朝ご飯はクッキーで
「うぅぅ……おなかすいたぁ……」
「何よ、あんた朝ご飯食べなかったの? 珍しいわね」
朝の教室で机に突っ伏して呻いていたところにノアがやってきた。
この5年ほどで私もフレイヤ様もグッと身長が伸びたし体つきも変わったけどノアはそんなに変わらない。ちょっとは大きくなってるんだけどね。相対的にね。なんていうか、幼児体型? ちっちゃくてかわいい。本人に言ったら鳩尾を殴られるし魔法で丸焼きにされるから言わないけど。ノアの魔法痛いんだよねぇ。
ノアは私よりも10cm以上身長が低いけど、机に突っ伏しているので見下されている状態だ。私がだらけているからか半眼になってる。
でもそれどころじゃないんだよ、今は。空腹でお腹と背中がくっついちゃいそう。
結局何の用件かわからないまま連行されてただ朝食抜きの刑にあっています。フレイヤ様、どっか行っちゃったし。
「食べたかったのに、お預けされた……」
「……また何したのよ、あんた」
「何もしてないよ! ただ朝アメリアと会ったから一緒にご飯しようと思って食堂に向かってて……その途中でフレイヤ様に捕まりました」
「あぁ、だいたい分かったわ。あんたが悪い」
なぜ!
「そんなぁ……」
「そもそもなんであんた、そんなにあの平民の子に肩入れするのよ」
「別に肩入れ?してるわけじゃないんだけど。なんだか知らないけどみんな遠巻きにしてるし、ひとりだとさみしいかなーと思ってなんとなく気になっちゃって。話してみるといい子だよ」
「……そういうところよ」
「何が?」
「フレイヤも大変ねってこと」
「?」
ノアの言いたいことがわからずに首を傾げる。私がアメリアと仲良くするとフレイヤ様が大変? 主人公と悪役令嬢だから? なぜ?
頭の中がはてなでいっぱいになっていたところに聞き慣れた声が聞こえてきた。
「……別に、大変じゃないわ」
「あ、フレイヤ。おはよう」
「おはよう、ノア」
席を外していたフレイヤ様が帰ってきたみたいだ。その手に何か持っている。
ん?……この匂いは。
「クッキー?!」
「わ、びっくりした」
「相変わらず鼻がいいわね」
香ばしい匂いに誘われてガバッと身体を起こす。私が突然起き上がったことにノアは驚いていたしフレイヤ様は呆れたような顔をしていた。そんなふたりの様子に構っている余裕もない。思わず涎が出そうになってる。朝の日課で身体動かしてるから空腹が限界なんだ。そもそも私は朝からガッツリ食べちゃうほうだし朝ご飯は一日の活力に繋がるのですよ! つまり何が言いたいかっていうと朝ご飯抜くなんて私には考えられないということ。
今だってフレイヤ様の手にある包みに視線は釘付けだし、お腹はずっとぐーぐー鳴ってる。さすがにすぐに手を伸ばして取ろうとはしないけど、できることならすぐにでも食べたい。
「それ! それ! 食べたいです!」
「リタに焼いてもらったの。ユーリにあげるわ」
「やった!」
フレイヤ様の言葉にさっきまでの脱力感がどこかに吹っ飛んだ。両手を挙げて喜びたいけど、それをすると怒られそうなので小さくガッツポーズをするに留めておく。
ふふん、リタさんのクッキーは美味しいんだ!
意気揚々とリタさん特製クッキーに手を伸ばして――届かなかった。あれ?
「あの、フレイヤ様。届かないんですけど」
「……」
え、何これ? 罰ゲーム? まだ継続中なんですか。美味しいものを前にそれをやられるとさすがの私も大ダメージですよ……?
なぜかフレイヤ様は私に届かないようにクッキーの包みを後ろ手に持っている。取ろうと思えば取れるけど、そうすると学園に来た時の馬車みたいな感じになるし……いまこの状況でまたアレをやって怒られるとクッキーが本格的にお預けになってしまう。
どうしたものかとフレイヤ様のことをじっと見つめていると視線を逸らされた。
「……」
「……」
「何やってんのよ、あんたたち」
ノアが盛大にため息をついている。私もつきたいよ、ため息。
でも施される側の身としては待つしかない。
ぐー、と私のお腹が何度めかの抗議をしたところでフレイヤ様がやっと口を開いた。
「……口を開けなさい」
「くち?」
「た、食べさせてあげるから! 口を開けなさい! ほら!」
どこか不機嫌そうなフレイヤ様がクッキーを掴み、私の口元に突きつけてきた。これは……あーん?
「フレイヤ様、ここ教室ですけど」
「まだ人も少ないですし、誰も見ていません」
「私のこと忘れてるわね」
うん、ノアは見てるよね。
まぁ食べられるならどっちでもいいか!
私はぱかっと口を開けた。
「あーん」
「……」
ゆっくりとクッキーが口に近づいてくる。ゆっくり……ゆっくりすぎないかな。全然口に近づいてきてる感がないんだけど。
あー! 待ちきれない! えい、私から行ってしまえ!
我慢しきれなくなってフレイヤ様の掴むクッキーを一口でパクっといった。
なんかクッキー以外のものが口の中に入った気がするけど、バターの香りとほろほろの食感にどうでもよくなった。
「んー! おいしい!」
空きっ腹に糖分が染みるぅ。
リタさんのクッキーは甘さ控えめでいくつでも食べられる。はー、幸せ。
ゆっくりと咀嚼して飲み下してからちらりとフレイヤ様のほうを見る。まだ何枚かありそうだなぁ。もう少しもらえないかなぁ。
「……どうなさいました?」
「……」
なぜかフレイヤ様は私に背を向けていた。ノアが呆れたようにその様子を見ている。私がクッキーを食べている間に何が……?
どういう状況なのかわからず首を傾げていると背を向けたままのフレイヤ様がノアにクッキーを押し付けた。え、なんでノアにあげちゃうんだろう。私の視線はクッキーの包みに再度釘付けになる。さすがに1枚だけだと余計にお腹が空いちゃう。
「……差し上げます」
「え、私のは……」
「心配しなくてもあんたにあげるわよ」
「ありがとう!」
ノア経由でクッキーの包みが私の手元にやってきた。私は喜々として残りのクッキーを口に放り込んでいった。
横でノアがフレイヤ様の肩にぽん、と手を置いていたけどクッキーを食べるのに忙しくて気にしていられなかった。




