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X-it《エグジット》人をモノに変え、モノを人に変える、相反する力を巡る神々と人々の攻防  作者: 向愛 水哉
第1章 The X-axis

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夢の中のトモダチ・4

いかにも神妙な面持ちでキリヤは語り続ける。


「夜になるとね、その中に封印された呪わしい魂が抜け出して、何も知らない純真無垢な子供の夢の中に人間の子供の姿で現れるの―。そして その夢の主の子供に、自分はトモダチだと思いこませるのよ―。それを信じた その子供が、こうして自分の本体の その人形のところに来てくれたならしめたもの― やって来たその子の魂を抜き取って、あちら側の世界に連れて行ってしまうのよ―。

 

―これは そういう呪いの人形―。


だから こうして封印しているの。その紐を解く訳にはいかないのよ―。

―あなたもお人形みたいに可愛らしいから、狙われてしまったのね―?

…こんな話、きっと あなたが聞いたら怖がると思うからしたくなかったけど、あなたが悪いのよ? あんまり しつこいから…、」



「…夢だったって言うんですか…? 七生(ななお)くんと一緒にいた時間が…?」


「―そうよ―。だって、あなた以外にいるのかしら? この家に、『ななお』なんていう子供がいるなんて ありもしないことを言い張る子が―?」


 ここでもまた図星を突かれ、(らん)は愕然とした。


 確かにここには『ななお』なんて「いない」と言う友人達の制止を振り切って来たのだ。けれども それでも蘭には まだ、目の前の この人形が、助けを求める『七生』に思えてしょうがなかった。


 むしろ 蘭の知るおとぎ話なら、今 自分を追い帰そうとしている この女こそ彼を人形に変えた張本人の魔女で、自分は最後まで七生を信じ、彼を解放するという、誰にも味方をされなくても湧き上がる この使命感のまま振る舞うほうが正しく思えた。


「―でも お姉さん、そんな紐で縛っていても、私は ここまで呼ばれて来てしまったから、その『封印』は効いてないんだと思います。―そうよ、きっと こんな風に縛ってるから、逆に苦しくて寂しくて、誰かを呼んでしまうんだわ―。

―私、この紐 ほどいてあげて良いですか―?」


「―なにバカなこと言ってるの―? そんなことしたら、あなた本当に 向うの世界に連れて行かれてしまうわよ―? 自分が どうなってもいいの―!?」


 蘭の申し出に 案の定キリヤは血相変えて反駁してくる。


自分が どうなるか分からないのは確かに恐ろしい―しかし それ以上に七生を助けたい、強い気持ちが蘭の中から消えることは無かった―。


蘭の身を案じる風の脅し文句になど惑わされまいと、蘭は その手を人形のほうに伸ばした その時―


(―逃げて―)


 どこからともなく、聞き覚えのある声が 蘭の中で響いた。

その声が誰の声だったかを思い出した蘭は見る間に蒼褪め、よろよろと縛られた人形から後ずさると、許しを請うように振り向いてキリヤに言った。


「…ごめんなさい…、やっぱり このまま…。…私、どうかしてました。もう帰ります…。」


いつの間にか蘭との距離を詰め、彼女の間近に迫っていたキリヤは、突然の蘭の心変わりに面喰ったものの、


「…そう…? 今度こそ分かってくれたのね? ならいいわ、気が変わらないうちに行きましょう?」


そう言って にこやかに蘭の背を押し、框戸(かまちど)の外へと彼女を導いた。


 夕闇が一段と濃くなった部屋の隅で、湿った暗がりに呑みこまれていくような男の子の人形を、蘭は去り際もう一度振り返って見た。人形の少年は言葉もなく ただ静かに、泣きそうな顔で部屋を出て行く蘭の身を案じ、見守ってくれているかのようだった。キリヤの手で扉は閉められ、部屋の内と外に分け隔てられた蘭と人形の上に、重苦しい沈黙が覆い被さっていく―。


 先刻 蘭の中で響いた声は、蘭の知る七生のものだった―。


―蘭は思う、あの声の主が あの人形であるならば 人形は やはり七生に間違いなく、蘭の救いの手を遮り、(逃げて)と言ってきたからには、子供の魂を抜き取るような、呪わしい存在でないことも明らかだ―。


