ワケ有り品も歓迎します・3
「―七歩ちゃん、もう帰るの―?」
―またしても、七歩を呼び止める者が現れた―。
―聞こえないフリで振り切ろうか―?
そんな悪だくみも頭をかすめた七歩であるが、先ほどの早乙女のように、何か必要な用事でもあって、声をかけて来た可能性もある以上、無下にも出来ない。
―これが世に言う『厄日』というものか―、諦めて、思わず天を仰ぎ見ながら振り返った視線の先に、その声の主の顔はあった。おそらく5年2組の一員なのであるが、自分と同じ背格好の弟とは異なり、既に大人への成長の兆しを見せている その少年の背の高さに、七歩は少しばかり新鮮な驚きを覚えた。
「―帰っちゃダメなのかしら―? もう放課後なんだし、問題無いでしょ?」
「―そうだけど、ほら、七歩ちゃん、ほんとに久しぶりだしさ、ちょっと話したいな~と思って、」
―どうやら、まったく必要不可欠な用件という訳ではないらしい。
ならば―、と、七歩は早急に会話を切り上げるべく塩対応に徹することにする。
「―話すって、何を―? 私これから行くところがあるから、あんまり時間無いんだけど?」
「―そうなんだ、ごめん…! 急ぐなら行って良いよ、―でも ほんとに久しぶりだから嬉しくて…、5分くらい、ダメかな…?」
男の子特有の、骨ばった、大きな身体になりつつある少年だが、その声は まだ柔らかく優しかった。加えて、決して無理強いしようという訳でもない、紳士的ともいえる低姿勢に絆されて、実際 そこまで急ぐ必要も無いのだと 七歩も少し考え直した。
「―いいけど。話って?」
(↑※しかしタイパ重視は継続している)
「―それは もちろん、今日の七歩ちゃんが 如何に素晴らしかったか!ってことさ!
何と言っても ハイライトは あの算数の問3だよね~!
ほんとに いつも思うけど、全然 授業受けてないのにさ、どうして あんなに難しい問題が解けるのかって、オレ スゲー憧れてるんだよ、七歩ちゃんに! オレなんか、週3で塾通って、やっと授業についていけてる感じなのにさ~!」
パッと見ラクダを思わせる顔立ちの少年は、興奮気味に捲くし立ててくる。
「―私だって、学校には来てないだけで、家では ちゃんと勉強してるよ。今日の小数の割り算なんか、動画何本も見たりして、結構てこずったし。キミが思うほど、私だって、そんなにスゴクはないよ―、」
謙遜ではなしに、七歩は そう答えた。しかし少年は、
「―カッケ~~~!! そんな風に言えんのも、隠れて努力してんのも、マジ神!!
やっぱ七歩ちゃん最高だわ~~~!!」
などと 更にヒートアップした反応を見せてくる。そんな彼を目の前にし、七歩の腹の底から湧き上がる感想は、
(なんだ こいつ―?)と
(早く 帰りたい…)
の2語しか無かった。
大体、少年のほうは七歩のことを 以前からよく知っているような口ぶりだが、対する七歩は彼のことなど全くと言って良いほど知らないのだ。
「―あなた ちょっと馴れ馴れしいんじゃない―?
私、あなたの名前だって知らないのに―、」
七歩の戸惑いを余所に、一方的に盛り上がっている少年に対し、七歩が こんな苦言を呈したのも無理も無いことかもしれない。
すると少年は不敵な笑みを口元に浮かべて こう言った。
「―オレ、遊佐 小五郎だよ―。今日憶えて帰ってね―?」
「―ごめん、忘れる。」
自己紹介と共に 少々厚かましい注文を加えられたが、七歩は即刻切り捨てた。
「―え~、つれないなぁ、七歩ちゃん! ―まぁ そういうとこもカッコいいけどね~!」
それに対する反応がこれである。めげることを知らない、圧倒的陽キャ―…!?
彼は これまで 七歩が あまり関わることの無かったタイプの人間なのかもしれない―
七歩は何故、この遊佐小五郎が、自分を前に こんなにはしゃぐのか? 掴みきれずに溜め息をつく。
それにしても、男の子から女の子に対する賛辞が『カッコいい』とは如何なものか―?
たしかに七歩は、元々 七生と似た感じのショートヘアの上に、今日に至っては、これから警察で『七生』を偽り、落し物を受け取る為に、彼のベージュの半ズボンを借用して履いて来ているからには、まぁ、妥当ではあるのかもしれないが。
あるいは、たまにしか学校に来ない自分のことを、漫画やゲームの『レアキャラ』と同じような感覚で珍重しているのかもしれない―。『カッコいい』とはそういうことかも…。
身近な実例『七生』から、『男子』というものが時折見せる 子供っぽさを熟知している七歩は、そういう解釈に辿り着く。しかし、ふと真面目な表情になった小五郎の口から出た言葉は、その見解とは あまり相いれないものだった。
「―七歩ちゃんはさ、オレのこと知らなくてもしょうがないけど、オレは 結構 前から七歩ちゃんのことは よく見てた…、賢くてスゴい子だなって…。…っても、七歩ちゃん、学校に来ること自体少ないから、オレ程度が七歩ちゃんを知った気になるのは間違いだってのも分かってるよ、だから一度、こんな風に ゆっくり話してみたかったんだ…。
…でも、―去年も大概だったけどさ、今年は4月に2、3日来て以来の今日だろ?
