作戦会議・1
―時は戻って、二階堂蘭がキリヤに追い返された後の万城目家、午後7時―。
「―ねぇ、キリヤ、七生が何処にいるか知らない? お弁当 温めたのに冷めちゃう―、」
唐揚げとオムライスの弁当を両手に持って、リビングにいるキリヤに尋ねた七歩だったが、
「―知らないわよ。…あの子、今日はランドセルもほっぽって出て行ったみたいだから、学校にも行かずに どこかで遊び歩いてるんじゃないの―?」
と にべもない。
「―あのバカ真面目が―?」
七歩の指摘に
「―知らないわよ―!」
と 腹立たしそうに繰り返したキリヤだったが、思い出したように七歩に こう告げた。
「―そうそう七歩、これから大事なお客様が来るから、そのお弁当、食べるなら2階の あなたの部屋で食べなさいね―?」
「―え~? お部屋に匂いが付くからイヤだ~!」
「―つべこべ言ってないで、さっさと行きなさい―! 部屋がイヤならキッチンででも食べればいいでしょ―? あなたみたいな子供がいたら、大事な話が出来ないのよ―、」
「…キリヤが どっか行けばいいのに―…!」
「―なんですって―?」
そうこうしているうちに、玄関のチャイムが鳴り、背の高い男が1人、既に この家の合鍵を持ってでもいるのか、2人が言い争うリビングまで勝手に入り込んで来た。
「―こんばんは、マドモアゼル、賑やかですね―?」
―少々気障な挨拶とともに、被っていた白いパナマ帽を手に取り 恭しく一礼した若い男の、艶やかに伸びたストレートの銀の髪が、肩の上で揺れて光る。
彼がキリヤからはジロー様と呼ばれていることを、七歩は既に知っている―。更に言えば、七生が人形の姿に変えられて、今も2階の広間のアンティークチェアに縛りつけられていることも、七歩には先刻承知のことである。それを敢えて知らないふりで、七生の居場所を尋ねたのは、「知っている」ことを悟られない為の要するにカムフラージュだ―。
「―ジロー様―! お出迎えもせず申し訳ありません―、」
「―かまいませんよ―。私こそ、お邪魔だったのでは?」
「―とんでもありません―! ―さ、七歩、とっとと席を外してちょうだい―、」
「…しょうがないなぁ、じゃ、ワンも行こ! 行くよ、ワン!」
七歩が声をかけたのは、4カ月前、橋の下に捨てられていたのを、七生と一緒に見つけて拾ってきた子犬である。薄茶のフワフワの長い毛の、ポメラニアン系の雑種と思しきワンは、リビングの出窓から、モフモフの尻尾を振りながら外を眺めていたが、七歩に呼ばれると すぐさま彼女に駆け寄った。ネイビーの半ズボンに水色のニーハイソックスを履いた七歩の足に、ワンは嬉しそうに纏わりつきながら、前になり後ろになりして、共にリビングを後にした。
七歩はワンと1階奥のキッチンに向かい、両手を塞いでいた2つの弁当を ひとまずテーブルの上に置くと、戸棚の上に置いてあるリードを手にし、ワンをテーブルの足に繋いだ。ドッグフードを満たしたフードボウルを そのワンの前に置き、人差し指を口に当てて、七歩は小声で言い聞かせる。
「―ワンは ここで食べててね? 私を追いかけて来ちゃダメだよ、」
そして七歩は足音を忍ばせてリビングの扉の手前まで取って返すと、壁に身を寄せ片膝を立てて座り、息を潜ませて部屋の中の2人の会話に耳を澄ませる体勢に入った。
七歩の言うことを聞き分けはするものの、土台甘えん坊のワンは、やはり時折 七歩を呼ぶように吠えるが、キッチンから聞こえるその声は、あたかも七歩もそこに居て、ワンとじゃれあっているように思わせる、七歩の偽装工作を助けるものになる。
過去3カ月の試行錯誤を経て七歩が体得した、これが最も彼らに気づかれ難い盗み聞きの方法である。―1度は盗聴器を仕掛けたこともあったが、それは最短で即バレした試みに終わった。彼らはヒトの気配より、機械の――ひいては金属の気配を察知することに恐ろしく長けているようなのだ。
そうした感覚の歪さは、彼らの正体が元々は目も耳も鼻も口も待たない『モノ』であることからきていると七歩は睨んでいる。
―おそらく 彼らは本来 何がしかの『モノ』なのだ―
―それが何らかの不思議な力で『ヒト』の姿となった存在―
―全く荒唐無稽な話ではあるが、現段階で七歩は彼らのことを そのように捉えている。
―優れた『モノ』、重宝された『モノ』には、『モノ』といえども『魂』が宿る―
いつか七生と2人、祖父からそう聞かされたことがある。
祖父が商う価値のある『モノ』とは えてして そういうもので、そうした『モノ』に宿る、目には見えない何かしらを いずれ見極められる『ヒト』に育ってほしいと願い、祖父は そんな話を2人にした。
それは あくまで『ヒト』に対して有益な、好ましい『魂』を指すものと理解していた七歩だが、今 扉の向こうに集った彼らに宿る『魂』とは果たして如何様なものか―?
この3カ月を振り返れば―、時折 大切な弟の『自由』を 人形の姿に変えることで奪ったり、密かに蔵に連れ込んだ人間を様々な『モノ』に変え、売り飛ばしていると思われる連中である―。まず『ヒト』に対して友好的な態度とは言えそうもないし、そういう連中であるからこそ、こちらにも、工夫を凝らして盗み聞きをする必要が生じたというものだ。
彼らが『物』であることを裏付ける証拠として もう一つ、彼らは殆ど飲食を必要としないらしいことが挙げられる。現に今も、茶菓の1つを振る舞うでもなく、キリヤとジローの会談は、何も置かれていないガラステーブルを挟んで始まったようだ。
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