怪盗マシン・1
―では ここで、読者諸氏とともに、捜査三課が追う『怪盗マシン』事件の1つ、あのロボットアームが盗まれた件―【ケース8】―の、事件当夜を振り返ってみることにする―。
東京都内の或る食品工場で、餃子製造の1工程を担うロボットアームが盗まれた本案件であるが、犯人は6月末、工場が電気設備点検の為、全休となっていた日の夜、推定22時から23時の間に犯行に及んだものと推測される。
被害を受けたのは、ある外食チェーンの委託を受け、餃子製造の一部を請け負っていた、中規模の工場であった。テニスコート2面分ほどの敷地に、工場内外には8台の防犯カメラが設置され、それを監視する2名の警備員が警備員室に常駐、定期的な見回りも行われており、防犯対策に申し分は無かったといえる。
―その夜、その工場を囲む防音壁の傍らに、1台の自転車が停まった―。
この防音壁の良いところは、その名の通り、工場から出る機械の騒音や振動を著しく軽減させるところにあったが、目隠しも兼ねてしまうのが、1つ難点であったとも言える。
この時点で、警備員室の2名の警備員は、この自転車に乗って来た1人の少年に、全く気づくことが出来なかった。
年の頃は16、7、頭にヘルメットを被り、目には些か物物しいゴーグルをかけた細身の少年は、大きめのフードデリバリーのバッグを背負っている。その場で何かを確認するように徐にスマホを手にすると、彼は通信を開始した。
無論 防音壁は、その通信の音声も、工場内には聞こえ難くする役割を果たしている。
少年は、グループ内では『マシン』というコードネームを持ち、作戦行動中は『M1』と呼ばれたりもしている。
スマホを介し、彼と遠隔地から通信を交わすのは、『マスター』と『マネージャー』のコードネームで、彼に協力する2人である。
「―オッケー『マシン』―、定刻90秒前、スタート地点への到着を確認した。
これより『S1』によるセキュリティ解除を完了させる―
―70秒後、君は『S2』放出と動作確認後、速やかにルートAの周回に入られたし―
再合流は25分後―、いいね―?」
「―オッケー『マスター』、『S2』放出準備完了―いつでも どうぞ―!」
「―了解―。―『S1』の作業進捗は どうか―?」
「―『M2』から『M3』へ―。『S1』のミッション1は既に完了―。現在ミッション2に移行中―。ここまでは順調です―。」
―『M2』とは『マネージャー』、『M3』とは『マスター』の便宜的な略称である―。
つまり今、『マネージャー』から『マスター』へ、作業進捗の報告が行われたのだ。
そして彼らの言う『S1』こそが、あの八神警部補が防犯カメラの映像から見つけた、黒光りする何がしかの機械装置に他ならない―。
正式には『スカラベ』の名を持つ『S1』は、標的となる建物に いち早く侵入し、セキュリティ機器を無効化後、『S2』や『マシン』を招き入れる役目を負っている。
その仕組みはシークレットであるが、2つのカメラアイと6本の足を持ち、背には小型プロペラを内蔵し 空を飛ぶことも出来る、まさにカブトムシのような外観と大きさの『スカラベ』は、『M2』こと『マネージャー』が、主に その操作を担う。
先駆けること30分前、通気口から建物内への侵入を果たし、8台の防犯カメラを支配下に置く為の布石を着々と打った後、『マスター』の指示の下それを完了させ、今は『S2』を迎え入れる為に、工場入口のドアロックとセキュリティシステムの解除に向かうところである。
「―了解―。『S1』の作業進捗は順調―、30秒後、『S2』放出に変更なし―。
『M1』はハッチの開放願います―」
「―『M1』了解―。ハッチ開けます―、」
自転車に乗った少年はスマホに向かって そう言い、デリバリーバッグの肩紐に付いたスイッチを押した。するとデリバリーバッグの上部のフタが自動で左右にスライドして開き、その中に収まる円盤状のモノが、街灯の灯りを鈍く反射させ、赤黒いその姿を顕にした。
―これが彼らの言う『S2』―
正式な名を『スコーピオ』という『S2』は、8つのカメラアイと5本のアームを搭載し、空を飛び、地を駆ける、ドローンと掃除ロボットを合体させたようなマシンである。
「―『S2』放出までの秒読み開始―5秒前―、4、3、2、1、
『マシン』スタート! 『M1』は目視にて『S2』の動作確認願います―、」
『マスター』の遠隔操作により、少年の背負うデリバリーバッグから飛び出した『スコーピオ』は、真っ直ぐに上昇し、工場を囲む防音壁を越えると、旋回する黒い影となって、工場に向かい宙を進んで行く。
「―『M1』から『M3』へ―『S2』の動作は順調―、目標の視認はどうか―?」
8つのカメラアイを備える『スコーピオ』は、多角的かつ広範囲に視覚情報を渉猟するが、起動直後は その処理が安定しない。ノートパソコンで これを操作する『マスター』は、テンキーとマウスで これを制御し、目標となる工場への進路を捕捉する。
「―『M3』から『M1』『M2』へ―、目標捕捉、これより各自作戦行動に移れ―」
「―『M2』了解―ミッション2は既に完了―『S2』援護の為待機中です、どうぞ―」
「―『M1』了解―、オッケー『マスター』、これよりルートAの周回に入ります―、」
暗号だらけの通信のやりとりで 解りづらかったかもしれないが、この夜ロボットアームを盗み出した彼らの手口は、『マスター』と『マネージャー』が『スカラベ』と『スコーピオ』を駆使し、工場から標的のロボットアームを分解強奪後、『マシン』がそれを回収し、持ち帰る―というものであった。
つまり、ルートAの周回に向かった『マシン』は この時、単に『マスター』と『マネージャー』がロボットアームを分解し、持ち出す為に設定した作業時間・25分の暇を潰す為、事前に下調べした、防犯カメラの少ない近隣の住宅街の道を、フードデリバリーを装い、あくまで怪しまれないよう、自転車を走らせに行っただけなのである。
この作戦における『マシン』の役割については、『マネージャー』が、後にも先にも少なからぬ不満を漏らしていた。
―それは もっとも無理からぬことで、そもそも この『ロボットアーム』の―…いや、ここに至るまで既に7件犯した『盗み』の総てが、彼――『マシン』――の為に企てたことであり、『スカラベ』も『スコーピオ』も、その企ての為、少々虚弱な『マスター』が、寝る間も惜しんで作った『機械』だったのだから―
――では『マシン』は一体 何故、この『ロボットアーム』はじめ、それらの『モノ』を盗むまでして欲したのか―?
――答えは これまた不思議なことなのだが、まず この『ロボットアーム』は、失われた彼の、本当の左腕だったからであり、他の7つの『モノ』も また、何者かによって、彼から奪い去られてしまった、いずれかの彼の『身体』の1部だったからである―。
この夜 住宅街を自転車で疾走していた彼の身体は、彼本来の身体でもなければ、実のところ、人間の肉体ですらなかった―。
外観と動作は至って普通の少年のように見えるものの、この『マシン』と呼ばれる少年もまた、『マスター』の手により作られた、その名のとおりの『機械』だったのだ―。
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
今回は(ただでさえ固い文体で お届けしている本作ですが)、暗号飛び交う、これまでで1番読みづらい回だったのではないかと危惧され、この後書きまでお読みくださっている貴方様には伏して御礼申し上げ奉る次第でございます。
次回は通常仕様に戻りますので、引き続き、お楽しみいただけましたら幸いです。




