父の秘め事
「……………――何度も同じことを言わせんで下さい―!! ―失礼する―!!」
つい今しがた眠りに就いたばかりのアキラ(※この時中学3年生)は、常に穏やかな父にしては珍しい、その声で目が覚めた。
―10月の半ば、時計の針は11時半―。
少し迷ったが、アキラは もぞもぞベッドから這い出し、靴下を履くと、パジャマの上にパーカーを羽織り、2階の自室を出て、階下のダイニングキッチンへと向かった。
「―おかえり、父さん。―遅くまで お疲れ様。―ごめんね、先に寝てて…、」
テーブルの上にスマホを投げ出し、まだ少し、苛立った様子でダイニングチェアに腰掛ける父を、アキラは静かに出迎えた。
「―ああ、悪い―! 起こしたか…? いいんだよ、寝てて。そうメールしただろ?」
アキラの声を聞くなり、父・広は、何事も無かったように上機嫌な笑顔で振り返る。
「―何か あった―? 父さんにしては珍しいよね、夜中に大声出すの―、」
笑顔で誤魔化したかったのかもしれない、父の思いを敢えて無視して、アキラは踏み込む。
「…ああ~~、やっぱ聞こえてたか…、悪いな…、どの辺から聞こえた…?」
「………―『何度も同じことを言わせんで下さい―』…辺りかな…?」
「―そうなんだよ、あちらさん、今夜は だいぶ酔いが回ったみたいでな、何遍も同じ話を繰り返すもんだから、もう、めんどくさくなって…、」
「…酔っ払いの相手ってタイヘンだよね…、もう遅いし、父さんも早く寝なよ?」
「…ああ いや、これから風呂に入ってからにするよ…、」
「―今から―? …大丈夫? 酔ってないの―?」
「―ああ、父さんは ノンアルで済ませてきたから大丈夫だよ、まだ日付も変わらんし、ひとっ風呂浴びるとするよ、」
「…そっか、じゃあ、今なら追い焚きのほうが早いと思う。」
「―ありがとう。アキラも早く寝なさい。明日も学校だろ?
―悪かったな、せっかく寝たとこ起こして……って、ホントに寝てたか? また機械いじりなんかして、夜更かししてたんじゃないのか~? おまえ~?」
―四郎丸白の母親・日菜子は、彼が3歳の冬に他界している。
代表取締役社長として会社を預かる父は、定時で帰宅出来ないことも多く、父の帰りを待つ間、白が幼い頃は家政婦を雇うなどした時期もあったが、彼が中学生になる頃には、むしろ自分のペースで家事を片付け、自由時間を誰にも邪魔されず好きな工作に充てたい彼の意向を汲み、父1人、子1人の暮らしになっている四郎丸家である―。
アキラに未だ反抗期らしきものの訪れも無く、また父・広は、時に親バカの誹りを免れないほど子煩悩であったので、2人は とても仲睦まじく、欠けた母親の存在を 互いに補い合うように、労わり合う日々を過ごしていた。
「―してないよ、今夜は。ちゃんと寝てた。」
「―そっか、そりゃ すまん。じゃあ 後は寝てくれ。
―引き続き、ちゃんと寝るんだぞ―?」
「―はぁい。おやすみなさい、」
「ああ、おやすみ、」
そうして笑顔で おやすみの挨拶を交わした2人だったが、階段を上り、自室に戻るなり、アキラは たった今 釘を刺されたばかりの『機械いじり』にこっそり着手し、少しばかりの夜更かしを決行したのであった。
それも 総ては父を案ずるが故で、先ほど父に上手く尋ねられなかった ひと言が、この後、長く解き明かせない謎として、彼を悩ますことになるとは、予感はあったにせよ、この時のアキラは未だ知る由もない―。
―実のところ、父が電話で誰かと口論する様子は、ここ最近、何度か目にしていた。
そして この時、眠りから覚める一歩手前で、アキラには、ぼんやりとだが聞こえていたのだ―。
―『何度も同じことを……―』の直前、いつになく、声を荒げて電話に向けられた父の怒声―
《―そんなことが、許される訳ないでしょう―!?》
夢うつつの中で朧げに響いた その ひと言に駆り立てられ、アキラは この夜 スタンドの灯りの下、息を潜めて、深夜の機械いじりに没頭した。
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