情報提供
「―はい どうも~、お邪魔するよ―、」
軽い挨拶と共に引き戸を開けて入って来たのは、中肉中背で年齢は四十前後、少々クセのありそうな性格が窺える、眉毛の薄い男だった。
「―いらっしゃいませ―!」
初めての来客を、少し緊張気味に迎えた陸だったが、
「―あ~、はいはい、失礼、私は客ではなくてだねぇ…、」
言いながら、男がスーツの胸ポケットから出したのは、会員カードなどでなく、警察手帳だった。
彼は【逸木 宏明】という名の刑事らしい。
「―ご苦労様です―。今日は どういった ご用件でしょうか―?」
警察と質屋とは、そもそも緊密な連携を保っていると聞く。しかし、『質屋神』を撃退した昨日の今日での来店に、さすがの七歩も その訪問の意図が掴めず、戸惑っているように見える。ここは陸が、大人としての対応を見せた。
しかし逸木は、その陸の質問は無視し、七歩に向かって微笑みかけた。
「―お嬢ちゃん、お手伝いかい? 偉いねぇ…、」
「―あ、ありがとうございます…、」
七歩は少し困惑しながらも、愛想笑いを浮かべて礼を述べた。
「―いや、何ね、ウチの上司が―、俺は必要ないって思うんだけど、この盗品の写真を大至急配れって言うもんだから、この暑い中、おじさんは あちこち歩き回ってる訳さ―。」
言いながら、逸木刑事は書類ケースの中から、A4用紙に印刷された白黒写真を1枚、陸に手渡した。
「―これは…、ロボットアーム…ですか…?」
「―そうなんだよ、犯人が売り捌くにも、ここみたいな店はお門違いと私は思うんだがね、これも上司の命令で…。―なんでも? これなら美術的価値を見出す買い手が付く可能性もあるとか言ってねぇ…。まったく、何が悲しくて、このトシになって、一回りも年下の小娘にコキ使われなきゃならんのか…!」
どうやら現在の人事に非常に不満のあるらしい逸木刑事は、ポケットから出した扇子を広げ、汗の滲む額に風を送り始めた。
「―でも、なんとなく、解りますね…。ちょっとした、現代アートのオブジェのように見えなくもないです…、」
これを聞いた逸木は、大いに不服そうな眼差しで陸を睨んだので、陸は慌てて話を変えた。
「―それで、このロボットアームは、何に使われていたものなんです―?」
「―食品工場で、餃子を作るのに使われてたそうだよ―。
―なんでも、ある外食チェーンの委託で製造していたそうなんだが、これが最近非常に美味いと評判になってたらしくてね―、それも数カ月前、この特製のアームに付け替えてから急に評価が上がったそうなんだ―。だもんで、このアームが盗まれたとなって、その餃子の冷凍品のストックには今、2倍ほどの高値が付いて、売り買いされてるって話も聞くねぇ…、」
「―じゃあ、その、餃子を作る同業他社の犯行っていう可能性もありますよね…、」
「―そうなんだよ―! 私も その線のほうが濃厚じゃないかと思うのさ―、いや、キミ、中々鋭いじゃないか…、」
実のところ、逸木の機嫌を直す為に、少し『狙った』陸の一言であったが、どうやら功を奏したようである。おそらく この逸木は、その年若い女上司の言うこと為すこと総てが気に喰わないのだ。その上司の予測と異なる意見を言えば、案の定、逸木は にこやかに頬を緩めた。
「―それで、犯人の目星は付いてる感じなんですか―?」
「…それが まったくなんだよ―。実は こうした窃盗は、このところ続いていてねぇ…、何かの工作機械だとか、このアームのような、諸々の産業機械の1部だとかが、立て続けに被害に遭っている―。その盗みの手口も全く不明―、何の為に盗むのかの動機も不明で、未解決のまま積み重なる案件が どんどん増えていてねぇ…、
3課の空気は悪くなる一方さ―! 私も 何度か その盗みの現場に赴きはしたがね、どうも…、『ヒト』の気配を感じないんだよ…。私の長年の経験から言って、『ヒト』が残す『気配』というものが、まるで感じられない…!
…実際、これまで2か所の現場から かろうじて検出された同一の『遺留品』が1つだけあるんだが、それは キミ、何だと思う…?」
停滞する捜査と合わない上司への鬱憤を込めて、吐き出していることかもしれないが、一般人の自分に、こんなに捜査情報を開示して良いものか、陸は戸惑いつつも
「―さて…、何でしょう―?」
と尋ね返してみた。
「―人工毛―」
「―人工毛…ですか…?」
陸は ここで少し、七歩と顔を見合わせた。
「―そうなんだよ、キミ! 我々は! 犯人が地毛なのか?、カツラなのか?、そこから見極めて謎を解かなきゃならんのさ―!」
熱弁を奮いながら逸木は、さすが刑事と思わせるような鋭い視線を、何故だか陸の頭髪に向けてきた。なんとなく気圧されてしまった陸は、自分の髪をいじりつつ、本来無用な申し開きをする。
「お、俺のは地毛ですよ、てゆうか、昔からスゴいクセ毛で、直毛の人って羨ましいな~って…、」
「―ふむ確かに、現場から出た人工毛は、直毛に近かったな…、」
そう言って逸木は、再び扇子で顔の周りを扇ぎ始めたが、よく見れば彼の生え際は中々の後退を始めており、少々寂しげな薄く細い頭髪が、扇子の風に靡く度、陸は他人事ながら少しハラハラしながら その動向を見守った。
「―あ、でも、同じ『人工毛』が出て来たってことは、犯人は同一人物ってことなんですかね―?」
今にも露わになりそうな、逸木の広い額を気にしながら、陸は訊いてみる。
「―どうかねぇ…? ウチの上司は早くも怪盗なんちゃら~とかいう名前を付けて息巻いちゃいるが、数ある案件の内の2件だ―。決めつけるのは時期尚早だと、私などは思うんだがねぇ…、」
ここまで言うと、逸木はパシン!と扇子を閉じて、改めて姿勢を正し、陸と七歩に向き直った。
「―じゃ! まぁ そういうことで! 何か あったら迅速な情報提供のほうを、よろしくお願いいたしますよ―!」
にこやかに一礼し、逸木は引き戸を開くと、外気の熱さに一瞬後退り、
「…しっかし『怪盗マシン』とはねぇ…、」
と、最後まで、聞こえるようにボヤきながら、『万城目屋』を後にした。
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
ン十年単位で構想を練ってきた本作にあって、逸木刑事は執筆中に思いついた、ぽっと出のキャラですが、結構気に入っています。
引き続き、明日も お楽しみいただけましたら幸いです。




