潜入・3
陸から預かった荷物を抱え、七歩が母屋に帰り着くと、待ち焦がれていたように、七生が彼女を玄関で出迎えた。
「―お帰り、七歩―、―どうだった―? お兄さんには会えたの―?」
「―もちろん―。今 早速、キリヤからの最終面接を受けてるところよ、」
「…―えぇ!? ―それって まさか、あの『蔵』の中ってこと―!?
―なんてことするんだよ―!? せっかく僕らの『力』になってくれそうな人、見つけたっていうのに―!!」
七歩の暴挙ともとれる采配に、彼女の『作戦』を皆までは知らなかった七生は猛然と抗議したが、時既に遅しであるし、何より七歩が、この『作戦』の成功を信じて疑わない揺るぎない自信を示し、落ち着くように、七生を宥めた。
「―大丈夫よ。あの お兄さんなら きっと あの『蔵』から無事 生きて戻るわ―。
その為の『必勝法』は教えてきたし、『ご神体』でも お兄さんに叶わないとなれば、キリヤにも もう打つ手は無いのよ―。これ以上の犠牲を増やさない為にも、ここで勝負に出るべきだと思ったの―、」
「…それは まぁ…、作戦としては良いとは思うけどさぁ…、」
それでも心配を拭えない表情で、七生は七歩の肩越しに、宵闇が迫るドアの外を見遣った。
―七歩が陸に授けた『必勝法』とは如何なるものか―?
人が行き交う夕暮れ時の街の中、知り合ったばかりの2人が並んで歩きながら、語り合ったのは こんなことである―。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「―あの『ご神体』が持つ魔法の『力』は、実のところ2つあるんです。
―1つは『生き物』を『モノ』に変える『力』―
そして もう1つは、
―『モノ』を『生き物』に変える『力』です―。
…確証は有りませんけど、キリヤやジロー様も、あの『ご神体』の『魔法』の力で、『ヒト』の姿になった『モノ』なんだと私は睨んでます。」
「―…つまり、正反対の『魔法』を使えるってこと―? その『ご神体』は…、」
「―そうです。これは実際(学校に行かずに昼の間も物陰からキリヤを見張って)両方の事例を目撃して分かったことなので、確かです。
…それで…、ここから先は、更に私が観察を続けた結果、おそらく こうじゃないか?と思う仮説なので、断言は出来ないんですけど、でも、これが正しければ、あなたは きっと、あの『ご神体』に勝てる筈です―…! …当たっていればの話ではあるんですけど…、」
「―その『仮説』っていうのは…?」
「あの蔵に連れ込まれた『ヒト』達は、靴を履いたまま入って行って、それでも出て来る時には『モノ』に変えられていました。
―それって つまり、『生き物』を『モノ』に変えるか、『モノ』を『生き物』に変えるか、どちらの『魔法』を出力するかの識別をする何がしかの装置は、おそらく『天井』の側にあるんじゃないか?ってことです―。」
「―なるほど、たしかに―。…そうかもしれないね…、」
陸は納得して、首を縦に振った。
「―だから あなたは、あの『魔の蔵』に入れられて、『天井』と『床』に潰されそうになったなら その時は、必ず真っ先に、その『右手』で『天井』を押さえれば良いんです―!」
「―つまり『ご神体』に対して、俺が『モノ』だと『誤認識』させるよう、仕向けるってことか―?」
「―その通りです―!そうして『ご神体』が あなたを『モノ』だと認識して、『モノ』を『生き物』に変える『魔法』を出力する『誤作動』を惹き起こせたなら その時点で この勝負、こちらの勝ちです―! あの『ご神体』に、『魔法』の途中変更は出来ないことは ほぼ確実ですから―!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
真っ直ぐに陸を見つめ、彼を勇気づけるように微笑んだ七歩の顔を思い出しながら、のしかかってくる天井の重みで、床に膝をつきながらも、陸は まだ、潰される事無く堪えていた。
