夢の中のトモダチ・3
―もちろん、蘭の知る七生はれっきとした人間であり、断じて人形などではない―。
けれど蘭には分かるのだ、これこそが七生なのだと―、今日ここに辿り着くまで、不思議な力で ずっと自分を呼び寄せていたのは、おそらく この人形の中に封じられている七生なのだと―。
しかし では何故 彼は こんな目に―?
彼女が知る限り、ただ家族思いの優しい少年でしかない七生を何故、たとえ人形の姿ではあっても、見るからに惨たらしい こんな酷い目に遭わせなければならないのか? 一体誰が何の為に こんなことを―? 蘭には皆目見当が付かない。
どれほどの時間を この人形は ここでこうしていたのか、柔らかそうでもあり硬そうにも見える その剥き出しの腕には、背もたれの彫刻の尖った角があてがわれ、キツく結わえられているせいで、今にも表面が削れそうだ。一刻も早く この禍々しい縛めを解かなければ…、と蘭は思い立ち、彼に更に歩み寄った その時、
「―そこで何をしているの―!?」
金属的な冷たい響きを持つ声で、彼女を鋭く咎める者が、開け放ったドアを背に現れた。
―キリヤである―。
「―見かけない子ね―。どこの子かしら―? ―見ず知らずの余所の人の家に、勝手に黙って入っちゃダメって、学校で教わらなかったの―?」
蔑むような眼と嘲るような口調で、キリヤは蘭に正論を振りかざしてきた。
「―あの…! ごめんなさい、チャイムを鳴らしても誰も出て来なくて…、でも鍵が開いていたから…、―ここ、万城目七生くんの家ですよね? 私 同じクラスの二階堂蘭です!
七生くん、ずっと学校に来ないから心配で来てみました―! 七生くんに会いたいんですけど、どこにいますか?」
対する蘭も、全身から意地悪が滲み出ているキリヤに気後れすることなく、この事態を想定し、用意していた申し開きを淀みなくやってのけた。
「―ななお―? 誰それ? そんな子この家にはいないわよ―」
「―え? そんな…!? ここは万城目屋さんですよね? 私 前に一度来た事があるんです、七生くんには双子のお姉ちゃんの七歩ちゃんだっていて―」
「―知らないわ―。あなた何か勘違いをしてるんじゃないかしら―? この家には子供なんて1人もいないわよ―?」
「―そんな…! …あなた私に嘘ついてませんか? そもそも あなた誰なんですか?
万城目屋さんのお家の人? ―それとも お店の人ですか―?」
ヘビのような眼差しで蘭を品定めするように眺め回す目の前の女は、七生の母とも姉ともつかない年格好に見える。蘭は多少怖気づきながらも、その疑問を素直にぶつけた。
「―私は3カ月前から この店の管理を任されている者よ。それ以前に ここに誰が住んでたかなんて知らないわ―」
「―大人なのに、ずいぶん無責任なこと言うんですね? なんだか とっても都合のいい言い訳みたい。」
蘭はクラスの中でも賢いほうの女の子だ。その蘭の感覚では、どんな事情があったにせよ、店の管理を任された人間が、その前任者について何も知らないというのは至極不自然なことに思えたのだ。
「―生意気なことを言うのね―? そういう あなたはどうなの―? 見ず知らずの他人の家に留守中勝手に上がり込んで、めぼしいモノを物色して、盗み出して、万一 家主と鉢合わせたら、ここは仲の良いトモダチの家だと思って間違って入りましたって言い訳するのは使い慣れた手口なのかしら―? 子供のくせに、おそろしいこと―」
前述のように、蘭は賢く、かつ品行方正な優等生の部類に入る。それ故ここまで面と向かって泥棒扱いを受けるような辱めには慣れていない。一瞬眩暈を覚えるような戸惑いにノドが塞がり、言葉が詰まった蘭にキリヤが畳みかかける。
「―そうでないなら さっさと出て行きなさい―! 今 あなたがしてることは、傍から見れば そう思われても仕方のないことよ―? もし私が ここで警察を呼んで、あなたのしたことが学校の先生や家族に知られたら困るでしょう―? これ以上、気味の悪い思い込みで 大人に向かって生意気言ってないで、今すぐ ここから出て行きなさい―! 私は優しいから、それなら見逃してあげても良いって言ってるの―」
そもそも勝手に入ってきた後ろめたさは抱えていた蘭である。ここに親や先生や警察を持ち出されたのでは堪らない。この人の言う通り、冷静に考えれば、自分はすぐにもここを出て行くべきだというのは分かる。しかし それでも、今の蘭には このまま引き下がるわけにはいかない心残りがあった。
「…わかりました、帰ります。…おうち、間違ったみたいでごめんなさい…。」
うつむいて、小さな声で蘭はお詫びを言った。
「―そう? わかってくれたならいいわ―。玄関まで送るわね。行きましょう?」
満足したように蘭を促すキリヤに、
「―でも ひとつだけ―、気になることがあるんです―!」
再び顔をあげ、部屋の隅を指差し、大きな声で蘭は訴えた。
「―あの お人形―…!
…どうして あんな風にしてるんですか…?
―あの紐、ほどいてあげてくれませんか―? …あんな可愛いお人形なのに、
―あれじゃ お人形が かわいそう―!」
きっぱりと言い切って、蘭はキリヤを睨みつけた。
蘭の もっともな言い分に、一瞬気色ばんだキリヤだったが、その苛立ちを噛み殺すような笑みを唇に浮かべ、先程までとは打って変わった優しい口調で諭すように語り始めた。
「―お人形が可哀想―…? そう、優しいお嬢さんなのね…。
でも良かったわ―、私が気づいて止めてあげて―。
あなた もしかして、その人形に呼ばれてここに来たんじゃない?」
―図星を指されたように感じた蘭は、思わず息を呑む―。
「―その人形はね、そういう人形なのよ―。」
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