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いよいよ本編が始まる……その前に


 ユーリ・サルビアとして生を受けてから15回めの春がきた。

 そして明日からの学園生活に向け、王都へと出発する日になった。


 「ユーリ」

 「フレイヤ様」


 私の目の前にはフレイヤ・ベロニカ公爵令嬢がいる。

 場所は我が家の前。そう、我が家の前。

 学園セット(トランクケース2つ)を持った私と、馬車を背に立つフレイヤ様。

 何故か公爵令嬢が私を迎えにきています。


 「あの、フレイヤ様。本当に私がお供して良いのですか」

 「くどい。その話はもう終わったでしょう」


 そうは言われても、子爵家ですので恐縮もしますって。


 幼い時の面影を残しつつ、すっかり大人の仲間入りを果たした彼女は私の知る『フレイヤ・ベロニカ』になっていた。

 唯一違うところと言えば彼女の代名詞でもあるくるくる縦ロールではないところ。

 サラサラストレートは前世の妹の部屋にあった立ち絵のポスターよりも清楚さがある。


 かく言う私も3年ほど前からぐんぐん背が伸び、出会った時はほぼ同じかフレイヤ様のほうが高かった身長を追い越し、今は彼女を少し見下ろすほどになった。

 長く伸ばした髪は腰の辺りまである。襟足の辺りから後ろでひとつに括っていたら、たまに引っ掛けて痛い思いをしたので今は括った髪を左肩から前に垂らしている。


 フレイヤ様と会話をしている間に私の持っていたトランクケースは公爵家メイドのリタさんによって馬車に収納されていた。


 「行きますわよ、ユーリ」

 「……はい、フレイヤ様」


 もはやここにきて拒否権はないか。

 私はおとなしく馬車に乗り込んだ。



 私たちが通う『学園』は王都にある。正式名称は『カランコエ王立学園』。そのまんまだ。

 貴族が通う学園、というよりも貴族しか学園に通うことができない。主に金銭的な余裕のために。

 もちろん生活にも財力にも余裕のある『上流平民』も通っているが、数は多くない。

 

 前世の高校と大学の合いの子くらいの立ち位置であり、内容もそれに近いがこの世界特有なのは魔法があることだろう。

 戦争のないこの国において魔法の適正の有無はそこまで強い影響力はないが、決してゼロではない。戦争が今なくても、国の防衛力は必要だ。日夜研究は進められ、そこから得られた技術は生活にも転用される。


 そして魔力は貴族だけのものではない。

 魔法に長けた平民が奨学生のような形で学園に通うことも可能なのだ。

 『黄昏時のアイビー』の主人公もそういった形で学園へと入学してくる。はず。


 車窓から見える景色が徐々に都会的になってきた頃、私は隣に座るフレイヤ様に声をかけた。


 「学園に着いたら入寮手続きをして、明日入学式典……でしたよね?」

 「えぇ」

 「本当にフレイヤ様も寮に入られるんですか? 王都には別宅もあるのでは」

 「いいの。同年代との交流は持つべきですからね。それに、ノアも寮に入るのでしょう?」

 「はい、王都の家よりも寮のほうが近いから、と」


 ノアの住むサフラン伯爵邸は領地にはもちろん、王都にもいわゆるタウンハウスがある。ノア自身は普段からそこで生活をしているのだが、私が寮に入ると言ったらなぜかノアも入寮希望を出していた。そして、フレイヤ様も。

 ちなみにノアとフレイヤ様は幼い頃にピクニックに行って以来仲良くなったのか、文通をしているらしい。もちろん、たまにみんなでお茶会もしてる。

 ふたりともわざわざ寮生活を選ぶってよっぽど同年代の友だちがほしいのかな。あんまりお友だちいないもんねぇ。私もだけど。


 「友だち100人できるといいですねぇ」

 「……またあなたは」


 ため息をつかれた。


 「それより、王都に着いたら観光に行きたいです。ノアにも連絡して行きましょう!」

 「あなた、王都には何度も行ったことがあるでしょう?」

 「いつも殿下に振り回され……案内していただいているので行ったことのないお店に行ってみたいんです」

 

 護衛さんが多すぎて自由がなかったり、私がしたい観光じゃないんだよ、王子のエスコートは。結構な確率でパレードになるし。

 

 「それに王都はこの国の最先端が集う場所ですからね! まだ見ぬ食べ物がたくさんあるんじゃないかと!」

 「そんなに食欲旺盛でよく太らないわね」

 「運動してますからね! それと、まだ身長のほうに栄養がいってるみたいです」

 「……もう少し小さくてもバチは当たらないわ」

 「ははは、いつの間にかフレイヤ様より大きくなってしまいましたね」


 後ろにくっついてると子分っぽかったからなぁ。子分っていうか取り巻き令嬢かな?

