信号を追って
『行方不明者届』の手続きを完了させ、警察署から出たアキラと内藤夫妻は、これから どうするかを3人で話し合った。
内藤は、何か少しでも手がかりが掴めないか、新宿で飲食店を経営する、広と共通の友人を訪ねることを妻・喜和子に打診したが、この夜 運転手を務める喜和子は、もう夜も遅いので、まずアキラを家に帰すことを優先すべきと主張した。
2人の会話を聞きながら、スマホの時計を確認しようとしたアキラは、そこで思いがけず、さっきまで まるで頼りにならなかったGPSの矢印が、はっきりと北に向かって移動し始めていることに気がついた。
―これを 誰に伝えるべきか―?
―振り返って見た警察署の中には、先ほどのアゴ髭の警官が、スマホ片手に未だ窓口周辺をウロウロしている。
一方、内藤夫妻は、尾口夫人の証言を頼りに、新宿方面に向かう方針で、概ね相談は まとまりつつあるようだった。
―今の今まで まともに働かなかったGPSの反応が、正確であるとも限らない。
アキラはそう判断し、一計を案じて、夫妻には彼らが決めた通り、新宿方面での情報集めを願い、自分のことは、そこに向かう道すがら、野木のマンション付近で降ろしてほしいと願った。
「―野木くんの―? …たしかに、ちょうど ついでに降ろせる辺りに住んでるわね、野木くん。そうね、彼に家まで送ってもらえばいいわね―、」
喜和子も内藤も、アキラからの この提案に賛成し、一応 内藤のスマホから野木に事前に連絡を入れた。そして新宿に向かう道中の途中、車を停め、アキラに付添い車を降りた内藤は、野木のマンションの入口まで 並んで歩きながらアキラに言い聞かせた。
「―野木くんにも、凡そのことは話してあるからね、家まで送ってもらったら、後は ゆっくり休みなさい。私達も、新宿の友達に話を聞いたら、後は帰って寝るつもりさ。下手に心配し過ぎるのは、身体に良くないからね、大事なのは信じて待つことさ。なに大丈夫、あの広が、君を置いて どこかに行くなんて、絶対ありゃしないから…!」
泣きたくなるほど優しい笑顔で、内藤が語った言葉を、アキラは黙って頷きながら心に留めた。
◇ ◇ ◇
大学入学時から1人暮らしを続ける野木の住まいが、この近辺にあるとは聞いていたが、 実際に訪ねるのは初めてのアキラである。
部屋番号を間違えないよう、念入りに内藤に確認してきたが、日付も間もなく変わる時刻であり、チャイムを鳴らすのは やはり気が引ける。
いずれ緊張は伴うものの、内藤から教わったばかりの野木の電話番号を、その部屋の前で、早速 使ってみることをアキラは選んだ。
「―はい野木です―」
コール2回で彼は電話に出る。
「―こんばんは。…あの、四郎丸 白です―、夜分遅くに すみません、あの…、」
「―アキラくん、今 どちらに―?」
「―野木さんの、部屋の前です、」
「―今 行きます。少し お待ちください―、」
こういう時、どうしても、内気な性格が発動して、上手く言葉が出て来ないアキラに対し、野木は速やかに話を進める。
ドアの向こうから微かな足音が近づいて来て、ゆっくりと扉が開き、野木が姿を現した。
入浴後、間もないのか、仄かに石鹸の香りを漂わせ、軽く整えられた髪は、まだ少し湿り気を帯びているように見える。白のキーネックのTシャツと、濃いグレーのイージーパンツという、こざっぱりした部屋着を纏った野木は、スーツの時とは違った、新鮮な印象を与えてくる。
「―話は伺っています。―こちらから参上すべきところ申し訳ありません。第一報の時点で 内藤さんから、明日の業務に支障が出ないよう、自宅待機を仰せつかったもので…。
―それで? 社長の行方について、何か分かったことは―? 新宿方面に向かったらしいことは聞きましたが―、」
「―…まだ 何も…。今 警察で捜索願いを出してきて、…家には 父さんへのメモ書きを置いて来たけど、僕のスマホに何も来ないってことは、やっぱり まだ家にも帰って無いんだと思います…。」