…ちょっと 心配してた…、身体の具合は大丈夫なのかな?って―、」
さっきまでの興奮した様子とは打って変わって、真剣な小五郎の問いかけに、またも戸惑う七歩だったが、彼が純粋に七歩の身を案じてくれていることは確かに伝わってくる。
「―調子は そんなに悪くないよ…。―心配してくれて、ありがと。」
実際 調子は悪くなかったが、あのキリヤが現れて以来、自分自身ですら体調を気にかける余裕は失っていた七歩である。久しぶりに こんな気遣いの言葉をかけられ、答えた七歩は不思議と頬が熱くなる感覚を覚えた。
「…そっか、良かった…。」
心底ホッとしたように、小五郎は微笑む。
ここまで来て七歩は、先程来、ずっと押し込めようとしていた素朴な疑問が噴出するのを、とうとう抑え切れなくなった。
―つまり、この遊佐小五郎は、要するに私に気があるのではないか―?
―いやいやいや―!!
と、七歩は心の中で、全力で首を横に振る。
―自惚れだから―!
―おこがましいから―!
冷静に、客観的に考えて、自分を好きになってもらえる要素など、どこにあるというのか―? それでも彼は、顔の印象がラクダだから そう見えるのかもしれないが、とても穏やかな優しい眼差しで、七歩を愛しげに見下ろしてくるのだ。
―自惚れても良いのか、どうなのか―!?
―事態は まったく七歩の想定を超えてきている。
そんな風に、内心 動揺している七歩の脇を、5年2組の女の子が1人、
「―遊佐くん、バイバイ―、」
と言いながら 通り抜けて行った。
「―津田ちゃん、バイバイ―、」
これに対して軽く返された遊佐の返答に、七歩の中で、今日これまでにも蓄積された混乱と戸惑いが ついに沸点に達し暴発し、またしても彼に対して少々キツイ言葉を浴びせてしまうことになったのであった。
「―あなた やっぱり ちょっと馴れ馴れしいわよ―! フツーよく知らない相手なら、まずは名字で呼ぶのが礼儀じゃない? なんで いきなり名前にちゃん付けなの? 意味わかんない―!!」
「―だって、『万城目さん』じゃあさ、七生くんと あんまり区別がつかなくて ややこしいよね―?」
おっとりとした口調で、小五郎は弁明した。当然のように、七生の名前を語って―。
「―あなた、七生を知ってるの―?」
「―もちろん―! 七歩ちゃんは憶えてないかもしれないけどさ、俺ら3人、去年は同じクラスだったんだよ~! 今年は七生くんとは離れたけど、去年はよく一緒に遊んだ仲なんだ~、真面目でイイ奴だよね、七生くん―! 七歩ちゃんのほうが、お姉ちゃんなんだっけ―?」
これを聞いた七歩は、考えるより先に彼の名を呼んでいた―。
「―遊佐 小五郎くん―! 憶えた―!」
もちろん、口では何と言っても、とっくにインプットは完了していた七歩だが、これを聞いた小五郎は、嬉しそうに口角を上げた。
「憶えたから、その代わり…お願いしたいことがあるんだけど、いいかな…?」
「―それって、どんなこと―?」
「今度 学校で七生に会ったら、…隣のクラスだけどさ、ちょっと声をかけてあげてほしいんだ…、」
姉の七歩から こんなお願いをするのは、七生にとっては余計なお世話で、彼の面子を傷付けさえすることかもしれない。けれど、今日改めて七生の苦境を思い知った七歩は、少しでも可能性があるなら、七生の存在を知り、彼の状況を変えてくれるかもしれない この少年に、希望を託さないではいられなかった。七生を憶えてはいても、教室では彼を認識出来ない二階堂蘭のパターンもあるが、あるいは この彼ならば―、と七歩は思ったのだ。
しかして この遊佐小五郎は、 幸い こういう願いごとをする七歩の心情を、何も問わずに受け止められる、尊い賢さを備えた少年でもあった。
「―もちろん、いいよ! おやすい御用さ―!」
二つ返事で請け負ってくれた小五郎に、七歩は今日1番の笑顔を返した。
「じゃ、私、そろそろ行くね―?」
落とし物の受け取りは、時間に限りがある。
去りかけた七歩に、小五郎は名残を惜しむように、もう一声 追いすがる。
「―あのっ、七歩ちゃんもさ―! …これから 毎日学校来たって良いんだからね―?」
屈託のない笑顔の小五郎の呼びかけに、七歩は満面の苦笑いで突っ込まざるを得なかった。
「―もうすぐ 夏休みになるけどね~?」
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の貴重な1PVを頂戴していることに、深く感謝申し上げます。
引き続き、明日も お楽しみいただけましたら幸いです。




