作戦会議・4
さて、キリヤが外から鍵をかけ、外出した気配を七歩が感じたのは、キッチンでデザートのヨーグルトを食べている最中であった。
2階の広間に囚われた七生が、聞いた話どおり無事解放されたのか―? それを確かめる為、取り急ぎヨーグルトを食べ終えた七歩は念の為、ワンをお伴に家中を見て回り、キリヤの不在を徹底的に確認後、件のオークの框戸を開けた。
途端に全身に纏わりつくような熱気と湿気に見舞われ、七歩は急いで空調と照明のスイッチを入れる―。夕刻 盗み見た時、アンティークチェアに縛られていた男の子の人形は、今は もう そこにない。
ひとまず安堵はしたものの、たとえ人形の姿に変えられていたとはいえ―いや、だからこそ―、この劣悪な環境下、数時間 監禁されていた七生の健康状態が俄かに心配になり、彼の部屋を訪ねる前に、一度キッチンに引き返し、冷蔵庫から500mlのペットボトル飲料を調達すると、七歩は再び2階への階段を上った。
「―七生、いる―? 入るよ―?」
モゴモゴと歯切れの悪い返事が聞こえた時点で、七歩は もう、七生の部屋に押し入っていた。ワンも勢いよく その後に続き、早速 部屋中 嬉しそうに駆け回っている。
「―ノックくらいしろよ~、」
ベッドの上で、何もかけずに力なく俯せに横たわっている七生が、視線と言葉だけで抗議する。
「―いやぁ、あいにく両手が塞がっててさぁ、」
全く悪びれずに 七歩は そんな言い訳をする。そして 持って来たペットボトルを七生に見えるように両手でかざすと、彼に尋ねた。
「お水とスポドリ持って来たけど、どっちが良い―?」
七生は疲れ切ったような、機嫌の悪そうな表情で、その2本を交互に見た後、目を閉じてボソっと答えた。
「―両方―」
「―よかろう―、」
七歩は泉の女神のように、厳かにベッド脇のキャビネットに歩み寄り、2本のペットボトルを その上に置いた。
「―ありがたく頂戴するが良い―」
時代劇のお代官様のような七歩の口ぶりに、七生は思わず笑ってしまう。
「―えらそうに―」
「―なんか言った?」
「―なにも」
―こんな やりとりが交わされたが、これは いつもながらの 2人の じゃれ合いのようなものである。
そこに割って入ったワンが、ベッドによじ登ろうとしてか、何やら七生とタオルケットの引っ張り合いを始めた。
「―こら ワン、引っ張るなってば~、」
依然 横になったままで、ぐったりしているようには見えるものの、笑う頬に赤みが戻ってきた七生に、とりあえず、病院に担ぎ込むほどの差し迫った不調は無さそうだと七歩はホッとする。
夢中になってタオルケットに爪を立てているワンを後ろからヒョイと抱き上げて、七歩はベッドの上の七生にワンをけしかける。
「―ほらワン、かかれ―!」
「―なんだよ~? 返り討ちにしてやるぞ~、」
七生は笑って 早速ワンをガッチリ胸に抱くと、そのフワフワの毛をワシワシ撫でた。
「―ねぇ七生。あんた今日、アレをアレして来たんだよね―?」
キリヤの不在は これでもかというほど確認してきた七歩であるが、それでも やはり、警戒は怠れないと考える七歩は、こんな暗号めいた問いかけをする。
「…うん、アレをアレして来たよ―、」
対する七生も、アレとアレが何かは直ぐ分かる。さすが双子というべきか―。
「―でもアイツには隠し通した―」
「…偉かったね…。褒めて遣わすよ…、」
「―上から ムカつく…!」
「―だって、お姉ちゃんだもん―!」
「―後から産まれたくせに…!?」
これまで何度繰り返したか知れない、双子の姉弟ならではの応酬の後、七生は少し深刻な面持ちで、七歩に告げた。
「…あのさ、七歩、…今日、初めて分かったんだけど、僕、キリヤのせいで、時々『人形』にされてるみたいなんだ…、」
これを聞いた七歩は、がっくりと項垂れて、ヨロヨロと後ずさり、机の前の椅子に腰掛けると、キャスターを転がして、七生の傍まで舞い戻って来た。そして大きくため息をつくと、
「―知ってた―。」
と、俯いたまま答えた。
「―え…?」
ピンと来ないような七生に、七歩は いきり立って顔を上げ、猛然と食って掛かった。
「―も~~~!!! けっこう前から知ってるっつーの! そんなことは―! だって、なんか、あんたの姿が見えないな~って思うと、その代わりに? なんだか あんたに そっくりな人形が、その辺に転がってる訳よ―? ―わかる―? そんな あんたを見つけた時の私の気持ちが―!?」
「…あ…、えっと…、」
言われてみれば、七歩は七生自身より早く、この事に気づける立場にいたのだと分かったが、そんな七歩が どんな気持ちでいたのかは…
「―面白かった―。」
「―え…?」
「―も~~~!! 可笑しいったらありゃしない!! あんたマヌケ過ぎ! てかキリヤもあんたのことは隠す気ないんか?ってくらい人形ソックリだし! バレバレだし…!!」
言いながら七歩はケタケタ笑っている。
「―そ、そんな笑うことないだろ―? 僕は結構苦しいんだよ、人形にされてる間は―…、」
不服そうに反発した七生であるが、顔を覆って笑っていた七歩が、次に発した言葉は涙声になっていた。
「―だって怖かったんだもん…!」
「―…七歩…?」
「…怖くて…! 笑い飛ばしてでもなきゃ…、―もし、七生が人形のまま、元に戻らなかったら、私、この家で1人になっちゃう…って…!」
今の今まで笑っていた七歩が、珍しく半べそをかいている。
―強気な姉ではあるけれど、半分は強がりで出来ているような七歩なのだ―。
七生は起き上がって、抱いていたワンを放してやり、七歩に頭を下げた。
「…ごめん、心細い思い させて…、」
全く不可抗力なことではあるが、その点について 七生は率直に謝罪した。
「…まったくねぇ、あんたが そんな風だから、私1人、一生懸命頑張って、あいつらのことを調べたワケよ、この3カ月、病弱な身体を押してね―! それで、これまでに分かったことを今から あんたに話す…! 今夜キリヤは また出かけたみたいだから大丈夫とは思うけど、油断のならない連中だから、なるべく小声で話すね―?」
「―うん―、」
七生はキャビネットに手を伸ばし、天然水のペットボトルを開けて一口二口飲むと、ベッドの上で居住まいを正し、七歩と向かい合った。
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