「―…そうですか…。―案外、アキラくんが帰り着く頃には、社長も お戻りになっているかもしれませんよ? ―待ってくださいね、今 車の鍵を―…、」
アキラを安心させる為か、彼にしては珍しい笑顔で そう言い、鍵を取りに向かおうとした野木だったが、
「―ごめんなさい―! …あの、僕、ほんとは、…家じゃなくて、野木さんに連れて行ってほしいところがあって―…! …でも、そうだよね、明日の仕事のこと考えたら、こんな夜中に野木さん連れ回すわけには…、」
突然 アキラに こんなことを言われ、野木は戸惑いつつも、その真意を彼に尋ねた。
「―連れて行ってほしいところというのは、どこですか―?」
「―このGPSの反応を 追ってほしいんです―、」
言いながら、アキラは おずおずと野木の目の前に 自分のスマホを掲げて見せた。
「…このところ、父さんが、電話で誰かと口論してるのが気になって、知り合いからの お土産だって嘘ついて、GPS付きの指輪、渡しておいたんです…。警察に行くまでは西新宿辺りでフラフラして、さっぱりアテにならない感じだったのに、今になって動き出して…、警察にも、内藤さんにも、ちょっと、言いそびれちゃったから、野木さんならって思ったんだけど…、」
長い睫毛を伏せ、アキラが申し訳なさそうに話している間、画面の矢印の動向を黙って凝視していた野木は、
「―西新宿から…今…関越道に入ったようですね…行き先は群馬周辺…でしょうか…、」
早速 そんな分析をしてきた。
「―社長が電話で誰かと口論しているところは、ここ最近、私も お見かけしておりました。他にも数名、目撃者は居た筈です。ただ その電話の相手が誰かについては、私はじめ、知る者は無いと思われます。社長に訊いても、答えてはくれませんでしたので―。
―さすがアキラくん、手回しが良いですね、GPSとは―。」
野木は いかにも感心したように、アキラに微笑みかけた。
「―…もしかして、『あのコト』が関係してるんじゃないかと思って…。父さんが、聞かれても黙ってたってことは―、―だから僕―…、」
―『あのコト』というのは、『K.K.リング』が創業以来抱える、ある秘密の事柄である。
親子3代で事業を承継してきた四郎丸家と、株式会社に変更以降の取締三役のみが知る その秘密は、前年 専務に昇進を遂げた野木も また、知るところのものである。
「―…たしかに…。それは危惧されるところですね…。」
すがるような瞳でアキラに訴えられ、野木は腕組みをし、少しの間 考えこんだ。
「―現状 抱える案件と、私が存じ上げる社長の交友関係から申して、社長が業務上、或いは私用で こんな時間に群馬以北に向かう必要性も蓋然性も見当たりません。追う価値はあると思います。裏を返せば、目下 社長は全く我々の予測の及ばない場所への移動をなさっている訳ですから、時を置くほど追いつけなくなる恐れもあると思います。―もっとも、社長が他県にお住まいの方に、指輪を渡してしまった可能性も僅かながら有りますが…。
―アキラくんがお望みなら、車をお出しする用意はありますよ―、」
野木の申し出に、アキラは有難く頭を下げた。
「―こんな夜遅くに ごめんなさい―! すごく図々しいの、分かってます…!
…でも、うちには近くに頼れる親戚もいなくて…、―どうか、お願いしたいです―!!」
「―承知しました。
頼ってもらえて嬉しいです。
―2分で支度します。少し お待ち下さい。」
野木は そう言って、アキラをドアの内側に招き入れると、そこで待つよう促し、部屋の奥へと消えた。
部屋着の上にショールカラーのジャケットを羽織り、斜め掛けのボディバックを引っ提げて、野木がアキラの元に戻るまで、正味2分は かからなかった。
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