些細な変化、なんですか
フレイヤ様誘拐事件からひと月。
私は我が家の馬車に揺られながら公爵家に向かっていた。
一度お見舞いに行ったら、少し体調を崩していたようで彼女の顔を見ることは叶わず、お見舞いの品を渡しただけになってしまった。そのまま私のほうがなんやかんやとドタバタと。
具体的にはどこぞのオレ様王子に引っ張り回されて馬術の特訓やら子どもがするにはなかなか過酷な行程の遠乗りをさせられたりと、散々だった。
悪路の馬車以上にお尻が爆発するかと思ったわ。
ま、馬術を習得できたからそれはそれでヨシとしようかな。
お父様は馬に乗るのが得意ではないらしい。というか運動全般ダメダメだ。一度剣の手合わせしたら5秒と保たなかった。
閑話休題。
王子による私拉致事件を経て今日、やっとフレイヤ様の様子を見にくることができたわけでして。
私の不注意で怖い思いさせちゃったし、犯罪者とはいえ平民への悪感情が増長していないか気にもなっている。
トラウマになっているようだったらどうにか学園入学までに緩和できないか策も練らないといけない。
いつも通り公爵邸前で馬車を降り、大きな門をくぐって玄関の前へと。
私が着くのを見計ったように玄関扉が開いた。
「いらっしゃいませ、ユーリ様」
いつ見ても壮観だなぁ。
使用人の方々が左右にびしっと並んで頭を下げる様は威圧感が半端ない。というかちょっと怖い。
「こんにちは、お邪魔します」
「お嬢様をお呼びしますので、こちらへ」
執事服のおじいさんが私を客間へと先導してくれた。
いつもはお茶会をするために訪問するから中庭に通されるのだけど今日は室内のようだ。幾度も公爵邸に来ているけど、これは初めて。
そもそも子爵令嬢である私がこんなに頻繁に公爵邸に来ていいのかな? 今更か。
客間に通されて座って待つように言われたので素直にそのまま待っていると、侍女さんがお茶を持ってきてくれた。
いつも猫舌の私にあわせてぬるめのお茶を持ってきてくれるから、私はすぐに紅茶に口をつけた。美味しい。
コンコン。
二口めを飲み、ソーサーにカップを戻したところでドアをノックする音が響く。
フレイヤ様の専属メイド、リタさんが入ってきた。
「ユーリ様、失礼いたします」
「こんにちは、リタさん」
私に挨拶を返してくれてから、リタさんは開いた扉の脇に控えて立った。フレイヤ様が入ってくる。入って…………こないな。
「えっと……リタさん?」
「……はぁ。ユーリ様、少々お待ちください」
リタさんがスッと私から見えない、扉の影に引っ込んだ。
こそこそと小さな声で何かやり取りをしているようで、時折リタさんとフレイヤ様の声と衣擦れの音だけが聞こえてくる。
待たされること数分。
そろそろぬるめの紅茶が常温になりそうだ。
さっきよりも少々疲れた様子のリタさんがフレイヤ様の腕を掴んで部屋に入ってきた。
「ユーリ様、大変お待たせしました」
「いえ、大丈夫です……が、フレイヤ様はやはり体調が思わしくないのですか?」
少しだけ眉を下げながらリタさんの後ろに隠れるフレイヤ様のほうを見つめる。
やっぱりまだ早かったかなぁ。
「……お嬢様、往生際が悪いのでは」
おぉ、素早い動き。
公爵家のメイドさんは優秀な方が多いんだなぁ。
と、私が感心するくらいの身のこなしでリタさんがくるりとフレイヤ嬢の身体を回して私の前に突き出してきた。
表と裏が入れ替わる感じで私の目の前に立ったフレイヤ様。
……ん? フレイヤ様、だよね?
