過去との記録
前回のあらすじ
ファリアにイザベラの実母、リリィ・ホワイトについて話すホワイト公爵。
イザベラの母、リリィ・ホワイトは、土魔法を得意とする伯爵家に突然生まれた、時間遡行魔法の適性の持ち主だった。
時間遡行魔法適性は非常に珍しく、皆オーロラ色の髪を持って生まれてくる。
離婚後はリリィ・メイナートと実家の旧姓を名乗っていたそうだ。
オルスフェーン王宮には時間遡行の間というものが存在する。
『時間遡行の間へ正式な手順でやってきた者は時間遡行特使として扱い、王宮や国民はあらゆる協力を惜しまず、また監視も徹底すること』
時間遡行魔法の存在が明らかになった時からオルスフェーンで作られた、『時間遡行特使保護法』で定められている。
正式な手順で過去へと戻ったリリィの活躍は目覚ましかった。
当時の魔界は互いにいがみ合い、相手から奪うことにしか価値を感じていなかった。
故に他国から協力を全く得られず、土地は荒れ果て、攻め入っても団結する他国に敵わず、魔族の数も増えず、常に困窮していた。
そこに道徳や思いやり、利益を与えて利益を得る概念を教え込み始めた。
基本的に砂漠地帯だった魔界を魔族が協力し合い緑地化。
困窮した土地への食料や教育支援。
悪人が魔族を騙す際の常套手段の周知など。
◆
「今日から砂漠に植樹を始めたよとか、食事を配ったよとか、平和な一行が日記に追加される度、魔界は変わっていきました。
砂漠が突然森になったり、魔族の行動が軟化したり、平均体重も増えましたかね」
ホワイト公は懐かしむように目を細めて、使用人が淹れた紅茶の水面を眺めている。
「そういう変化が続いたある日、魔族がむやみに戦わなくなったのです。 少なくとも、貿易、交渉の概念が明らかに身についた。 迷惑な乱暴者ではなく、力を持った勇敢な存在に概ね変わった」
「そんな歴史があったのですね」
公爵は恐らく、かなり耳当たりの良い話に改変している。
過去にそんなことをしたら、変化についていけなかった魔族達は大量に淘汰されたはずだ。
魔族にも時間遡行適性のある者はいたはずだが、これだけ大勢が変わっては、気付いた時には抵抗もできなくなっていただろう。
「リリィは人間でありながら、当時の魔王の弟君と兄妹の契を交わすまでになりました。 ふふ、婚約だったら絶対記録紙がトラウマになるところでしたよ」
「王弟……」
待てよ。
どこかで聞いた話に少し似ている気がする。
「ええ、リリィは何者かに呪われたのです。 千文字以上話せないように」
「千文字姫の呪い……?」
「そうです。 当時の日記にも……少し前まで娘の手の甲にもあったあのあざが描かれました。 まずいことになったと」
◆
ホワイト公は日課の日記を凝視していた。
(どういうことだ、何が起こっている――)
『もう千文字以上話せない。 精霊達が警告している。
メイナートの地下の保存箱を開けて。
王太子暗殺未遂の疑惑をかけられたのは魔王の娘。
体は同じ呪いをかけられてだめだったけど、魂はまだ生きてる。
読んだら返事をして、次の返事が来るまで本を手放さないで』
いつもは一、二行しか書かれない日記に、次々と言葉が書かれ、古くこびりついた血のようなインクが紙面に広がった。
「リリィ……?」
これに返事をしたら、おそらくリリィとのやりとりは――
そう直感したが、ホワイト公はそれに返事を返さないことはできなかった。
(命を賭して彼女は国を守ろうとしている)
『わかった、メイナートへ至急向かう』
◆
「というわけで、メイナート家の地下倉庫から時を止めた状態で発見されたのが貴女の魂です」
待ってほしい、色々と情報が多すぎて頭が追いつかない。
「たまたま脳死状態の赤子を出産した婦人を持つ友人がいましてね、彼に頼み込んだのです。
魔王の娘の魂を預かってくれないかとね。 アルテイシア男爵ですよ」
「今私すごいことを聞かされてます……?」
「そうですね……でも、リリィの尽力で、王太子暗殺未遂事件はなかったことになったようです。
リリィから毒物が検出されたから、彼女が代わりに飲んだのかもしれません。
今はある程度平和が保たれていますしね」
リリィの犠牲で、と冷たい目が語っている。
「ベ……イザベラ様はご存知だったのですか?」
「私が知ったのは、時間遡行中貴女の首が落ちた時よ。 父上は私には大事なことは何も話してくださらないの」
「手厳しいな。 私の話はここまでです。
魔王も事の経緯はご存知です……今魔王が矛を収めてくださってるのは、リリィの人徳でしょうかね」
おそらく、魔王は私に判断しろと言っている。
オルスフェーン国で人間として生き、オルスフェーン国を見定めろと。
少なくとも、今すぐ全てを滅ぼすべきだとは思っていない。
イザベラの健気さと苛烈さ。
カテジナの優しさと鈍さ。
アリスフィアの残酷さと誠実さ。
いずれにも苦しめられる人、助けられる人を見てきた。
人間は一概に言えるほどシンプルな生き物ではないようだ。
◆
「そうだ、隣国から取り寄せたお菓子があるんですよ。
イザベラ、ちょっと取ってきてもらえるかな。 使用人達は今頃明日の晩餐会の会議中だから」
「……仕方ありませんわね」
イザベラが席を外し、扉から遠ざかっていく。
「――さて、どうですかな。 うちのイザベラは」
公爵が目を細めてこちらを見ている。
一見柔和そうな、しかし近づけば捕食されそうな、見知らぬ為政者の貌だった。
堅苦しいシーンが続きますわ~~~~~~~~~~~~~~~~
早くいちゃつかせたいですわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




