指輪の御守り
―その翌日。再び四郎丸家のダイニングキッチン―。
この日は定時で帰宅した広を出迎えたのは、アキラと その幼なじみで同い年の二階堂華だった。
二階堂家は四郎丸家から直線距離にして800mほど離れた一軒家に居を構え、ご近所というには微妙な距離に住まう一家だが、亡きアキラの母と、華の母親とが親友同士だったこともあり、今も両家の親交は続いている。
特に保育園デビュー直後から、『すぐ泣くアキラ』として名を馳せてしまった息子・白を、陰になり日向になり、時に実力行使してまで守ってくれた この二階堂家の長女に対し、父・広には頭が上がらないところがある。
それを見越して この時アキラは、華に1つの頼み事をしていた―。
「―おじ様 おかえりなさい―、お待ちしてました―。
―早速ですけど、今日は お渡ししたいものがあるんです。
これ、ウチのサクラばぁばが、先週 北海道旅行に行って買って来た、全く ご当地感に欠ける指輪とキーホルダーなんですけど、四郎丸さん父子にイメージぴったりだから是非にってことで、預かって来たので受け取って下さい! アキラに指輪なんて百年早いですから、これは是非おじ様に―! ばぁばが言うには、幸運のお守りになるらしいですから、肌身離さず身につけてるのが良いらしいですよ―!」
ここまで一気に捲くし立て、華は六角穴付きボルトを模した指輪と、歯車型のキーホルダーを、両手に載せて広に差し出した。
「―ああっと、二階堂の おばあ様…? 北海道へ…? 旅行には良い季節だしねぇ…、お気遣いいただいて、ありがとうございます…って、華ちゃんから伝えてもらって良いかな?」
「―はい、もちろん! 伝えておきますね!」
華は満面の笑顔で請け負う。
「…指輪かぁ…、変わったデザインだねぇ…、…これだとアキラのほうが似合うんじゃないか…?」
互いに寡婦と寡ということを知っている熟女から、土産とはいえ指輪という、少々 意味ありげな装飾品を突如贈られた不自然に戸惑い、父・広は、息子・アキラに体よく助けを求めてみたが、
「―僕には大きすぎてダメだよ。それに僕、歯車デザインのほうが好きだし―、」
そう言って、アキラは早くも華の手の上から、キーホルダーのほうを受け取ってしまった。
――見れば確かに、息子の白魚の如く細い指には、止まりそうに無い大きさの輪である。それに、考えてみれば、機械いじりを こよなく愛する我が子・白の趣味を 良く理解する二階堂夫人ならではの選択で、一瞬 脳裏を過った懸念は的外れでしかなく、きっと深い意味は無いのだ―。
広は そう思い直し、試しに その指輪を嵌めてみると、それはアキラと似ていない、がっしりした体格の 彼の小指にピッタリだった。
「―素敵です、おじ様―! 指輪って、小指に嵌めれば運気が上がるっていうから、それでバッチリだと思います―! これで益々商売繁盛ですね―!!」
空になった掌で盛大な拍手をして、華は広を持ち上げた
「…ははっ、ありがとう、…指輪なんて、結婚指輪以来 したこと無いんだけどね…、」
照れた笑いを浮かべながら、広は ひとまずシンクに弁当箱を置きに向かった。
「―じゃあアキラ、約束通り、今日は『ド○ターストーン』の最新刊を貸してもらうわよ!
―じゃあ おじ様、ちょっと お2階に失礼しますね―!」
「―ああ、華ちゃん、コーヒーとココア、どっちが良い? 後で持っていくよ―?」
「―すぐ帰るので お構いなく~! 行くよ!アキラ!」
「―わかったから、そんな押さないでってば…!」
肩まで伸びたストレートの髪を靡かせて、華はアキラの背中を押し、2階への階段へと向かった。男の子である分か、今も昔も 身長はアキラの方が幾分 高いが、心臓に懸念を抱える息子と比べ、元気にたくましく育った華の後ろ姿は全く頼もしい。いつもながらの2人の仲の良さに目を細め、それを見送った広は、華の言葉に甘え、帰宅後の小休止とばかりに どっかりとダイニングチェアに腰を下ろした。
日々の疲れも 中々抜け難い年頃になった広である。
幸運のお守りならば、せめて自分だけでも健康でありたい、切なる願いを叶えてほしいものだと、小指に嵌めた指輪を改めて見たが、その視線の端で、テーブルの上に置かれた1枚のプリントの存在に広は気づいた。
◇ ◇ ◇
さて、少々強引にアキラを彼の部屋に押し込んだ華は、仕上げに彼を突き放すと、腕組みして彼を睨みつけ、階下の広には あくまで聞こえないよう、気を配った声量でアキラに迫った。
「―で? 訊かせてもらうわよ、その『事情』とやらを―!
アキラの分際で、私を使役したからには―!」
「―…華ちゃん いい加減、僕の『人権』を認めてくれないかな…?」
ベッドに座り込みながら、冗談めかして願ったアキラだが、華は断固 首を横に振る。
「―ダメね―。こんなワケ分かんないことで私の手を煩わせてる内は―…!
