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X-it《エグジット》人をモノに変え、モノを人に変える、相反する力を巡る神々と人々の攻防  作者: 向愛 水哉
第1章 The X-axis

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約束・4

 優しく撫でてくれるような(りく)の声音に励まされ、(らん)は涙を(こら)え、しゃくりあげながらも、ポツリポツリと これまでの いきさつと、昨日あったことを陸に語った。


 ―気づけば自分しか覚えていなかったクラスメイトと、その彼の家を 思い切って訪ねた先に見つけた、彼に よく似た縛られた人形―


 これを聞いた陸は、最初に認めた蘭の目元の腫れが、その昨日の出来事により、昨夜 流した涙の痕跡だったのだと理解した。そして、自分が みすみす あの〈七生(ななお)〉を〈キリヤ〉に引き渡したせいで、彼が何とも酷い目に遭っているのかもしれないということも―。


 陸は 改めて 校庭に散らばっている5年1組の生徒たちに目を向けてみた。彼らは親しい者同士数人ずつ集まって、課題そっちのけで走り回ったり、スケッチの為に花壇の周りに陣取ったりしている。今が楽しい時間なのは、部外者の陸にも分かる。


 思い返せば 人懐こく、小さな社交家であった この少女が、今その時に 独りぼっちで、誰も寄りつかない校庭の隅に隠れるようにやって来た、その心情を思うと、陸の胸はひどく痛んだ。


 今の彼女を悲しませているのは、誰からも信じてもらえそうにない難問に遭遇したことと、それ故の孤独なのだろうと陸は思う。そういう痛みは過去 彼も また、幾度となく経験してきた。

だからこそ―


 「―なにも 泣くことはないよ、蘭ちゃん―、」


陸は穏やかに語りかけた。


「―僕は蘭ちゃんが嘘をついてるとは思わないし、今の話は全部ほんとだって信じるよ―だって ほら、僕は こうして その子の名札を拾ったわけだしさ…、」


言われた蘭は、今も涙で潤む目を 大きく見開いて陸に向けた。


「―実は僕も、この名札を拾ったのには ちょっと不思議な経緯があってね…、僕も昨夜は ちょっと戸惑ってた…。でも今 君の話を聞いて、少し安心したんだ、どうやら不思議な出来事に巻き込まれたのは、僕だけじゃないらしいってね―。蘭ちゃんも一緒なら、心強いって思えたけど、蘭ちゃんは? 僕がついてる…って言っても、やっぱり心細いかな…?」


蘭は ゆっくりと首を横に振る。


「―昨日は一人でも、今日は2人になったんだよ、〈七生〉くんを知ってる人は―。今はクラスで君一人でも、こんな風に 少しずつ、分かってくれる誰かを見つけていけたらいいんじゃないかな…? 蘭ちゃんは、そういうのが得意な子だって僕は知ってるよ―、」


「…私って そうかな…?」


「―そう思うよ―。…まぁ、『自分だけ』とか『自分きり』っていうのも、考えようによっては悪いことじゃないけどね―。それに、こういう不思議に巡り合えるのも中々珍しい事だよね? 面白いって思わないかい―?」


「―でも先生―、私、七生くんを早く助けてあげたいんです―!」


真剣そのものという表情で、蘭は陸に訴えた。


「―勿論 そうだね。だから それは 僕に任せてくれないかな―?」

「―先生に―?」


蘭には思いもよらない陸の申し出だったのかもしれない。驚きを隠せない表情で彼女は問い返す。


「―そうだよ。こういう問題をなんとかするのが『大人』っていうものだからね―。とりあえず、その子の住所って教えてもらえるかな?」


 ―住所を知ることが、大人だからということが、この〈七生〉少年の救出に関して あまり役には立たなそうなことは、言っている陸にも分かりきっている。しかし それでも彼は 今 目の前で途方に暮れている かつての教え子を このままにしておくことは出来なかった―。


 ―嘘も方便 なのである―


 悠然と佇む陸の微笑みに、過去 彼が奏でた魔法のようなトレモロの響きが 耳の奥で鮮やかに蘇り、蘭も また、この青年が 信頼に値する己の師だったことを思い出した。


「―ごめんなさい、番地とかまでは分からなくて…、簡単な地図で良ければ描きます―、」


蘭は そう言うと、ものの数分で目印になる建物との位置関係を示した地図をノートに描いた。それを手渡せそうな場所を二人で探して移動し、蘭は そのページを切り離そうとしたが、陸は一旦それを制し、


