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X-it《エグジット》人をモノに変え、モノを人に変える、相反する力を巡る神々と人々の攻防  作者: 向愛 水哉
第1章 The X-axis

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約束・2

 翌朝 (りく)は昨夜の宣言通り 夏美(なつみ)と同じ時間に起き、しかし あくまで彼女の身支度の邪魔にならないよう控え目に出掛ける準備を進め、彼女を仕事に送り出した20分後に自身も家を出て、まず最優先すべきと判断した ビターチョコレートケーキの入手に向かった。


 昨日までの梅雨空よりは 少し程度の良い薄曇りの日で、傘の出番は無さそうと語った天気予報を信じ、運動不足の解消がてら、彼は2往復するつもりだった。何しろ左手で傘をさしてしまえば、荷物を持つのに些か難儀する陸である。荷物を背負うという手段もあるが、雨が降り続く梅雨に入り、いきおい外出を避ける日が続いていた。


 今日は時折薄日も射して、歩くには好日とばかりに、クチナシの花の匂いを微かに感じながら、まさにアンダンテの速さで大通りから裏道を抜け、目指すスィーツ店の開店前の行列に、陸は7番目に並ぶことが出来た。この1往復で1万歩。


 首尾よく お目当てのケーキを手に入れ、冷蔵庫の目につく場所に それを収め、夏美を喜ばせる準備は完了した。開けたついでに冷蔵庫から浄水ポットを取り出して、水分補給を済ませると、あまり間を置かず陸は再び外へ出た。


 東京生まれで東京育ちの陸ではあるが、小中高と 近隣の区で育ったので、問題の籠目第3小学校を訪れるのは初めてである。

 

 案の定、児童の登校が済んだ この時間には、正門は閉められていたが、その脇の守衛所に警備員が常駐しており、拾った名札を届けに来たと申し出ると、陸は思いがけず丁寧な応対を受けた。


「―これ、珍しい名字ですよね? たしか『ひえぬき』って読むそうなんですよ。私も ここに着任したての時教えてもらったんですけどね、ちょっとお待ちください。一応 在籍する児童のものか確認しますから―、」


 頭髪に白いものが混じった恰幅の良い初老の警備員は、そう言って にこやかに手元の名簿をめくり始めたが、段々に何かを訝しむような表情になり、終いには受話器を取り、職員室の事務員に問い合わせを始めたようだった。受話器の向こうでは、職員室に居合わせた数名が、警備員からの質問に対して意見を出し合っているようで、答えが出るまでには 何故か しばらくの時間がかかった。


「―はい、はい、…そうですか…。―わかりました。お忙しいところ すみません、はい、失礼します―」


 事務員の返答までは聞き取れなかった陸だが、さっきまでと打って変わった警備員の様子を見れば、結論には察しがつく。


「…すみません、確認しましたが、このクラスに現在こういう名前の児童はいないそうです…。…や、でも、自分は見覚えあるんですけどねぇ…? 学年主任の先生が 居ないと言うからには居ないのかなぁ…、…こちら、昨日拾われたとおっしゃいましたっけ―?」


 職員室からの回答に 不満ありげな表情で、警備員は陸に尋ねてきた。


「―はい、」

「―わざわざ お持ちいただいたのに恐縮ですが、本校に持ち主はいないようですので、これは こちらで処分してもよろしいですか?」


 人の好さそうな警備員は 親切心から申し出たのかもしれないが、降って湧いた謎を解く為の 唯一の手がかりとなりそうなそれを ここで捨てられる訳にはいかない―


 ―『|七生(ななお)』が「居ない」という回答と、それが出て来るまでにかかった時間を、『質屋神(しちやがみ)』の話を踏まえて考えれば、これは逆に『七生』が実際には「居る」ことの証左であるかもしれないのだ―。


「…ええ、でも、在校生のものでないなら、お返しいただけますか? 何か必要があって作られたものかもしれないので、警察に届けてみようと思います―、」


「…―何かのイタズラで こさえたモノかもしれませんけどねぇ…?」

 …なにもそこまで…とでも言いたげな顔で警備員は そう言った。


―たしかに 拾った名札ひとつの為に そこまでするのは不自然かもしれないが、


「―わかりませんよ? 何かの撮影用の小道具だったりするかもしれませんし、卒業生の思い出の品という可能性もありますよね?」


「…なるほど、たしかに―、そういうこともありますかねぇ…! このご時世…。

 ―では こちらについては お任せしてもよろしいですか―?」


こうして なんとか警備員を言いくるめ、陸は その手に名札を取り戻すと、手間をかけた礼を警備員に告げ、その場を後にした。


鉄柵で囲われた校庭脇の道を とぼとぼ歩きながら、


(警察に届けるのも考えものかもしれないな…、)


と 陸は思った。拾得物(しゅうとくぶつ)として届けるということは、この名札を手放すということに他ならない。


 この不思議な出来事の証拠品を、世間一般の名札の落とし物として警察に渡したところで、拾得物に対する警察の対応としては、この名札の示す この小学校に問い合わせることが予想され、結果 自分と同様 児童不在の回答を受け、持ち主の『七生』が現れない限り、遅かれ早かれ名札は処分されるのが関の山だ。


 折角 先ほど その危機を免れたのに、わざわざ同じ過ちを繰り返すこともない。この名札は、このまま自分が持ち帰るべきだという結論に、陸は辿り着いた。


 そもそも 学校側の認識がどうであれ、あの『七生』が無事 人間として存在し、この名札を失くしたことに気づいたなら、これを探して訪ねるのは警察などでなく、あの夏美のマンションかもしれない。


 結局このまま待つのが良いという結論に、昨夜あんなに思案を重ねた自分が滑稽に思え、陸は フッと自嘲のため息を漏らす。その彼の耳に男の子の威勢の良い声が聞こえてきて、振り返って見ると、昇降口から ちょうど1クラス分くらいの子供たちが 先生に率いられて出て来たところだった。


(―屋外学習かな―?)


 子供たちは手にノートと筆記具を持ち、三々五々校庭に散らばって行く。所々で賑やかな歓声が上がる その微笑ましい光景を、遠巻きに つい食い入るように見つめてしまったのは、その子供たちが この問題の『七生』と同じ、高学年の5・6年生くらいに見える背格好の一団だったからだ。


 あの中の誰か一人とでも話が出来ないものか、陸は少しでも彼らに近付けそうな場所を見つけようと、視界を遮る記念樹の脇を行ったり来たりしながら 子供たちの動向を探ろうとした。すると、


「―連城(れんじょう)先生―?」


不意に斜め後方から、そんな彼に声をかける者が現れた。


ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。

貴方様の1PVが 筆者に力を お与えくださいます。

引き続き、明日も お楽しみいただけましたら幸いです。

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