「……」
「……」
この沈黙、フレイヤ様でした。後ろを向いていて顔は見えないけど。
間違いない。
間違い、ないんだけど。
髪の毛がくるくるコロネじゃないなぁ。
サラサラストレートの金髪は高級な絹糸のようで、しっかり天使の輪ができている。
いつものドレスより気持ち抑えめで、でも所々にあしらわれたフリルと色味も相まって、その様はまるで
「天使みたい」
あ、声に出ちゃった。
私の言葉が気に入らなかったのか、フレイヤ様の顔が真っ赤になってしまったみたいだ。
少しだけ見えている耳まで真っ赤。
「あ、すみません。つい」
「……っと」
「はい?」
「もっと、言うことは?」
「とても素敵な髪型ですね、フレイヤ様」
やっとこっちを向いてくれたフレイヤ様の顔はやっぱり真っ赤で、でもどこか嬉しそうにも見えるので髪型を褒めたのは正解だったようだ。
イメチェンした時って似合わないって言われないか心配だよね。
うん、くるくる縦ロールよりもストレートのフレイヤ様のほうが私は好きだなぁ。現代日本人的には見慣れてるから安心するのかしら。
似合ってる、似合ってる。
「フレイヤ様の髪はとても綺麗ですね」
「……っ、また、あなたは!」
「え、すみません」
「別に、怒っているわけじゃ……」
こほん、と咳払いをひとつ。
そこでやっとフレイヤ様が立ったままなのに思い至ったのか、彼女は私が腰掛けているソファの向かい…ではなく、なぜか隣に座ってきた。なぜ。
「フレイヤ様?」
「た、たまには隣に座ってもいいでしょう!」
「はぁ」
二人で横並びってなんか違和感があるけど。
そんな気分なのかな? まぁいっか。
リタさんが瞬時に新しいお茶を私とフレイヤ様に用意してくれた。
常温のお茶がぬるめのお茶に戻りました。
紅茶に口をつけつつ、フレイヤ様の様子を伺う。なんだろう、この空間は。
「フレイヤ様、お加減はいかがですか」
「問題ないですわ」
「……」
「……」
はい、終了。
この人との会話、なかなか難易度高いんだけど! 未だ難易度下がらない!
どうしたものかと頭の中で会話の引き出しを開け閉めしていたら唐突にフレイヤ様が私との距離を縮めてきた。ただでさえ近かった距離がほぼゼロになる。
さすがにこれには私もドギマギしてしまう。
「えぇっと……?」
「……! さ、触りたく、なりますか?」
「え?」
「サラサラで、真っ直ぐな髪、ですわよ! 触りたくならないの!」
えぇえぇぇ。
何ですか、何的なイベント? いや、イベント?
なんで私、少女に髪触りたくならないか問い詰められてるんです?
というか人の髪触りたくなる時ってどんな時なの誰か教えて偉い人!
「え、っと、女性の髪を触るのは失礼では……?」
「許可します」
「許可って」
「あなたがおっしゃったのですよ、触りたくなるって」
触りたく……あ!そっか!
私はフレイヤ様の勢いに負けて上半身を反らしたまま、ちょっとキツイ体勢だったけどなんとか右手を彼女の頭に持っていった。
そのまま壊れモノに触れるように彼女の髪、というより頭に触れゆっくりと前後させる。
なでなでされたかったのかー、そっかー。
この前のアレ、気に入ったのかな?
「フレイヤ様の髪は柔らかくて、絹糸のようですね」
手触り良っ!
髪の毛細っ!
あんまりわしゃわしゃすると絡まりそうだ。
前世の愛犬を思い出すなぁ。色味といい、手触りといい、ゴールデンレトリバーみたいだ。
「ふふっ、可愛い」
ふいに、ボンっと何かが破裂するような音が聞こえた。気がした。
何の音か周りを見ようとしたのとほぼ同時にフレイヤ様が何か言いながら部屋を出て行ったものだから、私は先ほどまでの姿勢のまま手だけが宙に浮いていて、その手のやり場に困ってしまった。
「お嬢様……」
リタさんの深いため息が部屋に響く。
なんだか悪役令嬢が悪役令嬢っぽくなくなってきた気がしながら、私は挙げたままだった右手をそっとおろした。
無自覚系主人公、ユーリさん。
ここまでで幼少期編はおしまいです。次回からはゲーム本編へ!
誤字脱字に気をつけつつ、設定が矛盾しないようにぽちぽちしておりますので、ちょっとスローペースですがお付き合い頂きありがとうございます。頂いた感想等も作者小躍りしながら読んでおります。
初投稿なもので色々と足りない部分も多いかと思いますが、お楽しみいただければ幸いです!




