22話
眼の前に広がるのは中世ヨーロッパのような景色。女性はふわっとした丈の長いスカートを、男性はラフな格好の人もいればタキシードを着てキリッとした人もいる。この世界では私達が「異端」だ。
「ここも違うみたいだね、次にいこう」
春馬さんはすぐに扉を締め、また違う扉を開ける。今度は一面に真っ暗な世界が広がった。光すら飲み込むその世界に私は片足を踏み入れた。するとそこに地面はなく、スカッと空を蹴った私はそのままバランスを崩して奈落の底へ落ちそうになったが、間一髪のところで春馬さんに腕を捕まれ、命拾いする。
「ひゃぁぁぁ!怖かった!怖かった!」
「はいはい怖かったね。こういう事があるから慎重に進まないと。どの扉がどこに繋がっているのか、時代も場所も別々だし、どんな世界線かわからないからね」
私はあたりを見渡してゾッとした。数え切れない数の扉。これをすべて開けるのか。命がいくつあっても足りない。
「さぁ、はりきっていこー!」
なぜこの人はここ最近で一番楽しそうなのか。そして次の扉を開ける。するとそこは一見普通の日本。ただ少し建物が古く見える。そして広がる緑。田舎の方なのだろう。私は上下左右の安全を確認してその地に降り立つ。なんともなさそうだ。この世界なら琴音ちゃんがいるかもしれない。
「とりあえず電波の確認を......」
春馬さんも扉を越え、世界をまたぎ、琴音ちゃんのいる世界と条件があっているのか確かめるため、携帯の電波の確認をした。
「あ、電波ないね。この世界じゃなさそう」
またか。これで何回目だろうか。そろそろ出てきてくれてもいいんだけどな、なんて思いながらさっきまでの幽世の様子を思い浮かべて絶望する。
「まぁ、こればっかりは仕方ないよね。次行こう」
春馬さんは切り替えて言った。そして振り返って更に心臓がドキッとする。
「「え」」
振り返れば、そこには何もなかった。またいだはずの扉は跡形もなく消えていた。
状況を理解し、すぅっと冷たい空気が背中を走る。
「幸村さん」
「は、はい!」
「この世界で幽世に行く方法を探そうか」
「......はい」
幽世への生き方は世界によって異なるらしい。そして今、何故か幽世と異世を繋げていた扉が消滅したため、幽世を自力で見つけなければならなくなったのだ。
「じゃあまず、この世界がどんな世界なのか探ろうか」
「......はい」
何百、何千、何万もの扉がある。どれがどこに繋がっているかなんてわからない。完全ランダム、もしそうならもっと骨が折れていたところだろう。今目の前には一つの扉がある。白樺でできた小綺麗な扉だ。扉を8回ほど開けて、「正解」を導き出した。
「いくぞ」
ギィっと古い音を立てた扉は「俺たちの学校」に繋がっていた。
「電波はあります。元の世界に見えますけど......当たりかもしれませんね」
後輩のそんな言葉を聞かずとも、俺は確信を持っていた。そして俺は迷わず元の世界での生徒会室の位置にある部屋を目指す。
「琴音、兄ちゃん」
扉を5回たたき、そう声をかけると生徒会室の重い扉が微かに動いた。扉の隙間から覗いた目はたしかに妹のものだった。「お兄ちゃん!」
琴音は扉から飛び出して俺の胸に飛び込んできた。反抗期真っ只中の妹がここまでするのだ。俺はそれを受け止め、強く抱きしめる。
「もう大丈夫、兄ちゃんがいるからな」
そう言って頭を撫でてやると琴音は俺の手を叩き「グゥっ」と威嚇した。なんだ、ボーナスタイムはもう終わりか。
「変な世界に飛ばされてなくてよかったな。さ、帰ろう」
いつも見ている早瀬裕貴という先輩はとても良い頭を持っているとは言えない。たった数ヶ月しか見ていないが、そう判断するには十分な言動だった。「A」といえば「B」と受け取り、「11+24」を「53」と認識する。いつでもヘラヘラと笑っていて、猪のごとく問題に突っ込んでいく。そんな人間だ。
そんな人間が家族に見せた顔。はたしてそれは仏の顔か、般若の顔か。刹那に感じた彼からの敵意。ここに来るまでの会話の節々に警戒が見られた。一番厄介なタイプの人間を引いたものだ、とほとほと自分の運の悪さに呆れた。
しばらく歩いて、少しずつ建物が増え、人の数も増えてきた。皆無地の着物を着ている。まるで戦国ドラマの中にいるみたいだ。
「この感じは鎌倉......いや、平安かな」
そっと春馬さんがつぶやいた。この人は雰囲気でどの時代かわかるのか。私には「昔」にしか見えない。ただ、周りからの視線が痛い。いったいこれはタイムスリップなのだろうか。それとも同じ時間の違う世界なのだろうか。
「おい、そこのもの!」
そんな声と同時に目の前に時代劇でよく見るような「警官です」と言わんばかりの格好の男が立ちふさがった。警官は一人ではなく次々に出てきて私達を包囲した。春馬さんは棒読みで「わー」と声を出したが、そこまで動揺しているようには見えなかった。一方私の心の中は恐怖で塗りつぶされていた。
「怪しいものだ。ついてきてもらおうか」
「ど、どうしましょう」
「んー、お腹も空いたし早く帰りたいよねぇ」
いや、そんなことはどうでもいいんですよ。
「まぁ、ついていくしかないだろうね」
彼らから向けられる刀を見れば、そう答えるしかなかった。