―邪悪なのは やはり むしろ この―


―人形の裡に囚われた七生が、自分の苦境も省みず、知らぬ間に蘭の背後に迫っていることを教えてくれた、その油断のならない、得体の知れない存在―


―現に今も 苛立ちを隠さない大きな靴音で、一刻も早く 蘭を ここから追い出そうと 脇目も振らせず追い立てて来る、この意地の悪い女の人のほうだろうと蘭は思う。


 もし あの不思議な声に止められず、人形の縄を解くことに夢中になっていたら、蘭を無事に帰さなかったのは、きっと この人のほう―。


 結局 七生に危険を知らされこそすれ、蘭は その七生の為に何もしてあげられなかった―。そのことが ひどく彼女を悲しませる。


 玄関で、自分が脱ぎ捨てた靴を揃える為に屈んだ蘭は、最後の足掻きで、 もう一人 今この家に居てもいいはずの七歩(かずほ)の気配を探ろうと背後に視線を向けたが、そこには厳然とキリヤが立ち塞がっており、蘭は早々に それを諦めるほかなかった。


『―さようなら―。もう二度とここに来ちゃだめよ―?』

取り付く島もないキリヤの最後通告に背中を押され、蘭は万城目家(ひえぬきけ)のドアを閉めた。


―油断すると涙が零れ落ちそうになる―。


 友達が止めるのも聞かず、黙って他人の家に入ってまで、会いたかった七生に会えなかっただけでなく、その存在を根底から否定する魔女のような人物と、あたかも七生が魔法にかけられてしまったかのような姿をした人形―。


 これを知っているのは ここに1人飛び込んで来た自分だけで、こんな話、結局一緒に ここに来てくれさえしなかった友人達に語ったところで信じてもらえる筈もない―。


状況は絶望的なのだと思い知り、蘭はよろよろと店舗脇の扉を目指して歩いた。


そんな蘭の姿を、万城目家のリビングの窓から密かに見送る一人の少女がいた。

七歩(かずほ)である。


「ごめんね、蘭ちゃん…、」


そんな微かな呟きが、去って行く蘭に届くはずもない。正直なところ、七歩にとっても、蘭は少々苦手な存在だ―。


 しかし七生を案じ、この家に単身乗り込んで来た彼女がキリヤに追い出されるまで、睨みを利かすキリヤの手前、なんの手助けもしてやれなかった自分のふがいなさを、七歩は詫びずにいられなかった。

 そして今なお、何かの拷問のように椅子に縛り付けられた「七生」を、解き放つことすら出来ない自分を省みては、胸を痛める七歩なのだ―。


 おぼつかない足取りで庭を横切り、外へと繋がる扉を押し開くと、蘭の耳に いつもと変わらない街の喧騒が飛び込んで来た―。


一歩(いっぽ)外に出てしまえば、まるで何事もなかったかのように―。


 ―自分は ほんとうに夢を見ていたんだろうか―?

一瞬(いっしゅん)駆られたそんな疑念を振り払い、蘭は再び歩き出した。


 結論として、今日の この黄昏時の出来事もまた、蘭の中の七生に対する想いを遂に変えることはないのだ。友達に何を言われても、あのキリヤが何を囁こうと、蘭の中で、七生は間違いなく存在する「人間」だという信念は揺るがない―。だからこそ尚、一刻も早く彼を救いたいという願いと、自分には何も出来ない無力感に彼女は挟まれ打ちひしがれた。


 (―どうして こんなことに―?)


 答えを探すように見上げた空には、沈んでいく太陽が、分厚い灰色の雲の隙間を縫うように、細切れの夕焼けを描いている。その細く差し込むオレンジ色の光に何か勇気を与えられ、宵闇が迫る街を1人、―自分には自分を待つ賑やかな家族がいる― その幸いに心を奮い立たせ、今なお零れ落ちそうになる涙をこらえながら、蘭は小走りで家路を急いだ。


それでも この日の出来事は、その温かい家族でさえも にわかには信じなさそうな不思議であった。

 

 ところで、自分は何の役にも立たなかったと嘆いている蘭ではあるが、実は まったくそうだったという訳でもない―。


 蘭がキリヤと2階の広間でやりとりをしていた最中、万城目家(ひえぬきけ)にかかってきた1本の電話があり、リビングで息を潜めて2人の様子を窺っていた七歩が、キリヤに邪魔されることなく、それに応対することが出来たのである。


 その電話が どこの誰からの如何なる用件だったかについては、また改めて―。


ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。引き続き、明日もお楽しみいただけましたら幸いです。

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