「―ちょっと待って。その鉛筆を借りても良いかな? ノートは そのまま広げて持ってて?」

蘭が言われた通りにすると、陸は柵の間から伸ばした左手で、既に慣れた手つきで以て、そのページの余白に11桁の数字を並べて書いた。


「―これ、僕の新しい連絡先だから―、〈七生〉くんのこととか、他にも何か困ったことがあったら電話して? ショートメールでも良いし―」

「―先生…、―ありがとうございます―…!」


 およそ2年前、念入りなことに 電話からメールの果てまで、それまでの総ての連絡先を捨て去って、自分の前から消えた人が、再び こうして繋がってくれた―。

そのことで、先ほどまでの心細さが自分の中で嘘のように消えていくのを感じる蘭だった。


 少し元気が戻った蘭は、ノートに描いた地図の部分だけ器用に切り取り陸に渡した。

しかし陸の手に渡ったところで肝心なことを書き忘れたことに気づき、蘭は慌てて説明を加える。


「―先生、七生くんの名字は、〈ひえぬき〉って読むんです! 万城目屋さんは質屋さんで、

大きな看板が出てるから、すぐに分かると思います―!」


豈図(あにはか)らんや、パズルの最後のピースは ここで()まった―。


 ―〈七生〉の家は、質屋なのだ―


 彼を解放する為に、自分が立ち向かうべき相手は、やはり『神』と名のつく例の噂の主で 間違いないらしいと分かったが、不思議と心は()いでいて、昨夜までのような気後(きおく)れは、一切湧かない陸だった。


「―ありがとう、蘭ちゃん―、なるべく早く この〈七生〉くんの家を訪ねてみるよ―」

「―先生、…ほんとうに いいんですか? こんな お願いしても…?」

「―もちろん―。約束するよ、必ず僕が なんとかする―」


 無論 今の陸は『神』に抗えるような特別な力も魔法も持たない。それでも凛然(りんぜん)と彼女とこんな約束を交わしたのは、あるいは それが、中途で放り出してしまった教え子に対する、せめてもの罪滅ぼしのように思えたからなのかもしれない―。


「―だから七生くんのことは ひとまず僕に任せてさ、蘭ちゃんは、こんなところで いじけてないで、みんなのところに戻りなよ―?」

「―わたし いじけてなんか―!」


ムキになって反論しようとした蘭だが、そこで何かに気づいた陸が、彼女の後方を指差して、そちらを見るように促した。


 蘭が振り向くと、そこには躊躇(ためら)いがちに近づいて来る美織(みおり)の姿があった。


 続いて2人3人と、蘭に近づいてくる人影を認めて、陸は 静かに その場から身を退いた。


「―蘭ちゃん、良かったら 観察スケッチ一緒に描かない…?」


少し恥ずかしそうに美織が誘ってきた。


「―え? いいの?」

「―もちろん…! 朱音(あかね)ちゃんがね、裏門の方で とっても可愛いお花みつけたんだ…、だから…、…昨日は ごめんね…、蘭ちゃんのこと、ひとりぼっちにして…、」


そう語る美織もまた、今の今まで蘭と同じように、寂しい気持ちでいたのかもしれない。


「―ううん! 私こそ ごめんね、なんだか意地になっちゃって…、」


「―あ~、もう、昨日のことなんだから いいじゃん! 早く行こ! たぶん 雑草なんだけど、すっごく可愛い花なんだ、蘭ちゃんも きっと気に入るよ、」


いつの間にか やって来た朱音が、あっさり仲直りを決定してしまい、蘭と美織は顔を見合わせて微笑み合った。


「―ところで蘭ちゃん、さっきまで そこで蘭ちゃんと話してた人、誰ですか―? 遠目にも中々のイケメンの気配を感じましたが…、」


遅れて来たわりに しっかり状況を観察していた小春(こはる)が尋ねてくる。


「―連城(れんじょう)先生よ―、前に私にピアノを教えてくれてた先生なの、」


「―なんと…!! あんなイケメンに―? それなら 私も習いたいかもです、ピアノ…!」

「―だよねだよね? 私も思ったー!!」


小春と朱音は興奮気味に蘭に詰め寄ったが、


「―連城先生は、2年くらい前に、大変な怪我をしてしまって、今は もうピアノは弾けないの―。だから、連城先生にとって、私は最初で最後の教え子だったりするんだよね~、実は―!」


蘭は笑顔でドヤって見せた。


「え~、なんか、先生は気の毒だけど、蘭ちゃんは ちょっとイイなぁ、それ~!」


 遠ざかっていく蘭たちが、何を話しているかまでは 陸の耳には届いていない。それでも どうやら 彼女が笑顔で友人の輪に戻ったことに安堵して、彼は再び前を向いて歩き始めた。


 ―見上げれば、空は いつの間にか すっかり晴れ渡っていて、久しぶりの青空が顔を覗かせている。


―まずは昨夜の夏美(なつみ)との約束である―。

残りの買い物を済ませる為、陸は足早に駅へと向かった。


ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。

貴方様の1PVが、筆者に力を与えてくださいます。

引き続き、明日も お楽しみいただけましたら幸いです。

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