右手では感じないものの、それを支える左手に伝わってくる温度を考えれば、この天井板は かなり熱い―。
そして天井と床が近付くことで圧縮された空間の『光』は、その為か その強さを増し、陸は右手で天井板を押さえた直後から目を開いていられなくなった。
それでも この場に満ち溢れている『光』が、風のように自分の身体の中を通り抜けて行く不思議な感覚はあって、それは まるで、自分の来し方と行く末を見透かす無数の光の道のように、彼を貫いていくのだ。
そこで陸が思い出したのは、まだ この『右手』があった頃、この世界の総てを美しい音に並べ変え、表すことが出来ないか、愚直に一途に ただ只管、全身全霊を傾けていた、苦しくも楽しく、懐かしい日々のことだった。
どれくらいの時間が経ったのか、最早見当もつかない陸だったが、瞼に当たる光の圧が、ようやく 少し弱まった気がして、恐る恐る その目を開き、辺りの様子を窺い見た。
微かな長三和音からの劇的なトーンクラスター、そして今、陸の耳に鳴り響くのは、激しく転調を繰り返すカデンツァである。それに呼応するように、これまで白一色だった光は、虹の七色のスペクトルの波となって渦巻き、押し寄せて来る。
ふと見上げると、陸の『右手』もまた、虹のように七色の光を纏い、その大きさも、本来の1.5倍ほどに膨れ上がっていた。
「―え? これ、どーしよ…?」
潰されないよう無我夢中で、『右手』に起こっていた『異変』に ここで気づいた陸は、驚いて声を上げた。
「―たしかに お前も1個の独立した『モノ』ではあるもんな…、―どうなの? お前、何か、なりたい『モノ』とかあるの―?」
どうやら『ご神体』に『モノ』を『生き物』に変える『魔法』を出力させるという、こちらの狙い通りにはなったようであるが、その後のことは あまり考えていなかった七歩と陸である。既に何か、原始的な生き物のように、七色の光を纏い、ブヨブヨと収縮を繰り返し始めた自分の義手に、陸は伺いを立ててみた。
すると右手は一瞬キラリン☆!と、ひと際強く輝いたが、それは本当に一瞬で、その後は再びブヨブヨと、光りながらの伸び縮みを何度も繰り返すだけだった。
―その一瞬の輝きに、なんとなく、相棒のような自分に対する励ましめいたものを感じた陸は、旧知の友人に呼び掛けるように、もう一度、右手に話しかけてみた。
「―この際さ、なんか、俺らを潰そうとしてる この『ご神体』とやらをさ、その素敵そうな お前の力で やっつけることとか、出来たりしない―?」
―モノは試しである―。
些か身勝手な願いではあるが、この状況を打開する為、陸は自分の右手の代用品に、そんな話を持ち掛けてみた。
すると右手は再び強い光を放ったが、今度は一瞬でなく、その輝きは どんどん増していった。堪らず陸は右手から顔を背け、床とニラメッコする羽目になったが、状況は そこから一変していった。
―さすがの七歩の観察でも、分からなかったことがある―。
―『ご神体』は、その内側にいる『モノ』や『生き物』が秘めている、
『願い』を叶える『力』を持つのだ―
一時は天空を支えるアトラスの如く、のしかかる天井板の重さに苦しめられた陸だったが、彼の願いを聞き入れたらしい作り物の彼の『右手』が、その輝きを どんどん増していく毎に、彼が感じる『重さ』は急速に失われていった。
今では、陸の右手に載っている天井板は、ノート1冊分の重みくらいしか感じさせない。
この摩訶不思議な事の成行きに、思わず陸の口から零れたのは、
「―軽いな―…!」
という呟きと、余裕の笑みだった。
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
毎日更新で掲載するに辺り、字数と話の区切りについて、色々頭を悩ますところはあるのですが、
『ご神体』と連城氏の決着は明日です。
引き続き、明日も お楽しみいただけましたら幸いです。