 未だにお付き感は否めないけど。


 「あんまりカッコよくなられると困ります」

 「ん? 何か言いました?」

 「いえ、何も。それより、そろそろ着きますわ」


 フレイヤ様の言葉通り、窓の外を見るとそこは王都だった。


 「わぁ……」


 思わず声が漏れる。いつ見ても壮観だ。


 石畳の街並みはベロニカ領の中心街と変わらないが、それよりも色味が濃い。街全体がレンガでできているので赤茶の建物が目立つ。ベロニカ領にはない2階以上の建物が多いので路地裏のほうは密集しているように感じる。


 馬車の進行方向にはこの街で一番高い建物、王城が鎮座していた。

 世界史の教科書で見るような中世ヨーロッパ調のお城って感じだ。数本の塔が周りをぐるりと囲む塀とくっつくように建っていて、大通りが真っ直ぐと伸びたその先に跳ね橋と門がある。


 私たちを乗せた馬車はその大通りを横切る形で進んでいた。

 目指す学園は王都の西側、王城に隣接するように建てられていた。

 ちなみに反対側にはかつて剣術大会が行われた剣技場がある。


 学校というよりも小さなお城みたいだ。迎賓館だっけ。それに近いかもしれない。

 建物自体は四角がベースになっているが、所々王城にあるような円柱の塔がある。見張り台的な感じかな。


 私は王都に入ってからずっと体を窓にくっつけて外の景色を楽しんでいた。


 「ユーリ、危ないからちゃんと座りなさい」

 「大丈夫です! フレイヤ様! あれ! あれ見てください! 美味しそうですよ!」

 「はいはい、あとで連れて行ってあげるから、とにかく落ち着きなさい。あんまりはしゃぐと転びますわよ」

 「いえ、鍛えてますから大丈……ぶっ!」


 ガタン、と馬車の車輪が何かに乗り上げたような振動で、私の身体がフレイヤ様のほうに傾いた。

 咄嗟に右手をフレイヤ様の向こうにある壁について、身体を支えて何とか衝突は防いだ。一瞬、びっくりして目を見開くフレイヤ様の顔が視界いっぱいに広がった。

 体幹には自身があったけどやっぱりバランス崩して倒れそうになったことにひやっとして心臓がバクバクだ。フレイヤ様の向こうにある壁に額を押し付けるようにして、なんとか呼吸と心拍数を整える。ふぅ、びっくりした。

 なんとか平常運転まで戻ったところで、やんわりとお腹の辺りを押された。


 「……ユーリ」


 身体を起こして腕の中にいたフレイヤ様を見るけど下を向いてしまっているので今私の視界にあるのは頭頂部だ。この体勢だと顔を覗き込めないし、表情は分からない。これは……怒られる、かな。


 「あ、すみません」


 パッと姿勢を正して座り直す。お叱りを受けると思っていたのにフレイヤ様は私に何も言わず、ただ反対側を向いてしまった。ご機嫌を損ねちゃったみたいだ。

 注意されたのに調子に乗って、咄嗟にとはいえ壁ドンなんてしちゃったしな。反省。

 なぜかお叱りは受けなかったけどやらかした手前、これ以上子どもみたいにはしゃぐわけにもいかず。おとなしく座ったまま窓の外を見ていると、目の前に座っていたリタさんが何かに堪えるように顔を伏せていた。

 うーん、どうしたのか気になるけど今それを聞いたら怒られそうだし、やめとこう。



 寮に着くや否や、天岩戸が発動してしまった。たまにある、フレイヤ様のお籠もりスキル。

 こうなると私はお手上げで、結局王都観光は断念せざるを得なかった。

 そしてなぜこうなったのかノアに事情を話したら盛大にため息をつかれた。なぜ。




 

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