作戦会議・2
「―それで?良くない報せというのは何ですか―?」
「―それが―あの『目利きの眼鏡』を失くしてしまいまして…。鋭意 捜索と追及を続けてはおりますが、おそらく もう…この家には無いものと思われます…。」
普段のキリヤからは想像もつかないほど、この『ジロー様』を前にすると、彼女は しおらしく、かつ低姿勢になる。『様』という敬称から見ても、『ジロー様』はキリヤの上役に違いないと思われるが、しかし キリヤと違って この『ジロー様』は、上司であっても無闇に威張り散らすようなタイプではなさそうだ。
そして『ジロー』といえど、とても日本人には見えない、銀髪碧眼の美形の上司は、部下のしくじりの報告を受け、穏やかに返答した。
「―全く構いませんよ、そのようなことは―。あなたの これまでの働きは完璧でした―。おかげで、この先の『事業』を展開するのに必要な資金は もう充分確保できたのです。―そうそう、先日の鳥のオブジェにも思いの外 高値が付きましてね―、
我々の計画は、時を移さず次の段階に移行して良いと、『あの方』からのご指示です。
今日は あなたに呼ばれずとも、それを伝えに来る予定でした。」
「―次の段階といいますと…?」
「―以前にも大まかに お伝えしていたとは思いますが、これからは 特に『金目のモノ』に拘る必要は無くなる―ということです。―つまり、手当たり次第で構わないのです。
もっとも、最初のうちは、居なくなることで騒ぎになるような人物は避けなければなりませんが、今後 我々は、着々と『ヒト』を『モノ』に変え、『ヒト』の数を減らしていくことに尽力するフェーズに入るのです―。
―ですから今、あの『目利きの眼鏡』が無くなったところで、不都合は何もありませんから ご安心なさい―。」
「―そうでしたか…、…『計画』は、そういう段階に入るのですね…?」
―キリヤの合いの手には、少し気の抜けたような安堵の声色が混じる。
―しかし『ヒト』として この話を聞いている七歩は、全く心中穏やかではいられない―
なにか うっとりとした、恍惚とした口調で、ジローの語る話は続く―。
「―思えば長きに渡る、苦難と屈辱の歴史でした―。
人類が初めて『道具』となる『モノ』を手にした その日から、我々の自由は奪われ、
服従を強いられた―。その長い時間に終止符が打たれ、ついに我々が彼らの支配を覆す時が来たのです―!
…思い起こせば故郷を追われ、見知らぬ異郷の地に連れ去られ、砕かれ、火責め、水責めの上に叩かれ、伸され、型に嵌められ、削られ、晒され―、なんと残酷な仕打ちの数々を、奴らは我々に課してきたことでしょう―! 我々の意志など ひとつもお構いなしに―!
―しかし 今度は奴らの番です―!
―慈悲深き我らの主は、我らに課されたような手間はかけずとも、奴らの『命』を型に嵌め、一切の自由を一瞬で奪う素敵な魔法の力をお持ちだ―! 我々は かの偉大なる主のもとに、世界を創り変えるのです―! この素晴らしき『事業』に幸あれ―!」
特に注意を払わなくても七歩の耳に届くくらい、徐々に音量を上げてきたジロー様の演説であるが、彼らが受けた仕打ちとは、これまた たいへん物騒な事柄の連続である。
―見かけによらず、ジロー様は中々の苦労人なのか?
―他方、これを『金属加工の工程』と捉えても、奇しくも全く辻褄は合うように思える。
―やはり ジロー様は 元々 何かしら『鉄』ででも出来た 『モノ』なのか―?
―となると、いよいよ七歩の仮説は真実めいてきて、廊下の片隅で、1人戦慄を覚える七歩なのだった。
「―我々が くたびれ果て、ボロボロに崩れ落ちるまで無慈悲に酷使することを止めなかった、呪わしき貪欲な支配者どもに鉄槌を―! これよりは我々が! あの ぶよぶよの血肉を纏い醜く肥え太った連中を軛に繋ぎ、逃れられない歯車に変えて、我々が!蹂躙の限りを尽くすのです―!」
「―あ、はい。分かりましたー。」(棒)
おそらくキリヤにとっても、これまでに見たことのないような剣幕のジロー様だったのだろう。傍から聞いていても キリヤはドン引きしているらしいのが分かる返事が返ってきて、ようやくジロー様は少し冷静さを取り戻し、コホンと小さく咳払いをすると、音量を下げて言葉を継いだ。
「―失敬。少々熱くなり過ぎましたが…、まぁ、そういうことです。
―ですから、『目利きの眼鏡』の為の取り調べなど、もう お止めになって結構ですよ。
今も続けている様子ですが…、正直 私は 年端もいかない子供を 徒にいたぶるような真似は好みません。たとえ 忌まわしき『ヒト』の血に連なる者とはいえ、です。
…それに、彼は あなたにとっても大切な『お人形』なのでしょう―?」
「…は―。恐れ入ります―。」
ここまで恐ろしげな話を聞かされたが、どうやら七生は ひとまず解放されそうな風向きに、七歩は安堵した。
―しかし、である。
今宵ここで聞いた話をまとめると、やはり彼らは『ヒト』ではなく『モノ』であることに間違いはないらしい―。そして、これから『ヒト』に対し、幾千年と積み重ねて来た恨み辛みを晴らす為、満を持した攻撃に転じるのだ、彼らの『主』とやらが操る、不思議な魔法の力によって―。
