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X-it《エグジット》人をモノに変え、モノを人に変える、相反する力を巡る神々と人々の攻防  作者: 向愛 水哉
第2章 The Y-axis

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帰らぬ父

 アキラが二階堂華(にかいどうはな)の力を借り、父・(ひろし)に指輪を渡した日から、1週間と経たない内に、その夜は訪れた。


 毎晩、夕飯を どうするか、帰りが遅くなりそうな日は、電話なりメールなり、必ず早めの連絡をくれるマメな父が、この日は22時を過ぎても 何も寄越(よこ)さずにいた。


 既にアキラは19時にメールを、20時にはラインを送り、21時にはスマホの留守電にメッセージを入れたのだが、いずれにも返信は無く、既読も付かない。


 こういう時に備え、密かに仕込んだ指輪のGPSも、電波が届きにくい場所にいるのか、西新宿周辺にいるらしいのは分かるのだが、スマホに表示される位置情報は不安定で、正確な居場所を掴むまでには至れない。


 20時までには さすがに空腹に耐え兼ね、2人分のチキンライスを作ったアキラだったが、落ち着かない気持ちで時計を見ながら、その1人分を食べ終わるまで、ケチャップの味のご飯は すっかり冷めてしまっていた。


 食器を洗い、父の分のチキンライスをガラスの保存容器に入れて冷蔵庫に仕舞う。そうする間も、アキラは玄関に父の帰る気配を求めて待ったが、時計の針は刻一刻と、静かな夜更けへと向かうだけだった。


―2つの、相反(あいはん)する思いが、アキラの中で闘っていた―。


 1つは、いつも通り、いずれ父は帰って来るという楽観的な予想。

何と言っても、父は大の大人の男なのだ。何かの都合で帰宅が遅くなることも、何かに取り紛れて連絡を失念することも大いに有り得る。

 むしろ これまで欠かさず連絡をくれた父を思えば、たった一晩(ひとばん)の こんな数時間のことで、大げさに心配しては、逆に申し訳なかったくらいに、あと数分もすれば、父は いつもの笑顔で、きっと帰って来る―という、願いにも近い思い―。


 もう1つは、悪い予感―。

このところの、あの不穏な電話でのやりとりは、やはり何か良からぬことの前兆で、今宵とうとう、父は息子への連絡すら思うに任せないほど、急迫不正の窮地(きゅうち)(おちい)っているのではないか―? という、胸騒ぎである。



 時計の針が22時30分を回るに至り、遂にアキラは1人で思い悩むことを止め、他者の意見と助力を(あお)ぐべく行動を起こした。


―これ以上 夜が更けては、迷惑の度合いが増すだけだと判断したからである―。


 父が未だ帰らず、連絡もつかないことを、アキラが真っ先に電話で打ち明け、相談したのは、父の古くからの友人であり、父の会社で常務取締役を務める内藤富雄(ないとうとみお)であった。


 細身の長身で剽軽(ひょうきん)な内藤は、自他共に認める愛妻家である。惜しむらくは望んだ子宝に恵まれず、それ故か、夫婦揃って いつもアキラのことを気にかけてくれている。


 この夜 最初に電話を受けたのは妻・喜和子(きわこ)であったが、アキラの声色で即座にコトの深刻さを悟り、電話を夫に代わると、既に晩酌を済ませた夫に代わり、車を出す準備に向かってくれたらしい。


 そのおかげで、事情を知った内藤が、1人家に居るアキラを案じ、四郎丸家(しろうまるけ)に到着するまで30分とかからなかった。


 運転を妻・喜和子に任せた内藤は、その車中で主だった社員達に手配し、社長の行き先に心当たりがないか、電話やメールで情報を求めた。それが功を奏し、内藤は、ひとまず1つの手がかりを得て、四郎丸家のインターフォンのボタンを押すことが出来た。


 その情報は、パート事務員の尾口(おぐち)夫人から(もたら)された。

この日、本社オフィスを構える第1プラントで定時を迎え、帰宅の途についた社長の姿を、自分が利用する駅のホームで見かけたのだという。入社して3年目の尾口夫人にとって、その駅で社長を見かけるのは初めての珍しいことで、声をかけるか かけまいか迷いつつ、その動向を遠巻きに(しば)(うかが)い、社長が新宿行きの快速電車に乗るところまでは見届けたということだった。


―新宿行きの快速電車と、西新宿周辺のGPS反応―


 この符合する事実に、尾口夫人が見たのは間違いなく父であることを確信したアキラだったが、アキラが指輪のGPSについて白状するより先に 内藤夫人が、警察に届けるべきではないか―?と、夫・富雄とアキラに打診してきた。


 内藤は、これに少しの躊躇(ためら)いを見せた。

内藤の知る限り、この日の広に時間外の商談や接待の予定は無く、おそらく何かの私用で新宿に向かったとするなら、今の時点で慌てて警察沙汰にするのも如何(いかが)なものか? という思いがあったからだ。


 しかし、如何(いか)なる私用でも、この最愛の息子からの再三の連絡に、あの広社長が何の返信も寄越(よこ)さないのは可変(おか)しい―と、喜和子は鋭く指摘した。


 社長・広の子煩悩(こぼんのう)は、誰よりも理解している常務・内藤は、そこで ここ最近、広がスマホで誰かと口論する姿を何度か目にしていたことを思い出し、その場の2人に語った。


 何かトラブルでもあったのか、その場で尋ねたこともあったが、業務外のことだと言って、広はコトの仔細に関し、公私ともに親しい内藤であるのに、珍しく口を(つぐ)んだのだという。


 これにアキラも、最近 似たような場面に遭遇したことを内藤夫妻に打ち明け、そこに何らかの不穏な気配を互いに感じたアキラと内藤は、一転(いってん)、喜和子の勧めに従い、警察の助力を仰ぐことにした。


 こうして話している間も、頼みのGPSは、スマホの画面の中で、定まらない矢印を、西新宿周辺でフラフラ示すばかりである。アキラは1つ溜め息をついて、捜索願を出す為に必要なものを検索し、取り急ぎ父の写真や印鑑等を準備し、内藤夫妻とともに、最寄りの警察署へと向かった。


ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。

貴方様の1PVに、いつも大いに励まされております。

引き続き、次回も お楽しみいただけましたら幸いです。

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