい―…。僕が あの時 すぐ警察に戻って言うか、内藤さんに頼むかすれば、野木さんに こんな面倒かけずに済んだのに…、ほんと 僕、上手く立ち回れなくて、自分でも嫌になるっていうか…、」
しょんぼりと肩を落とし、溜め息交じりにアキラは詫びる。
「―そうでしょうか―? 結果として、その判断は正しかったと思います、私は―。まず内藤さんは、この時間にも 彼の心当たりの場所を回れる訳ですし、―そういう、些か不親切な警官が窓口に居たのでは、逆にGPSが準備されていたことについて、余計な詮索や邪推を招きかねません。
―黙って私のところに来てくれて、良かったです。」
ハンドルを握る野木は、一瞬 隣のアキラと視線を交え、軽く微笑んで そう言った。
「―でも、眠くないの? 野木さん 今日も仕事だったんでしょ? …あ、もう昨日か…、」
「―舐めてもらっては困ります。今時分、まだ宵の口ですよ、私には―。
―何なら三徹だって、まだまだイケる年齢です―、」
「―意外と夜更かしなんだねぇ、野木さん、」
気を遣わせない為の、野木の強がりなのかもしれないが、そこまで頑健そうには見えない野木の、頼もしい申告に、アキラは新鮮な感動を覚える。
「―人のことが言えるんですか? アキラくん、」
一度エンジンが かかれば、大好きな機械いじりの為、たとえ翌日に大事な試験が控えていようが、日付け跨ぎの夜更かしなど平気でしてしまうアキラである。今や それは、K.K.リングの誰もが知るところであった。
「―そうだね、あんまり言えないや…、」
―ここで2人は、今宵 はじめて同時に笑った―。
常々敬語か丁寧語を口に結わえ付け、整った顔立ちで、あまり感情を表に出さず、表情の変化に乏しい野木は、さもすると冷たく固いロボットのような人間に思われがちである。
けれど アキラの知る限り、彼は情に厚く、優しい心の持ち主で、現に こうして深夜の突然の願い事にも、嫌な顔ひとつせず応じてくれる。ひとたび笑えば、その笑顔には、年相応の若さも覗く好青年である。
―もっと笑えばいいのに―
野木に対して、アキラは思う。
とりあえず、今 こうして、車を走らせ行きつく先に、無事 父の姿を見つけ、3人一緒に笑えることを、アキラは1人、心の底から強く願った。
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の貴重な1PVを賜れます事に、深く感謝申し上げます。
ところで、ルビを どの程度付けるべきか、実は常々悩む筆者なのでありますが、「一」に関して全く余計なお世話レベルで付けていることについては、「―(ダッシュ)」と混同されないようにという、老婆心からしていることでありまして、ご理解のほど、よろしく お願い申し上げる次第でございます。
引き続き、次回も お立ち寄り願えましたら幸いです。




