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X-it《エグジット》人をモノに変え、モノを人に変える、相反する力を巡る神々と人々の攻防  作者: 向愛 水哉
第1章 The X-axis

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作戦会議・3

「…思えば貴女(あなた)が『こちら側』について下さったおかげで、『ご神体(しんたい)』を このようにお祀りすることも叶ったというものです。感謝しておりますよ…、」


見送りに、玄関先まで出てきたキリヤを振り返り、あの漆喰塗りの土蔵を指してジロー様は微笑んだ。


「…いえ…、ジロー様の熱意に比べれば、私など まだまだで…」

キリヤは恐縮して頭を下げる。

「ははっ、先ほどは全く失礼…! …どうも経験してきた時代の熱狂が、時々甦ってしまうものでしてね…!」


ジロー様は、彼にしては珍しく声を出して笑った。色白の頬を恥ずかしそうに赤く染めて。


「…あんな時代を経ても尚、…尚 人間は愚かなままですね…」

背の高いジロー様の顔から、黒い雲が流れる夜空へと視線を移したキリヤは、ため息混じりに そう語る。


「…だからこそ我々は、もう黙って耐え従うだけでは駄目なのです…! だからこその この『事業』なのです…!」

キリヤと同じ夜空を見上げながら、ジロー様が高らかに(うた)う。


「…私も、これから すぐにでも『狩り』に参ります…!」

「…それは良い心がけですが…」


畏まって申し出たキリヤに、ジロー様は万城目家(ひえぬきけ)の2階を指差すことで、自分の思いを再度 伝えた。


「…そうでしたね、まずは…。ではジロー様、お気をつけて―、」

「…ありがとう。では また―」

そうして2人は玄関の内と外に分かれ、それぞれの目的地へと向かった。



 一切(いっさい)の空調を遮断していた万城目家(ひえぬきけ)の2階の大広間は、キリヤの目論見(もくろみ)どおり、地獄の様相を呈した蒸し風呂のようになっている。常人ならば後退りしそうな、澱んだ空気の部屋に灯りを点け、キリヤは平然と奥まで突き進んで行く。


 無造作に無秩序に、ただ壁に沿って押し付けさえすれば良いとでもいうように、ところ狭しと並べられた本棚や飾り棚は、あの『ご神体』の急な引っ越しに伴い、元々あの土蔵にあったモノを移動させたものだ。


 目下(もっか)五代目まで続いた質屋を営む この万城目家の有り様を、自分が大きく変えてしまっていることは、深く自覚しているキリヤである。しかし、これは この家にとっても必要なことなのだ―。


 (むご)たらしく縛られた、人形を結わえ付けるロープの結び目を解く。その一瞬、キリヤの眼差しに微かな慈愛の温もりが差したのは、本当に ほんの一瞬のことだった。


 きつく結んでいた反動で、ロープは自ら幾ばくかハラリと緩んだ。それでも ここで七生(ななお)を人間に戻せば、尚 彼を締め上げられるくらいには、ロープは まだ窮屈さを保っている。その加減を調整し、キリヤは再び あの止めていた懐中時計の針を動かした。


 途端に人形は白い光を放ち、本来の人間としての大きさを回復する為、急速な成長を始める。しかし絡みつくロープに阻まれ、それは難航を余儀なくされる。もがきながら隙間を探るように手足は伸ばされ、巻かれたロープと成長する肉の せめぎ合いの果て、白い光が収束し、七生が元の人間の少年に戻った時には、その姿は さながら凶悪な蜘蛛の巣に絡め捕られた、か弱い羽虫のようであった。


 「…うっ……」


 大きさとともに意識も取り戻した様子の七生が、苦しげな うめき声を上げる。血の巡りは再開されたばかりだが、その肌には既に あちこち玉の汗が滲み、呼吸は喘ぐように浅く、固く縛られていたことへの生身の反応が、一気に噴き出している。


「―あら? お目覚めかしら? 王子様―、」

からかうようにキリヤに尋ねられ、七生は苦しい体勢ながらも、彼女を睨みつけて問い返した。


「―(らん)ちゃんには何もしなかっただろうな…?」

「―心配しなくても、―あんな門限に遅れただけでも親が騒ぎそうな子に手出しはしないわよ、」

鼻であしらうようにキリヤは答えた。


―記憶は(おぼろ)げにしか残っていないが、今 自分がいる この部屋に、夕刻、二階堂蘭(にかいどうらん)が訪ねてきた。まるで身体の自由が()かなかった自分に対し、彼女は救いの手を伸ばそうとしたようであったが、そこにキリヤが現れ、その魔の手が彼女に及ぶことを、ひどく恐れたことだけは覚えている。


―兎も角、蘭は無事に帰されたようで、そのことに七生は安堵する。


 キリヤは不機嫌そうに腕を組み、首を傾げて そんな七生を見下ろすと、この日、帰宅直後にも散々繰り返した質問を、鋭い尋問口調で再び投げつけた。


「―ねぇ、もう一度訊くけど、あなた本当に あの眼鏡(めがね)何処(どこ)にやったか知らないの―?」

「…知らないって言ってるだろ―? キリヤが1人で勝手に仕舞い忘れただけじゃないの―?」


 それでまた、身体に訊かれる可能性など恐れはしないというのか、生意気に、反抗的な態度で、これまでと同じ答えを返した七生に、キリヤは溜め息をつきながら背を向けた。


「…そう、じゃあ後は勝手になさい―。そこからは、自力で抜け出すことね―」

「―え!? そんな―…、」

「―学校サボってフラフラしてた罰よ―」


 そう吐き捨てると、後は振り向くこともなく、キリヤは広間から出て行った。


 ―そういう訳で、残された七生は、結び目は解かれたとはいえ、雁字搦(がんじがら)めの状態からの縄脱けという、人生初の試みに、しばし悪戦苦闘することとなった―。


ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。

引き続き、明日も お楽しみいただけましたら幸いです。

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