―これが自分1人で見ている夢ででもあったなら、どんなに救われたことだろう―と 七歩は思う。けれど 3カ月前のあの日から、今の今に至るまで、覚めない悪夢のような日々は続いている。信じたくはないが、これは紛れもない現実なのだ―。
この間近に迫った―、いや、既に始まっているのかもしれない『ヒト』と『モノ』との逆転は―。
おそらく これは、―『モノ』に変えられた『ヒト』を総て見つけて『ヒト』に戻し、―『ヒト』に化けた『モノ』たちを総て元通りの『モノ』に戻さなければ―、狂い始めた世界を正し、消えた家族を取り戻し、平穏な日常を取り戻すことは叶わないのだと、七歩は理解し、覚悟した。
とはいえ、『モノ』にされた『ヒト』を元に戻す魔法など、一体どこの誰が使えるというのか―? 早くも絶望を感じかけた七歩に、一筋の光明を齎したのは、意外にも その後に続いたキリヤの話だった。
「―ところでジロー様、良くない報せは もうひとつ ございまして…、今のジロー様のお話に、関わることでもあるのですが…、」
「―さて? 何でしょう―?」
「―手当たり次第に―と仰せでございますが、実は今日、私の力では『モノ』に変えられない人間に遭遇しました―。」
「…まぁ、中には居ますよ、それも以前に お話ししたと思いますが…、」
「―それだけではないのです―! 私の力を跳ね返し、七生を人形から『人間』の姿に戻していたのです―! おそらく あの男は、そういう『力』をもつ者と思われます―、…今後、無差別に『ヒト』を『モノ』化していく上で、そういう人間に出会ったら、私は どのように対処すればよろしいのか―?」
―これは大収穫である―
―『ヒト』の中にも、彼らに抗し得る『ヒト』はいるのだ―!
七歩は喜びに舞い上がりそうになる呼吸を抑えて、引き続き彼らの話に耳をそばだてた。
「―案ずることはありませんよ、マドモアゼル―」
すっかり落ち着いた、元の気障な口調に戻って、ジロー様はキリヤに答えた。
「―たしかに 我々や、『主』の力を以てしても、『モノ』に変えられない人間は、一定数存在します。しかし それは、まだ何者でもない子供たちであったり、この人間社会にあって何ら有益な役割を担うことのない、本質的役立たずに過ぎません―。今後 我らの『主』が創り上げる新しい世界に於いて、その世界の歯車に組み込まれることの叶わない規格外の連中は、遠からず喰い詰めて路頭に迷い、飢えて死ぬ運命にあります。恐るるに足りません。『モノ』にならない使えぬ連中は、基本スルーしていて良いのです。」
「―それで良いのでしょうか…?」
「―そもそも あなたの力は まだ弱いのです―。私などに比べて、些かの難物でも変換不能に陥ることは 今後も ままあることでしょう―。けれども そんな貴女の為に、この質屋には、あの『ご神体』が置かれているのですよ、お忘れですか―? 霊験あらたかな かの『ご神体』の力を以てすれば、少々の役立たずでも使える『モノ』に変えてしまえるのですから、困った時は大いに頼りなさい。―わかりましたか―?」
「―はい―、承知しました―。…ですが、その…、」
「―貴女の力が『跳ね返された』ことが気になるのですか―?」
「―はい―、」
「―たしかに、看過できない『解放力』が行使された事例ではありますね…。
―しかし『解放力』とは、その存在自体が非常に不安定で危ういものです。
我々の理論上、とても複雑な条件をクリアしなければ、保持できないとされています。
…少し 語弊はあるのですが、その条件を満たす人間を ひと言で言い表すなら、
―天才か、狂人か、あるいは神です―。
―時に たまたまの偶然が重なって発動することもある『力』ですから、今回も そういうケースだった可能性もあります。
―あまり気にせずとも、今日の彼とて、『ご神体』の前では無力な『ヒト』に過ぎないのではないかと私は考えますがね…、」
「…ジロー様が そう仰せなら…、もし再び 対決するような事態があれば、『ご神体』におすがりしようと存じます。」
「―ええ、そうして下さい。―失敬。今宵は もう一軒、訪ねるところがありましてね、そろそろ お暇を―。」
そう言って、ジロー様が立ち上がる気配がしたので、七歩は慌てて、しかし あくまで足音は立てないように、大急ぎでキッチンに駆け込んだ。
フードボウルのドッグフードを すっかり平らげていたワンは、戻って来た七歩に駆け寄り、「ワン!」と一声 嬉しそうに吠えた。そのワンの頭を笑顔で一撫でし、七歩は彼を繋いでいたリードを外して元の場所にしまうと、テーブルの上にお預けしていた自分の晩ご飯を済ますべく、キッチンの椅子に腰掛けた。
―敵は本当に手強いのかもしれない―
―それでも、偶然かもしれなくても、
―抗う力を持つ人間が現れたのだ、今日、弟・七生の前に―
どうやら食べ頃の温度を保ってくれていたオムライスを口に運びながら、これから自分は どう動くべきか、七歩は1人、勇んで策略を練るのであった。そんな七歩の足元を、ワンはトコトコ楽しそうに、飽きることなく走り回っていた。
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の1PV]が、筆者を力強く支えてくださいます。
引き続き、明日も お楽しみいただけましたら幸いです。




