潜入・4
陸は これを好機と捉え、立ち上がり、両足を踏ん張ると、総身の力を込めて、そのノート1冊分の重さになった天井板を、蔵の上方めがけて思い切り、ひねりを加えて投げ上げた。
《ガゴンッッ!!!》
辺り一面に鳴り響く、大きな音とともに、天井板は屋根と壁の継ぎ目を突き破り、軒桁と垂木の間に斜めに突き刺さり動かなくなった。
物心ついた頃からピアノばかり弾いていた、非力な男を自認する陸が、こんな力技で危機的状況を回避したことは生まれて初めてであったので、歴史のありそうな重厚な建造物に、かくも重大な損壊を加えたこの勝負の結末に、一番驚いてしまったのは彼である。
「…―勝った―…!?」
吊天井のカラクリを担っていたと見える鎖によって、かろうじて宙に ぶら下がっている天井板の、再びの落下に備え、陸は速やかに入口付近に退避した。
蔵の中を あれほど明るく照らしていた光は、今や粉々に失われていき、何も無い室内に、本来 相応しい暗闇と静寂が戻って来る。
破れた壁の継ぎ目から、外の街灯りが仄かに漏れ出してきて、薄暗がりの中、自分の掌を自分で認めて、陸は ようやく勝利を確信した。
さっきは不思議な生き物のように、膨らんだり光ったりしていた彼の右手の義手は、すっかり元の大きさに戻り、今まで通り、微かな光沢を湛えている。
「―ありがとう、助かったよ―、」
間違いなく、この勝利に大きく貢献してくれたのだろう、その右手に向かって、陸は丁重に礼を述べる。すると右手は また一瞬だけ、キラリン☆!と光ったように見えたが、後はツンと澄ましたように、いつも通り、固く冷たく動かない、プラスチックの模造品に戻ったようだった。
先刻の衝撃音から、不測の事態を察したのだろう、勝利の余韻に浸る間もなく、カツカツと陸の耳に響いてきたヒールの靴音に、彼は改めて、『右手』を再びポケットに隠し、ここまでとは異なる戦闘体勢に入った。
「―ちょっと―! ―これは どういうこと―!? 説明してちょうだい―!!」
蔵の扉を開くなり、期待外れの惨状を目にしたキリヤは、ヒステリックに詰め寄って来る。
「―それは こっちのセリフですよ―!! いったい どうなってるんですか? これは―!?」
一瞬キリヤが怯むほどの大声で、陸は怒鳴り返した。
「―言われた通り、ここで大人しく待ってたら このザマです―! いきなり天井が落ちて来たんですよ―!? 老朽化か何か知りませんけど、偉そうに勿体付けておいて、施設管理もロクに出来てないようじゃ、貴方の程度も知れますね―!
…それともワザと―? 僕に危害を加えようという魂胆でもあったんですか―?
どっちにしろ、通報案件ですよね、これは―。
―もっとも―? 四の五の言わずに僕の採用 認めるんなら、見逃してあげても 良いですよ―?
今回に限って、特別に―…!」
ここまで一気に捲くし立てながら、陸はキリヤに にじり寄り、危険な蔵から一歩外に出た。
「―天井が落ちて来た ですって―? それで どうして あなたは無事なの―?」
「―…なんか軽かったんで?、受け止めて、投げ返しました。―ほんと、なんとかなったから良かったものの、僕が怪我の1つも負ってたら、あなた即ケーサツ行きでしたよ?
―感謝して下さいねぇ? 僕が無傷で済んだことに―、」
言っている陸からして信じられないような出来事だったのだから、聞いているキリヤは尚更というもの―。
「―怪しい話ね―。あなた、私を脅迫したいらしいけど、そんなの、あなたには百年早いわ―! あなたの採用は、さっきも言った通り、私の面接の結果次第なのよ―?」
敵もさるもので、この期に及んで未だ顔色1つ変えず、キリヤは強気に当初の方針を貫くつもりらしい。しかし この事態は彼女にとり確実に想定外で、頼みの『ご神体』が これでは、これが ただの空しい虚勢でしかないことは、陸の目には明らかだった。ならば陸もまた、一歩も退かず押し切るのみである。
「―面接―? 俺を黙らせる為の高待遇を決める相談ですか―?
―そうですね、七歩お嬢さんと大まかなところは話し合って来たんですけど、俺からの希望としては、3食付き寮費無料で時給1600円スタートの、1日5時間週4勤務で休憩90分、閑散時間の昼寝許可と、年末年始夏季誕生日休暇の有給扱いに加えて採用と同時に有給休暇は15日支給、勤続6カ月につき退職金給料2カ月分補償を付けてもらって、昇給随時、賞与年2で お願いします!」
「―はぁ―!?」
と、中々言いたい放題の陸の要望に、キリヤが思わず声を荒げた瞬間である―
ここまで微妙なバランスで宙ぶらりんになっていた、『ご神体』の天井板が、遂に真ん中から真っ二つに割れ、ドシンドシンと床に降ってきたのだ―。
「―いッ―…!!?」
その轟音と振動に、キリヤは驚き声を上げた。そして、ここまで無残に壊された『ご神体』を目の当たりにしては、さすがの彼女も顔面蒼白にならざるを得なかったようである。
而して その言葉尻を逃す事無く、これ幸いと、陸は迷わず止めを刺しに行った。
「―今、「は・い」と仰いましたね―? では、僕の希望通り、採用ということで、よろしくお願いします―! ―もう大丈夫ですよ、僕が来たからには、安心してください! 早速 明日にも蔵の修理をお願い出来る、業者さんを探してみますね―!」
こうして陸は、自分の就職と、明日の初仕事の内容までを、半ば強引に決めてしまった。キリヤは最早、そんな彼を目を白黒させながら見つめるだけで精一杯になっている。
口では綺麗事を並べた陸だが、折角 壊した『魔の蔵』を、本当に直すつもりなど、もちろん彼は毛ほども持っていないのであった。
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
過酷な圧迫面接(?)を耐え抜き、見事 勝利を収めた連城氏ですが、
物語は まだまだ続きます。
引き続き、明日も お楽しみいただけましたら幸いです。




