夢の中のトモダチ・2
今から2年前のその時は、あまり仲良しでもない「七歩ちゃん」のお宅訪問ということで、気まずさと緊張の中で呼び鈴を押した。
応対に出てきた七歩と似た顔をした男の子こそが、その日体調不良で休んだはずの七生だった。蘭が届けにきた学校からのお知らせには、隣のクラスの七生の分も含まれており、(実はズル休みだったんだよね…)と、ポロッと漏らした七生は、申し訳なさそうに蘭を迎え入れた。
その日は寒い日で、ここに辿り着くまで すっかり冷たくなった蘭の手を温める為、七生はココアを淹れてくれた。
七歩が学校を休んだのは定期的な検査を受けるためで、その検査の日は決まって母が慌ただしく、七歩の付添いも、遅く帰ってからの夕飯の準備も総て母が1人でこなすことになっており、見ていて七生は気の毒になってしまうのだと語った。
険悪というほど家族仲が悪い訳ではないのだが、こと七歩の看病に関しては、父も祖父も祖母も非協力的なのだという。反面 父も母も祖父も祖母も、七生が看護を必要とする時には こぞって献身を惜しまなかった。
―怪我とか病気とか、ひとつも許されない感じなんだよね、僕のほうは―
おどけるように七生は言ったが、その目は笑っていなかった。きっと長くは生きられない七歩の代わりに――おそらく いずれ1人になってしまう、この家の跡取りを失わないように――とでも思うのか、この家の大人たちが自分に向ける眼差しの重さに、時折耐えられないほど窮屈な息苦しさを感じるのだと七生は語った。
その言葉に、生まれつき心臓が弱いという七歩の病状は、クラスに伝わる噂以上には重いのだということを蘭は悟った。
この日彼が、学校を休む七歩が羨ましいと無邪気に訴え、母からズル休みの容認を得たのは、そろそろ病院から帰って来る その母と姉、そして仕事と趣味の集まりから帰って来る父と祖父母に、最近作り方を覚えたサラダチキンを振る舞う為だと打ち明けた七生の、その同い年の男の子とは思えない大人びた微笑みに、蘭の胸はひどく疼いた。
帰り際、「ずる休みの口止め料」として七生がくれた、小さなガラスの小瓶入りの色とりどりの金平糖は、今も封を開けないままに、机の引出し奥深く、大切な宝物のようにしまってある。勿論、その金平糖を貰わずとも、このズル休みの事実を告げ口するような蘭ではなかったし、5年生になって数日同じクラスで過ごした七生は、この日に見せた翳りなど教室の中では一切感じさせない、優しげな少年だった。
そんな彼が、4月の半ば以降、まったく教室に姿を見せなくなった。その彼について、不思議に思う者は自分以外誰もいない―。それが万城目七生に対する二階堂蘭の、今現在の認識である。七生の安否を思うと、蘭の胸はざわついたが、それを抑え、彼女は およそ2年ぶりに、再び万城目家の呼び鈴を鳴らした―。
「―ごめんください―!」
呼び鈴を押してしばらく待っても応答が無く、玄関先で声を上げ呼びかけてみたが返事も無い―。
(―お留守なのかな…?)
店のほうは閉まっていたし、もしかすると家族で出かけているのかもしれない―。それでも蘭は、もう一度
「―ごめんください―!」
と言いながら、今度はドアノブに手をかけてみた。すると…
(ガチャッ)とドアノブが鳴り、思いがけずドアが開いた。鍵はかかっていなかったのだ。
開いたドアの外側に立ち、中の様子を窺いながら、再度
「ごめんください―!」
と声を張り上げた蘭だったが、玄関から奥へと続く長い廊下の薄暗がりの中へ その声はただ吸い込まれていき、規則正しく並ぶドアの中から、彼女を出迎える者もついに現れなかった。
こんな時、普段の蘭なら勝手に他人の家に入り込むような不作法は決してしないのだが、この日ばかりは事情が違った。
「―お邪魔します―!」
小声で勢いよくそう言って、蘭は後ろ手に玄関のドアを閉めると、脱いだ靴を揃えもせず、音を立てないように、足早に目の前の階段を駆け上がった。まるで、なにかに導かれるように、一目散に。
―そう、この時の蘭には確信があった―。
―ずっと「気配」を感じていた―。
(―七生くんが、私を呼んでる―)
そんな不思議な感覚に突き動かされ、無断で余所の家に入り込むという悪事を働いた蘭は、しかし ここが大切な友達の家だということをよすがとして、勇気を奮い、
(―ここだ―!)
と感じた2階の奥の、重いオークの框戸を開いた。
そこは20畳はある、がらんとした広い洋間で、西日が傾き影が濃くなっていく部屋の奥の壁に、本棚や飾り棚がひしめき合うように並んでいた。その1つの本棚の前に置かれた1つの椅子――こちらを向いて、そこに座る小さな人影こそ七生ではないか―? 照明も冷房もついていない、暗く蒸し暑い空気の中、椅子に歩み寄った蘭だったが、次の瞬間彼女は息を呑んだ―。
そこに座っていたのは人形だった―。
それも ただ座っているのではない、彫刻を施された固そうな棒が並ぶ背もたれに押し付けられ、赤いロープを見るからにキツく幾重にも巻かれ、雁字搦めに縛られているのだ。
もの言わぬ人形の瞳は透き通ったガラス玉で、それは今にも零れ落ちそうな涙を湛えているようにも見えた。
「―お人形―…!? …どうして こんなこと…!?」
人形の髪は短く栗色でサラサラで、服装からして男の子なのだが、それを抜きにしても蘭は突如として理解した。
「――七生くん―…!!」
ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。引き続き、明日も お楽しみいただけましたら幸いです。




