潜入・1
万城目屋に向かう道中、2人で並んで歩きながら、七歩は陸に、彼が『ご神体』に勝てると断言できる理由の他に、陸の言うところの『質屋神』について、これまで自分が調べたことなど、ひと通り話して聞かせた。
その中で1つ、陸が七歩に対して物申したのは、七歩が先日盗み聞きした、ジロー様の語った話についてだった。
「…言われてみれば、気持ちは分かる気がするなぁ…。彼ら『モノ』にしてみれば、『ヒト』に使われっ放しで支配され続けた時間が苦難の連続だったのは、全く その通りなんだろうし、それをひっくり返したくなるのも いい加減、無理は無い気はするよ…、」
「…参るなぁ…! あなた そんなこと言うんですか? これから『奴ら』の野望を挫きに行くっていうのに―?」
七歩は少し呆れた調子で陸に言う。
「…じゃあキミに聞くけどさ、キミは何を以て僕ら『人間』が、彼ら『モノ』を支配し続けるのに値する存在だと思う?
―今じゃ『ヒト』より優れた『モノ』なんて、山ほど存在するだろう? 『モノ』は『ヒト』より間違いも少なければ疲労も少なくて頑丈だし、望むなら、『ヒト』を支配するに足る実力は もう充分に備えてる―。
―宇宙の始まりを思えばさ、僕らだって そもそもは、あの空を漂う星屑だった訳で、現に『モノ』として扱われる『モノ』とは、何も変わりが無いんだよ。
僕らは偶々 増殖する力と行動する自由を持った『生き物』として生まれただけで、でも『モノ』として存在してきた彼らにも、そういう『心』が有るって分かったからにはさ、そろそろ ここらで ちょっとくらい、代わってあげても良い気はするなぁ…。」
青を深めてきた夕空を見上げながら、滔々と語った陸に対し、七歩は少し肩を竦めて言った。
「…お兄さん、それ、自分で言っちゃってるから、その答え―。」
「―え?」
謎かけのような七歩の言葉に、思わず彼女を見下ろした陸を見上げ、不敵な笑みを浮かべた七歩が続きを語る。
「―今のお兄さんみたいにさ、『ヒト』は『モノ』に対しても、そんな感じで『優しさ』や『思いやり』みたいな『愛』?を向けることがあるじゃない?
でも、じゃあ『モノ』は―? もし奴らの望み通り、『モノ』が『ヒト』を支配する側に回ったら、そんな風に、あまり間違いもしなければ疲れもしない『モノ』達が、『ヒト』に向けてくれる『愛』や『優しさ』ってあるのかな?
私は それが分からなくて不安だから、今のままが良いと思うだけ!…それに、このままお父さん達がいなくなったら、やっぱり困るもの…!」
なるほど…と、少し感心した風に呟いて、陸は口元に手をやると、何か物思うように足元に目を向けて歩き始めた。
「―それにね、私、ジロー様の言い分には、少し納得いかないのよ…!
だって、世の中には 『モノ』に辛く当たる『ヒト』ばかりもいないでしょ? そりゃ『モノ』になる『過程』の辛さを言われたら そこはまぁ、ゴメンなさいだけど、
…でも、『モノ』が汚れたら綺麗にしてあげるのは『ヒト』だし、古びて来たら手入れしてあげたり、壊れたら直してあげるのも『ヒト』だもん…!
そんな風に、『モノ』を大切に扱う『ヒト』は大勢いるし、私だって そうしてるし…! ―だから、一方的に被害者ぶって、恨み言ばかり言って来るのって ちょっと違うと思うんだよね…!」
「…たしかに そうだね…、君の言うことは良く分かるよ…。―君は良く出来た お嬢さんなんだね―、」
七歩の しっかりした考え方に、本心から 彼女の目を見て そう言った陸であったが、これを聞いた七歩は、恥ずかしそうに身体を捩って、陸の視線から逃れた。
「―え? やだ、照れるよ…!
