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X-it《エグジット》人をモノに変え、モノを人に変える、相反する力を巡る神々と人々の攻防  作者: 向愛 水哉
第1章 The X-axis

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23/50

ワケ有り品も歓迎します·1

 教室の窓から見える景色は、2カ月以上学校に来ないうちに、すっかり初夏のものに様変わりしていた。


 けれど、満開の桜の花も、瑞々しく生え揃った緑の若葉も、この授業中の所在無さを埋めるには どちらも少し物足りないように七歩かずほは思う。

 

 もっともそれは、長期休暇を自主的に決め込んで、万城目家(ひえぬきけ)のリビングの窓から見ていた空の色とて同じことだったが―。


 ―どうしても、埋められないものがある―。



 キリヤに遭遇した時の言い訳として、提案された今日の登校であるが、結局 朝 出かける時間もキリヤは不在だった。にも関わらず、実際こうして真面目に5年2組の自分の席に着いているのは、


―小学生が本来 授業を受けている時間に、警察に落し物の受け取りに行くのは、さすがに不届き千万なのではないか?―


という七生ななおの鋭い指摘を受けたからである。


 加えて、

―平日の昼間から女の子が1人で街をフラフラしていたら危ないよ…!―


と至極真っ当な心配もされてしまったので、

七歩かずほは渋々ながら、


―今日は学校で ちゃんと授業を受けること―!という七生の願いを受け入れたのである。


 思えば、

―せっかく買ってもらった仮◯ライダー変身ベルトを装着したのに変身出来ない…!


―とギャン泣きしていた幼く可愛い弟が、随分と現実的に正しいことを言うようになったものであると、その成長ぶりに七歩は目を細める。


(※因みにベルトはイケメン頭身に成長しないと作動しないのだと父がフォローした。)


今は まだ3時間目の算数で、給食までにも もう1時間、社会の授業が控えている。


 3カ月近くを家でマイペースに過ごしていた七歩にとって、行儀よく椅子に座り続けることからして 既に中々の苦行なのであるが、とはいえ、七生から聞く、あのキリヤが及ぼしている影響のことを考えれば、今 万城目家の人間の姿は、学校の人間には認識されないらしいから、そこは気楽といえば気楽であった。


 5時間目が終わるまで、ともかく目立たないよう大人しく、黙って静かに座っていれば、誰に気づかれることもなく、放課後は難なくやって来るだろう。


―楽勝―


 と、七歩は ほくそ笑む。


 七生ななおにとっては災難でしかないキリヤが及ぼす影響も、常々望んで人との間に『壁』を作っている七歩かずほにとっては、かえって好都合でさえあった。


 七歩かずほが真面目な弟のように、毎日 愚直に登校しないのは、ひとえに その『壁』を作る為と言って良いかもしれない。


 そもそも七歩は、義務教育の仕組みを否定したいワケでも、勉強が苦手なワケでもない。


 低学年のうちは、身体の不調で已む無く休む日が多かった彼女だが、学年が上がるにつれ、その欠席理由は密かに変化していた。

 今の彼女は、この学校という場に来れば、自ずと生じるクラスメイトとの交流により、湧き上がり渦巻く感情の処理から、ただ逃れたいだけなのである。


 それ故 おしなべて出席日数は毎年乏しいものになっているが、その数字は必ずしも彼女の本心を表すものでもなく、本当のところ、他者との関わりを求めているか否かを問われれば、七歩とて求めていない訳では無いのだ。

 現に今も、互いに本好きだと知っている初香ういかちゃんが、2年ぶりに同じクラスになって、自分の斜め後ろに座っていることに、ずっとソワソワしてさえいた。隙あらば、最近 読んで面白い本があったか?など 尋ねてみたい気持ちは山々なのだ。


浜西初香はまにしういかは、肌艶はだつやの綺麗な額を全開にしたハーフアップの髪型が似合う知的な雰囲気の少女で、教室では いつも1人静かに本を読んでいる。それでいて 決して『ぼっち』などと軽んじられはしない、気高さを備えているのだ。

 七歩が通院で休みがちだった2年生の時も、他の女子がグループで固まり 異分子を敬遠しているような空気の中でも、登校すれば必ず気さくに声をかけてくれた、優しい心根の持主であることも知っている。あるいは それは、些細なことでも笑い合えるような、不思議と自分と波長が合いそうな予感を、七歩と同じように彼女も感じていて、心を許せる『友達』になるべき存在として、初香は自分を待っていてくれることの証ではないかという淡い期待を、七歩は密かに ずっと抱いているのだ。


―毎日 迷わず学校に通い、この友人として好ましい初香と心ゆくまで語り合い、本当に一番の友達になれたら、どんなに素晴らしいことだろう―と、七歩は夢想する。


―昨日 何を食べたか? 今日は何をして遊ぼうか? 

そんな他愛のない話でも、彼女と2人で分かち合えるなら、それはとても特別に楽しいことのように思える。時にケンカだってするかもしれないが、それだって今よりは ずっと鮮やかに日々を彩るものに違いないだろう―


 ―ほんとうに ともだちに なれたなら―…!


 そんな心弾む夢を思い描いた後で、七歩は いつも立ち止まってしまうのだ。


 【―与えられた時間が違う―】


 そこに思いが至ると、彼女の心は途端に悲しみに しぼんでしまう。


 ―このクラスにいる誰が、自分以上に儚く終る、時間を生きているだろう―?


どんなに愛しい『友達』を手に入れても、その先に待ち構える、2人を分かつ『時』が訪れてしまったら―? 


その悲しみに自分は耐えられるだろうか―? 

それは自分を失う相手にも また、同じものを与えることになりかねない―

その底の見えない深い谷を前に、七歩は いつも どうしても 立ち竦んでしまう。

それこそが、彼女が1人、『壁』の中に閉じ籠る理由なのだった。


 ひとしきり、いつもの葛藤のルーティーンをしてしまったが、そもそも今日の七歩の姿は、誰の目にも止まってはいない―。そのことを思い出し、七歩は1人苦笑する。


 ふと 男の子の大きな声が聞こえて、窓際の後ろから3番目の席に座る七歩が 再び窓の外を見下ろすと、そこには校庭に散らばっていく、お隣5年1組の面々の姿があった。彼らの中に1人でも、今日は七生が来ていないことに気づいている人物がいるだろうか―? 七歩は何気なく二階堂蘭の姿を探したが、いつもフリルやレースの可愛い衣服で人目を引く筈の彼女の姿は、不思議と この時見つけられず、七歩は早々に諦めて、黒板のほうに視線を戻した。


 ―ちょうどその時である。


「―それでは この問3を、万城目七歩ひえぬきかずほさん―、」


 5年2組の担任、早乙女繭子さおとめまゆこは、真っ直ぐに七歩を見据えると、彼女に命じた。

「―前に出て、解いて下さい―」






ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。

引き続き、明日も お楽しみいただけましたら幸いです。

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