千文字の悪夢
前回のあらすじ
解呪を終え、問題も謎も山積みだけど、皆くたくたです!
その日、私は公爵家へ宿泊することが許された。
神聖院からアルテイシア家へ戻るよりはずっとホワイト家の方が近かったからだ。
湯浴みを終え、使用人数名に見守られながらベルと二人で夕食を取り、当然のようにベルの寝室へと案内される。
ベッド横のテーブルの上には良い香りのキャンドルライトが灯されている。
「明日も色々忙しそうだし、今日はもう寝てしまいましょう」
上品な寝間着を着たベルがベッドに座る。
「あの……私が魔王の血族だということがバレたのに、何故ここまで良くしてくださるのですか」
魔族と人間は、過去幾らか小競り合いがあり、決して友好的な関係とは言えなかった。
幸い現魔王が人間に対しかなり理性的な対応をしてくれたおかげで、現在はお互い不用意に干渉しない盟約が結ばれている。
個別に暴れる魔物などは討伐対象となるが、微妙な関係なのだ。
「お友達を歓待するのに理由が必要かしら?」
「ないですけど」
ベルは何かを誤魔化すように私を抱きしめてベッドへ倒れ込んだ。
極上の花の香りを少しだけ纏わせた美しい人。
ベルを前にすると私は何も言えなくなってしまう。
「私も……まだわからない事が多いの。 お母様は結局まだ目覚めていないし」
イザベラ・ホワイトの実母であり、元ホワイト公爵夫人は、現在この家の一室で厳重に管理されている。
「リアには必ず話すわ。 ……それで許してくれる?」
「私はとっくに籠絡されてる身ですよ」
「そうだったわね」
薄布一枚しか隔たりのないベルの柔らかい胸に抱かれて、正直全然眠れそうになかった。
しかし色々ありすぎて疲れてしまったのか、昂る神経とは裏腹に、私は眠りに落ちていった。
◆
そして悪夢を見た。
アリスフィアに教室で首を切られた後、何度目かの時間遡行。
まだベルが学園に通っていた頃。
私とカテジナはアリスフィアに拉致されたことがあった。
クララが用事があるとかでいなかった、いつもの談話室。
アリスフィアの侍女が淹れた紅茶には、特別な薬が盛られていた。
毒物を自動的に解毒してしまう魔女でもぐっすり眠れる睡眠錬金薬。
カテジナが先に倒れ、異変を察知した時には既に遅く、急速に遠のく意識。
「あなたが悪いのよ。 クララに気に入られるから」
確かに、ベルの制裁からクララを助けたし、彼女からの視線を感じることは何度もあった。
それが何の意味があるのか、当時の私にはわからなかった。
◆
どこかの地下室、あらゆる拷問器具が壁に吊るされている。
アリスフィアは蕩けたような榛色の瞳でこちらを見つめている。
「クララ」
私は自分の手を見る。
手は鎖に繋がれていたが、違和感があった。
いつもの自分よりほっそりとした長い指、きちんと整えられた爪、視界に入る長い銀糸。
周囲は鏡に囲まれていた。
私はクララの格好をしていた。
轡を噛まされ、思うように身動きが取れない。
「貴女が悪いのよ。 私がいないと何もできないくせに」
震えるアリスフィアの指が、宝物に触れるように胸に添えられる。
次の瞬間、私の視界はぐるりと回転し、宙に浮いた。
まるで他人事のように、クララのようなファリア・アルテイシアとクララのようなおそらくカテジナ・ルースルートが徹底的に犯され、壊される様を眺めていた。
アリスフィアは狂気に取り憑かれている。
普段は見せない自身の欲望を、一定間隔で打ち込んでいる。
おぞましい記憶、これはもうなかった過去の話。
徹底的に痛めつけられた後、私の首が転がる。
少し遅れて、見慣れたオーロラ色の髪が――
◆
目を覚ますと、隣にはすやすやと眠る女神がいた。
うっすらと朝靄が漂う、まだ二度寝しても許される時間帯だろう。
(はぁ、記憶が消えないってのも難儀なものだなあ……)
アリスフィアは、ちょっと常軌を逸してクララを愛していたようだ。
愛しすぎているが故に、彼女の危うい立場に精神をおかしくしかけていた。
ちょっと愚かな可愛い妹であれば嫁がされるくらいで済んだろうに、クララは優秀すぎたし、王族の血を示す紫の瞳も良くなかった。
彼女は兄からも、当主からも目の敵にされていた。
今思えば、千文字姫の呪いがいかに容易く運用されるかも詳しかったので、毎日気が気でなかったのだろう。
事情は理解した。
理解してしまった。
(もうあの罪はどこにもない、拳を振るう先すらない。
アリスフィアは、身内でありながら神聖院を裏切り続け、破棄を命令されたはずの呪いの解き方をずっと保管していた。 基本的にはいい人だ)
そんな解決しない矛盾と、他人の二面性を、この人はどれだけ抱えているのだろうか。
ベルの白磁の頬を撫でる。
ホワイト家の責務は記録だと聞いていたが、それは少し誤っていた。
彼らはその能力を使い、必死で地獄を回避してきていたのだ。
(きっと、私も――)
彼らの計画の一部なのだろう。
私は魔族だったけど、ずっと人間の体で暮らしていたので大変脆く、弱くなっていた。
あの紅の瞳に変わった瞬間でないと魔力を再構築できなかった。
ベルは私を何度も籠絡した後、私を何度も死に至らしめた。
実験に必要だと偽って、なるべく苦しまないように、何度も何度も。
そのたびに私は全ての記憶を取り戻した。
そのたびに覚醒に必要な魔力と、ベルへの好意は少しずつ積み上げられていった。
そのたびに怒りに任せて私はオルスフェーンを滅ぼし続けた。
ベルへの愛情が、怒りを超えるまで。
「貴女、私よりこんな国が好きなんだ。 妬けちゃうね」
あまりにも気高い自己犠牲に、それを必要とする国に吐き気を催した。
触れているのに、何度も夜を共にしているのに、手が届かない人。
「じゃあなるべくいい国にしなくちゃね」
その左手の薬指に、私は魔界の様式で噛み跡をつけた。
1部はここで終了で良いかと~次回から新章です。
国を乗っ取りますわ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!




