潜入・2
「―いい気なものね―、子どものくせに―…!」
すっかり機嫌を損ねた様子のキリヤが、明け透けに七歩を罵倒する。
「それってキリヤのほうこそ、だよね?」
負けじと七歩も言葉を返した。
「―私も七生も、お祖父さん達が貴女に お店を任せたなんて話は一言も聞いてないのに、どうして勝手に新しい店員を探して来たりするの? 言わせてもらえばキリヤからして、ウチとの正式な雇用関係なんて無いよね―? それとも何か、それを証明する書類とか、持ってるの―?」
七歩の この問いに、キリヤは黙って彼女を忌ま忌ましそうに見つめるだけだった。
「―無いんだよね―? じゃあキリヤこそ、これ以上 威張り散らすの止めなよ―?」
「―でも私、その彼を雇うことについては、私の審査を通してもらうわよ―?」
七歩と陸の顔を交互に見据えて、キリヤは強引に自分の要望を押し付けてきた。
「―交わしたショルイ?なんか無いけど、親代わりになって、あなた達の面倒をみることについては、ちゃんと依頼を受けてるの、あなた達のお母さんからね―、」
「―そんなの、口では何とでも言えるよね? キリヤの出任せじゃないの―?」
「―世間知らずの お子様には困ったものね―?
―こんな、どこの馬の骨とも知れない若い男を、私以外、子どもしかいない家の中に入れることが、どんなに危険なことか分からないの―? あんた達が後で吠え面かかないように、この男の為人を、私が直々に厳しく見定めてあげるって言ってるんだから、感謝してほしいくらいだわ―?」
「―でも、この人への面接なら、私が もう済ませてきたし…!」
「―不十分よ―! あんた相手の面接なんて、それこそ遊びみたいなものじゃない?」
「―バカにしないで―! そんなことないもん―!」
「―あ~、わかりました! 俺、キリヤさんの面接、受けるんで―、」
白熱してきた口論に、いたたまれなくなったように、陸は自ら決着を付けた。
「―でも、お兄さん―…!」
尚も心配そうに追いすがろうとした七歩を、軽く制して陸は微笑む。
「―大丈夫。サクっと終わらせてくるよ―。とりあえず、この荷物を頼んで良いかな―?」
そう言って陸は、抱えてきたリュックサックを七歩に預けた。
「…―そうね。すぐに終わるわよ―。」
思い通りにコトが運び、キリヤもまた、満足そうな笑みを浮かべる。
―『ご神体』の手にかかれば、ジロー様の言った通り、この男も 最早それまで―
勝利を確信したように、余裕の表情でキリヤは陸を手招いた。
「―では こちらへ―。準備が整うまで、『控室』で お待ち願うわ―。七歩は母屋で待ってなさい―。」
陸を誘う先は、無論あの白い漆喰で塗られた『魔の蔵』である。
七歩と陸は一瞬 視線を合わせ、言葉に依らないコンタクトを交わすと、キリヤの指示する行き先に、各々ゆっくり進んで行った。それが2人も望むところなのだということは、あくまで悟られないように―。陸の右手は、ずっとポケットに隠したままで―。
そうして ほどなく連城陸は、あの仁科総司を札束に変えた、あの『魔の蔵』の只中に、キリヤの手により 1人 閉じ込められたのだった。
―遂に その時が来たのである―。
『万城目屋』に来る道すがら、七歩から様々な この『魔の蔵』に関する情報は聞かされたものの、彼女の『観察』は どうしても蔵の『外部』からに限られていた為、陸は油断することなく、自身の五感を研ぎ澄ませ、初めて目にする この『魔の蔵』の『内部』の様子を素早く、注意深く、『観察』した。
蔵の内側は ただ一面、白い壁と床と天井ばかりで何も無く、殊の外 静かだ―。
しかし、物心ついた頃から鍛え抜いてきた陸の耳は、微かにだが絶え間なく鳴り響く、長三和音を直ぐさま捉える。
何より陸が不思議に思ったのは、蔵の中を明るく満たす『光』だった。
照明器具と思しき『モノ』が一切見当たらない この『蔵』の中を、夕闇が辺りを包むこの時刻、何故 こんなにも明るく はっきり見渡せるのか? この空間を満たす、どこからくるのか分からない、この『光』そのものが、『魔法』の『力』を持っているのではないかと直感で陸は悟った。
この『光』と、微かな音の源が何処にあるのか?
探るように顔を上げた その瞬間、真っ白な天井板が、まるで獲物に狙いを定めた獣のように、彼 めがけて猛スピードで落下を始めた。同時にせり上がった床の動きに一瞬バランスを崩しそうになった陸だが、そこを何とか踏み止まり、七歩に伝授された『必勝法』を行使すべく、ポケットから出した右手を左手で支え、迫りくる天井板を、すんでのところで右手を使い喰い止めた。
ここまで お読みくださり、誠に ありがとうございます。
いよいよ第1章のヤマとなる、『ご神体』と連城氏との対決でございます。
引き続き、明日も お楽しみいただけましたら幸いです。