…それって『ヒモ』の本領発揮―?」
(前言撤回―。)
心の中で そう言って、陸は目を閉じ苦笑する。
「―じゃあ僕は君の言う通り、まずは何としても その『ご神体』に勝たなきゃね―。君が教えてくれた『必勝法』を信じてさ―、」
先ほど七歩の不興を買った、自分の気弱な発言を翻し、陸は誓った。
「―ほんとうに、信じてくれて大丈夫です―! あなたの その手があれば、きっと勝てますから―…!」
言われた七歩も、緊張に頬を紅潮させつつ、改めて勝利を請け負った。
「…君が言う、『モノ』が『ヒト』に『愛』や『優しさ』を向けることがあるか?―についてはさ、ちょっとだけ、僕の経験から言いたいことはあるんだけど、それは無事『ご神体』に勝ってから…ってことにするよ―。『店員』として採用されれば、店番の合間とか、ゆっくり話せそうな時間は沢山あるだろうからね…、」
「―そうそう、その意気で お願いします―!」
七歩は両手の拳を掲げると、笑顔で陸を力付けた。
角を曲がって、そんな2人の向かう先に、同じく万城目屋に向かうと思しき、キリヤの歩く姿が見えた。
―おそらく、次なる犠牲者とすべく連れて来たのだろう、1人の痩せこけた青年を従えて―。
七歩と陸は無言で顔を見合わせると、すぐさま2人で歩調を早め、あとは会話を交わすこともなく、前方のキリヤに追いつくことに全力を注いだ。
その甲斐あって、青年が店舗脇の木戸から万城目屋の敷地に招き入れられる直前に、2人はキリヤを呼び止めることが叶った。
「―キリヤ―! その人だあれ? ―お客様―?」
七歩から大声で尋ねられたキリヤは、煩わしいと言わんばかりの不愉快そうな表情を隠すこと無く答えた。
「―彼は青山さんよ―。ここの店員として働いてもらう為に、私がスカウトしてきたの―。」
「―俺、ヘッドハントされるなんて、生まれて初めてで、恐縮です―!」
仏頂面のキリヤの後ろで、痩せて色白の青年・青山は、さも嬉しそうにニコニコしながら畏まっている。その笑顔を曇らせることに、七歩と陸は一瞬 躊躇いを覚えずにはいられなかったが、ここで遠慮をしていては、彼もまた、『犠牲者』になりかねないのだ。
「―そう…。昨夜から忙しそうにしてると思ってたら、そういうこと…、
―青山さんと おっしゃいましたか―? 貴方には申し訳ありませんが、このお話は無かったことにしてください―!」
「―え―? キミ、いきなり何言ってるの―? 子どものくせに―…てゆうか、キミ誰―?」
幸福の絶頂にいたらしい青山は、年端もいかない子どもから唐突に無慈悲な宣告を受け、当然戸惑い反発してくる。
「―そうよ七歩、大人に対して失礼でしょ? 生意気に勝手なことを言わないで頂戴―、」
世間的な常識からいっても、大人であるキリヤのほうに分が有るのは明らかだ。キリヤは余裕の笑みで青山の加勢に回る。
「―勝手なのはキリヤのほうでしょ?
―申し遅れました、青山さん―。私は、この『万城目屋』の現店主にして5代目の万城目文吾の孫です。生意気なことを言うようで申し訳ないですが、現店主・文吾が行方不明になっている今、私は子どもですけど、この店の経営方針を勝手に変えるような彼女の横暴を、これ以上、黙って見過ごす訳にはいかないんです―」
「―え―? 横暴…って…、え―? このキリヤさんが―…? ―そんなバカな―!
…だって、彼女は、理不尽に不遇な扱いを受けてる僕を見出して、手を差し伸べてくれた人だよ―? 僕にしか出来ないことが有るって―…! …こんなに美しくて、聡明で、全く彼女は女神のような人じゃないか―!!」
どれほどの美辞麗句でキリヤは彼を篭絡したのか、青山は すっかり彼女に心酔し、信じきっている様子である。
「―キリヤが青山さんに何を言ったか知りませんが、たぶん、甘い言葉に乗せられて、今日ここに連れて来られたのは貴方1人じゃありませんよ―。―少なくとも、18人はいます―。
―ウチの店に1番相応しい人なら、私が連れて来たの―。
新しい店員は、彼で決まりです―! 今日から早速住み込みで働いてもらいます―!」
ここで七歩は満を持して、2人の前に陸を押し出した。
「―えぇ!? そんなぁ…!!」
情けない声を上げて狼狽える青山に同情を示しつつ、陸はキリヤの前に進み出る。
「―こんばんは。昨日は どうも―、」
「―あなた昨日の―…!? …呆れた…! 私たちのことには関わるなって、あんなに親切に教えてあげたのに、こんなところまでノコノコ来るなんて…!」
「―ご忠告には感謝しますけど、でも俺、あんな あからさまに『児童虐待』が疑われる出来事を見たからには、黙っていられる性分じゃないんで―。」
「―え…!? 児童虐待…!?」
陸の この一言に、青山も いよいよ酔いが醒めたようにキリヤと七歩の顔を見比べると、遂に疑いの眼差しをキリヤに向けるに至ったのだった。
「…たしかに…、上手い話には裏が有るって、死んだバァちゃんも よく言ってたな…、」
そう呟いた青山を、蔑むように睨み返してキリヤが言う。
「―あら 貴方、これしきのことで もう揺らいでるの―? 私への信頼って、それっぽっち?
―そんな風だから いつまで経ってもウダツが上がらないのよ、貴方は―…!」
冷たく笑って青山を切り捨てたキリヤは、この時点で次なる標的を陸に変更したのだろう。それは1人でも『犠牲者』を減らしたい七歩と陸にとっても願うところだ。
「―キミ、折角の良い話を こんな風に邪魔して申し訳ないけどさ、キミなら きっと、他に良い働き口もあるよ―。ここは僕に譲ってくれないか―? 薄々分かったとは思うけど、この店は今ちょっと、色々ワケ有りらしいんだ…。キミの為にもそれが良いと思う…!」
ダメ押しの陸の囁きに青山も納得し、ここは撤退することを きっぱりとキリヤに告げた。
「―そういうことなら、僕は辞退させてもらいますよ、キリヤさん―。この話は、無かったことにしてください―、」
片足を踏み入れようとしていた万城目屋の門から身を退いて、その場を去ろうとした青山に、七歩は交通費だと言って数枚の千円札を渡した。これに大層恐縮した青山は、また何かの時には自分を思い出すよう、引き換えに、七歩に名刺を渡すと、最後は少しの笑顔を浮かべて去って行った。
ひとまず命拾いした幸運に気づくこともなく、再び仕事と己の在り方に煩悶とするのやもしれない青山の 哀愁を帯びた後ろ姿を見送り、陸は改めて、目の前のキリヤを毅然と見据えるのだった。
ここまで お読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の1PVに、多大なる お力添えを頂いております。
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