18話
それから一週間が経ち、テストはもう翌日に迫っている今日、私は秋介と食堂で昼ごはんを食べている。
「だから最近生徒会室に呼ばれるのか」
「そうなの?」
「うん。春馬さんと三人で生徒会室で勉強してるんだけど、あの人中学校範囲から始めないといけないみたいで……」
そうだね。そんな感じだったね。
「秋介の勉強は順調?」
「可もなく不可もなくって感じかな。伊与ちゃんは?」
「うーん。まぁまぁかな。美月先輩に聞きながら頑張ってるよ」
記憶のない私は今回のテストが初めてのようなものだ。憂鬱の反面、ワクワクしている。
そんなお昼から数日経った頃、テストの結果が張り出されていた。先頭に連なる名前はよく見覚えがあった。
《1位夕薙秋介 500点》
《2位神羅刹那 496点》
一方私は325点。どんな化け物だ、この二人は。
「いぃぃやぁぁぁはあぁぁぁ!!!!」
そんな喜声が遠くから聞こえる。見れば少し離れたところで踊り狂っている早瀬さんがいる。
「回避!回避!!毎日補習回避!!!」
彼は以前の教師に個人表を見せて叫びちらしている。
「バカお前、赤点じゃないの1教科だけだろう!」
「それでも約束は約束ですぅー!補習は受けませーん」
「特別補習はなくても赤点者の補習はあるからな」
「んな!!」
そんな彼は私と目があい満面の笑みで近づいてくる。
「幸村、幸村!見て!見て!!」
《国語科11点 数学科11点 英語科11点 理科科11点 社会科11点》
すべて11点ではないか。何と言う偶然。
「数学だけ平均低くて赤点ボーダーが下がったんだよ。11点未満が補習らしい。ところで未満って11含まないよな?」
「含まないですね」
この学校の赤点は平均の半分未満。つまり数学は22点が平均ということ。どんなテストだ。作成者難易度間違えてるだろ。
「ちなみに国語は平均74点で、余裕で赤点だぜ!」
誇れることではない。まぁ、この人はこんな感じか。
「あ!國光!白!見て!!」
「あら、数学だけギリギリセーフなのね」
「点数だけ見たらアウトみたいなものだろ。でも他の科目ちらほら順位上がってるじゃん。頑張ってたもんな」
「うん。やっぱりこの点数がいいわ」
「こんなんで満足してたらだめだぞ。また留年しかけるぞ」
そんな会話の横で学年順位表を見つめる刹那を見た。彼女は高得点にも関わらず不服そうな顔をしている。「2位取れて嬉しい」ではなく「1位取れなくて悔しい」タイプの子なのだろう。私にとっては雲の上の話だな。
こんな感じで初めての定期テストは幕を閉じ、すぐに体育祭の日は訪れた。
家に帰えると素早く制服を脱ぎ、しわにならないようハンガーに掛け部屋着を着る。すぐさまベッドへダイブ。布団は母が洗濯してくれたのだろう。おひさまの匂いがする。おもむろにバックのポケットの中に手を伸ばす。そこにはぐちゃぐちゃになった小さな紙が。広げてみてみればきれいな縦線が十本並んでいる。
「所詮、この程度だよなぁ」
俺にとって放課後とは何よりもカラフルな世界だった。授業中、寝ているせいで真っ白な授業ノートが先輩や後輩のお陰でどんどん埋まっていく。俺はそのまま紙を丸めて数メートル離れたゴミ箱へ投げる。
「お、はいった」
点数が悪いから親に見せないのではない。宝くじというものは開けるまでに価値がある。当たるか当たらないか、当たったら何に使おうか、どうしようか、そう妄想する時間にお金を払っているのだ。だから開けたあとのハズレくじは開ける前のハズレくじに比べて断然価値が低くなる。この紙も同じだ。
「にいちゃーん」
律儀に部屋の扉をノックする我が弟、湊はよくできたものだ。
「開けるよ、って部屋きたな」
「片付け手伝って」
「えぇー。わかったよ、なんかゴキブリ湧いて僕の部屋まで来そうだし」
我が妹弟達は凄まじい。湊と我が妹、琴音は揃って努力家だ。学校のテストはどちらも常にトップであり、日常生活に欠点もない。自分との血の繋がりを疑うレベルである。
「兄ちゃん今日テスト返ってきたんじゃないの?」
「んー、返ってきたけど……いつも通りかなぁ」
いつも通り。予想できた未来。そう、いつも通り。今までのこの先も、きっと予想通り。それでも随分と面白くはなった。過去の白黒した世界に恐怖を感じるほどには。願わくばずっと変わらず、このままで――
「変わらなきゃ、だめだよな……」
突然の独り言に湊は不思議そうな表情を浮かべた。しかしその目元を見てみると隈がついている。
「おまえ、少しは勉強時間減らせよ」
「え、無理だよ。受験生だよ」
「どのくらい1日に勉強してんの」
「んっと……平日は8時間ぐらいかな」
あぁーあぁー我が弟ながら気持ち悪い。なんでそんな長時間あんなにつまらないものをできるのかわからない。
「おまえ、まだ5月だぞ。受験勉強なんて直前になって教科書読み返せばいいんだよ」
「兄ちゃんはそうかもしれないけど……。琴音が最近志望校決めたみたいで……」
はーん。自分ひとりだけ置いていかれるのが嫌ってわけか。別に張り合う必要もないと思うが。
「前の定期テストだって琴音は数学100点だったのに、僕は一問落としちゃうし……」
湊は琴音と双子ということもあって引け目を感じているのだろう。
「あーあれね。見た見た、湊の問題用紙」
「問題用紙?解答用紙じゃなくて?」
「おう。中学の解答用紙なんて全部答えしか記入しないんだから、せいぜい見ても正解不正解がわかるぐらいだろ」
この時期の中3の中間テストなんて因数分解付近だろう。
「たしかにお前の落とした問題が全部の中で一番難易度高かったけど解き方は合ってたし、取れた問題だろ」
真面目な湊のことだ。しっかり復習もして対策も考えているのだろう。 「うん。計算ミスがちょっと多かったかも。もっと場慣れして計算ミスを減らさなきゃ」
「計算ミスをただの凡ミスと考えなかったのか。実力不足と判断したのなら、それこそ今回の原因だろ。身体的にも精神的にも疲労が溜まってるんだよ。だから変なミスするんだ」
「そ、そうなの?」
「この生活があと半年以上続くとか地獄だろ。その点琴音は優秀だぞ。ちゃっかり彼氏作って週末が来るたびにでかけてる」
「えっ!琴音彼氏いんの!?」
「ちなみにこの話は琴音にすると物投げられるから。反抗期って怖いねぇ」
「初耳なんだけど!ことねぇぇぇー!!!!」
湊はドタドタと足音を鳴らしながら走り去っていった。すぐに声高く大きな怒鳴り声が家中に響いたのも予想できたこと。




