21話
話すこともないので、とりあえず手元のスマホのインツタを開く。流れてくる投稿を無心で眺め続ける時間がどれくらい続いただろうか。
「そういえば湊さ、歴史のレポートのテーマ何にした?」
ふと、学校の課題のことを思い出し、目を向けずに尋ねてみる。しかしその答えが返ってくることはない。
「ねぇ――」
今度は顔を上げて尋ねてみる。が、そこに湊の姿はない。さてはまた迷子か。湊は本当に困ったものだ。少し目を離すと違うものにつられて行ってしまう。あの「のほほん花畑頭」はいつになったら卒業するのだろうか。とりあえず連絡を試みる。
『いまどこ?』
そう送信しようとしたが、ロードマークが渦巻いて送信されない。電波が悪いのか、そう思って画面左上のアンテナマークを見るが至って普通だ。とりあえず兄に会いに行こう。幸い兄のクラスはわかっている。兄が教室にいなくとも、教室にいる誰かが居場所を教えてくれるだろう。だが教室の場所がわからない。そう思って、構内地図に目をやって驚いた。どの文字列も見たことがないものばかり。耳を澄ませてみれば、どれも雑音で単語の一つも聞き取れない。
「異世界?」
以前兄に聞いたことがある。生きている状態のこの世には「現世」「幽世」「異世」がある。「現世」は私達のいる世界。「幽世」はあの世とこの世の間。そして「異世」はそのどちらでもないいわゆるパラレルワールドだ。幽世は人がおらず、妖が多い点でけでほかは現し世と変わらない。だが異世はいろんな形がある。今回は一見現し世と変わらないが、人々が違う。ここは一体、どこで分岐した世界なのだろう。ともかく私はこの世界からの帰り方を知らない。
「困ったわね」
もしかして――
「兄ちゃん!」
「あれ?湊。校門前で待っててって――」
「琴音が......琴音が!」
「なんだ、またはぐれたのか」
「ちがっ、これ、これ、これ!」
湊くんは食い気味に早瀬さんに飛びつく。
「近い近い――て、これを琴音が?」
早瀬さんは画面を覗き込んで驚いたような顔を見せた。
「......これなんて書いてるんだ?」
「わからない。なんか、電話もかかってきて......琴音の声なのに、琴音じゃない......」
早瀬さんは考え込んだ。すると彼は顔を上げ、驚くべきことを口にした。
「――まぁ、琴音のいたずらだろう」
そんなはずがない。明らかに異常な彼女の声。これがいたずらなんかで済むものか。妹のことなのに随分と適当ではないか。同様に湊くんも感じたのだろう。
「そ、そんなわけない!だって――」
「いいから。兄ちゃん先生に食らったから、先に白たちとご飯食べに行ってて」
そう言うと彼は湊くんの頭に手をポンと置き、教室から追い出した。
「白、湊をお願い!國光と相馬も先に連れてって。残り二人は俺と一緒に行くから」
「うーす」
館森さんはリュックを背負って教室から出ていった。
「あ、あの、早瀬さん。琴音ちゃんはいたずらなんかじゃ――」
「わかってるわかってる。琴音はこんなことしないよ。春馬先輩のところに行こう。人手がいる。秋介も呼んできてくれるか?生徒会室で待ってる」
そう冷静に指示を出す早瀬さんの目はどこか遠い目をしていた。
生徒会室の椅子に腰掛ける。はじめに口を開いたのは春馬さんだった。
「琴音ちゃんはおそらく異世に迷い込んでいる」
「あの、『パラレルワールド』ってなんですか?」
早瀬さんはが答えた。
「パラレルワールドはいわゆる『もしも』の世界だ」
早瀬さんは右手を上げた。
「例えば今俺が右手を上げた。これだけでも『右手を上げた世界』『左手を上げた世界』『両手を上げた世界』『挙げなかった世界』が生まれる。すごく極端な例だがな。そして異世は無限にある」
「つまり琴音ちゃんはそんな無限にある世界の何処かにいるってことですか?」
早瀬さんは黙って頷いた。そんなの無理に等しい。そもそも、そんな世界にどうやって行くんだ。
「異世への正規の行き方は一度幽世へ行き、そこに異世へ繋ぐ場所がある。琴音ちゃんの場合、何らかのイレギュラーが起きて現世に異世へのゲートが発生したのだろう。もちろん想像の通り、探し当てるのは難しい。少しは場所を絞る情報があれば手当り次第あたっていくしかない」
だから早瀬さんは「人手がいる」と言っていたのか。
「幸村さん、なにか情報になりそうなことはある?」
そう尋ねられても。
「琴音ちゃんから送られてきたメールの文字はすべて文字化けしていました。それと電話越しの彼女は変な言語を話していたというか......」
「メールは俺も見ました。異世から現世に発信したから文字化けしたのだと思っていたんっすけど、どうもそうではないようで。異世の言語なのでしょう。文字自体はほとんどこの世界にも存在する文字が使われてたけど、ちょくちょく知らない文字があったっすね」
「メールが送れるってことは、そこまでこの世界との乖離はないんだね。じゃあそういう世界を当たればいい。もう少し人員がほしいところだけど――」
刹那はすでに帰っている。京華さんは――
「そういえば朝から京華さんを見ていないんですけど、お休みですか?」
「あぁ、あの子なら学校行事の日は決まって欠席だよ。家が厳しくてね」
なんということだ。家が厳しくて学校行事に参加できないなんて。そんな悲しいことがこの世にはあるのか。
「今日一日は家からは出してもらえないだろうね」
春馬さんがそっと恐ろしいことをつぶやいた。