―まったく、ばぁばの名を騙らせて、私に あんな小芝居までさせて、一体どういうつもり―? あの指輪なに―? なんでアキラから直接渡してあげなかったの―?」
「―僕が作った指輪だよ―。あれにはGPSが仕込んである。」
「―GPS―…? おじ様に…? …なにか、心配なことでもあるの…?」
「―うん。…でも 父さんは、そのこと僕には隠したがってるみたいだから、正直にそう言って渡す訳にもいかなくてさ…、それに、僕から―って言ったら、たぶん父さんは すぐ何かの細工がされてないか、疑うと思う。…まぁ そこは僕の自業自得なんだけど…、ともかく、おかげで助かったよ、ありがと、華ちゃん、」
「―ちゃんと騙せたと思う―? …なんとなく、おじ様 私たちの猿芝居に気づいてたっぽくない―?」
「―それは僕も思ったけど…、でも 大丈夫だよ。父さん、華ちゃんの お願いなら、何はともあれ言う通りにするからね、受け取って、嵌めてくれた時点で成功と思う。」
「…まぁ たしかにぃ? 四郎丸家の人間にとって、私は女神サマのような存在だっていうのは知ってるけどぉ~?」
「…『女神』は ちょっと言い過ぎだけど…、まぁ ほんと、困った時には華ちゃんだよね…、頼りにしてるよ―、」
見る者を不思議と ときめかせてしまうアキラの微笑みに、女神認定を はぐらかされた華は、少し意地悪な気持ちになって、こんなことを囁いてみる。
「―う~ん。…でも ちょっと、気になるわよね、おじ様がアキラに隠したい事って何だろ…? ―もしかして、アキラに新しい お母さんが出来そう―みたいなことだったら、どうする―?」
「―そういうことなら 別に心配しないし―、むしろ、そうだったら良いな―ぐらいに思うよ、僕は。…父さん、母さんが死んでから ずっと、自分のことは後回しで、僕のこととか仕事にかかりっきりでさ、…父さんに もし そういう大切にしたい人が現れたっていうなら、僕は喜んで歓迎するよ―、」
「―ほぇ~~~!? オトナじゃ~~~ん!!」
意外なほど きっぱりと言い切ったアキラに、内心感心しながらも、あくまで軽いノリで囃し立てる華だった。
「―だって、父さんは ずっと僕のこと1番に思ってくれるから、僕だって 父さんを大切にしたいし、幸せになってほしいって思うのは、当たり前だろ―?」
「―…そうだね、ヒロシおじ様、真面目で良い人だから、ほんと幸せになってほしい人ではあるわ…!」
そこは華も素直に同意する。
「ほんと…、華ちゃんの言うような、おめでたい話だったら全然良いんだけどさ、…多分 なにか、仕事の関係で揉めてるんだと思う…、そういうの、今までも 色々あったけど、でも今回は 結構しつこく粘着されてるみたいで…。欲を言えば、盗聴器のほうが良かったんだけど、さすがに授業もあるからさ…、」
「ふ~~~ん…。…たしかに、色んな人 相手にする仕事だもんね、タイヘンだよね、おじ様。…まぁ、―アキラの取り越し苦労だった―、で済むことを願うよ。―また 何か あったら教えなさい、私に出来ることがあれば、力になるよ、」
「ありがと。なるべくなら これ以上、華ちゃんを煩わせずに済むことを 僕も願ってる。」
「―うん! …じゃあ、言った通り、ド○ストの最新刊、借りてくね~~! 返すのは何時でも良いよね―!?」
言うが早いか、華は早速、アキラの本棚から お目当ての漫画本を1冊抜き取った。
「―貸すけども…! 何か食べながら読むのは止めてよね、頼むから…!」
今日の頼み事の交換条件として約束したものの、あまり気の進まない貸し出しに、意を決し、ひと言注文を加えたアキラだが、
「え~~? なにソレ生意気な…! アキラのくせに、私に命令しようっての?」
案の定の返事が返って来て、アキラは肩を落としつつ溜め息をつく。
「―華ちゃん、そのジャイアン構文 そろそろ止めてよ…。借りた本を汚さず返すって、世間一般のエチケットだよ? だいたい チョコパイ食べながら読んだんだなぁ~とか、バレバレなのって華ちゃんもイヤじゃない―?」
「う~ん…―まぁ、私とアキラの仲だからヘーキ? じゃあねぇ~! また来る!」
「―ちょっと待ってよ、華ちゃん―!」
慌てて後を追い、自転車で来た華を見送りに出たアキラだった。
(※ちなみに華はセーラー服の下にジャージというイデタチである)
ニコニコ嬉しそうに去って行く華の笑顔を見ると、何やら全部許せてしまうアキラであり、実際 互いに色々甘え合える華との関係は、居心地良くもあるのだが、遠ざかっていく華の後ろ姿に、『すぐ泣くアキラ』の汚名を雪ぐ長い道程を重ね合わせて、アキラは苦笑いしながら手を振った。
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
名前で お察しの方も いらっしゃると思われますが、二階堂華嬢は、二階堂蘭ちゃんのお姉さんです。
本編で この関係が明かされるのは まだ先なので、この後書きをお読み下さる貴方様に、いち早いネタばらしを特別に。
引き続き、次回も お楽しみいただけましたら幸いです。




